夢が止まるとき
少年の夢が、とまる
「…え? 」
「ここにいるのは、勇者ではない。ただの落ちぶれた男だ」
少年は青年の顔を確認すようと覗き込んだが、青年は顔を合わせようとはしなかった。
「だって…俺、見たんだ! あんた勇者様だよ! 」
それでも、少年の興奮は治まらない。
「ほら、やっぱり! あのパレードで見たんだ! …わぁ、本物だよ! 聞いてくれよ、俺、おれっ…」
「帰れと言っているんだ! 」
少年の話を遮り、青年は怒鳴った。少年は何が起こったかわからず、その動きを止めた。
「お前みたいな街の人間と、これ以上関わる気はないんだ」
「…え? 」
思わぬ返答に、少年は耳を疑った。
「お前だって、言っているんだろう? 勇者は腰抜けだとか、所詮何も出来ないだとか」
それは、まさしく街の評判だった。
「…違う、俺…」
「もうお前たちに利用されるのは御免なんだ。そっとしておいてくれ」
「…俺は、そんな事言ってない! 俺は、勇者様に会いたくて…それで…」
言葉が詰まった。
まさか、街の噂がここまで青年を傷つけているとは思っても見なかったのだ。ただ、憧れの人を前に伝えようと思った。
両親のこと。
薬師としての夢。
そして、自分がどれだけ勇者を尊敬しているのかを。
少年がそう再確認した、その瞬間。
「笑いにきたんだろう? 」
そう青年は吐き捨てた。
「え? 」
少年は思いも寄らぬ言葉に驚き、今度は青年の顔をしっかりと見た。
「! 」
少年は絶句した。
―これが、あの勇者様…? ―
青年の顔は青ざめ、頬はこけ、目は死んだ魚のように視点が合っていないように思えた。顎から無造作に伸びた無精ひげが、青年をよりいっそう老けさせていた。
少年がいつか目にした、あのパレードの英雄はそこにはなかった。ただの疲れ果てた老人のような男がいた。
その瞬間、何かに取り憑かれたかの様に、少年は背負っていた薬草の入った布袋から、薬草を急いで取り出すと、腰にぶら下げていた鉄製の器具を使い、薬草と薬草を吟味し、調合をし始めた。その一連の様を青年は不思議そうに眺めていた。少年は汗をかきながら、一心不乱に器具に向かって薬草を合わせ、練り、小さく丸めた。
少しすると、少年は満面の笑みで青年に調合した薬を差し出した。
「はい! 勇者様、疲れているんだろう? これを飲めば、すぐによくなるさ! 」
少年は自分の不安を掻き消すかのように、そう自分にも言い聞かせた。
少年の小さな手には溢れんばかりの薬があった。青年は驚いたように、その薬を見た。
「俺、勇者様を尊敬しているんだ!いつか勇者様に俺の作った薬を飲んでほしくて、いっぱい勉強したんだぜ! 」
少年は誇らしげに、小さな手を更に前へと差し出す。
「…お前…」
少年の差し出された腕に、青年は少し後ずさりをした。少年の輝いた瞳が、青年を怯えさせた。
「…やめ…ろ」
「遠慮なく使ってくれよ! 」
そう少年が一歩踏み出した瞬間…
パンッ!
青年は薬ごと少年の手を払いのけた。一瞬、少年は何が起こったか理解できずにいた。
ばらばらに散った薬が、日の光を浴びてキラキラ輝き、そして地面へゆっくりと落ちていった。