クリスマスプレゼント
十二月二十四日、窓の外からは煌びやかなイルミネーションの光が眩しいほどに部屋の中へと流れ込んできている。私はそれに魅かれて、まるで光に誘われる虫のようにそろそろとベランダへと歩みを進める。
ベランダに出て私はいつの間にか、ちらちらと雪が降り始めていることに気がつく。どうりで寒いはずだ。
六階建てのマンション、その五階に位置する私の部屋からは街の様子がよく見渡せる。歩いて数分ほどの商店街はすっかりクリスマスムードで、カップルや家族連れ達が幸せそうな笑みをその顔に浮かべて歩いている。私はその風景を羨ましく、そして妬ましく思いつつ眺め、両手で自分の顔や頭部を撫でまわす。
顔中にできた吹出物が手にざらざらと不快な感触を与え、ぱさぱさの髪の毛が指に引っかかる。ああ……、私はこんなにも醜い。この容姿のせいで私にはこの二十八年間、恋人というものができたことがない。当然だ、こんな醜い女にいったいどのような男性が好意を抱いてくれるというのだろうか?
私は「ふう」と肺いっぱいに吸い込んだ冷たい空気を深く吐き出し、部屋の中へと戻る。そしてテーブルの上に置かれた”ある物”に目を留めた。それは一本のシャンパンと二つの細長のシャンパングラスだった。決して誰かとクリスマスの予定があるわけではない。しかし、私は一週間ほど前にあるお願いをしたのだ。その願いの相手が神様なのかサンタクロースなのか、それは自分にもわからない。”今年のクリスマスはきっと素敵な男性と共に”それが私のたった一つの、切実な願いだった。そしてその叶うはずもない願いがもし、叶ったときのために用意したのがこの二つのシャンパングラスというわけだ。我ながら莫迦莫迦しい行いだとも思う。しかし、二十八年の孤独は、そんな曖昧な願いにも縋らせるほどに私を焦らせていた。
時刻は十九時、不意にインターホンが部屋中に鳴り響く。私が慌てて玄関に向かい、ドアスコープから部屋の外を覗きこむとそこには一人の男性が立っていた。青い帽子を被り、それからはみ出すくらいの長さの茶髪、歳の頃は二十前後といったところだろうか?真冬の寒さに肩を強張らせながら顎をガチガチと震わせている。
ひとまず不審な人物ではないと判断した私はドアを開け、その男性を玄関へと招き入れる。見るとその両手には大きな二つの四角形と円形の箱が抱えられていた。
「こちらは斎藤さんのお宅で間違いないでしょうか?」
斎藤……、それは確かに私の苗字だった。彼の言葉に私は一言「はい」と応える。
「ご注文の商品をお届けにまいりました」
その言葉を聞いて私は「ああ」と思いだす。そういえば、この日に合わせて食事のデリバリーサービスを頼んでおいたのだった。大きなチキンバーレルと六号サイズの生クリームでデコレートされたホールケーキ、どちらも私一人で食べるには量が多過ぎる……、それもやはり、ひょっとしたら現れるかもしれない素敵な男性と二人で食べるために用意したものだった。
男性から二つの箱を受け取って代金を支払う、そのやり取りの最中、私は彼の顔をちらりと再度確認する。とてもハンサムな男性だ、私のクリスマスの相手がこの人だったらどんなに幸せか……、いや、少し私には若すぎるだろうか?そんなことを考えていると、宅配の男性が代金を支払った後も玄関先に突っ立ったまま、なんだかひどく機械的な笑顔をこちら向け続けていることに気づき、はっとする。
「あの、まだ何か?」
私の言葉に彼はその笑顔を崩すことなく
「いえ実はですね、当店からあなた様に贈り物がございまして……」
と応えてドアの外にいつの間にか置かれていた一つの箱を指差す。それは屈めば人が一人入れそうなほどに大きな箱だった。
贈り物?クリスマスのキャンペーンか何かだろうか?いったいこんな大きな物をどうやってここまで運んできたのだろうか?色々と疑問は尽きないがくれると云うものを断る理由も無いので私はその贈り物をありがたく受け取ることにした。
「では、よいクリスマスを」
彼は相変わらずの機械的な笑顔で、少々意味深にそう云い残して去っていった。
貰った大きな箱はとても重く、私一人で持ち運べる物ではなかった。先ほどの男性に部屋の中まで運ぶのを手伝ってもらえばよかったと後悔するが今更追いかけて呼びとめるわけにもいくまい。
私は推定五十~六十キログラムはあるであろうその箱を何とか押して、床を擦りながらも部屋の中へと運ぶことに成功した。
さてと受け取ったケーキとチキンバーレルをテーブルに置かれたシャンパンの隣に置き、その巨大な箱の前で腕を組む。
いったいこの箱の中には何が入っているのだろうか?ひょっとして、開けようとしたら中からハンサムな男の人がクラッカーを鳴らしながら飛び出してきて……、なんて莫迦なことを考えていても仕方がないので私はそれを開けてみることにした。
無数の星模様が印刷されたピンクの包装紙、私はそれをビリビリと破く。するとその中からは白い、無機質なプラスチック製の箱が姿を見せた。私は両手でその箱の蓋を掴み、それを恐る恐る持ち上げる。
……なんだ、これは?
私にはそれがなんなのか、一瞬判断ができなかった。箱の中の正方形の空間いっぱいに詰められた赤い液体、そしてそれに漬けられたグロテスクな物体の数々……
私はほとんど無意識の内に、自分でもどうかしていると思うが、その物体の中に腕を突っ込む。液体は微妙な生温かさとヌメヌメとした触感を持ち、しかし不思議と私にはそれが不快ではなかった。
中を弄る内に、一番最初に指先に触れた物体を掴んで箱の外へと引っ張り出す。それは赤黒いカラーリングをしたロープ状の物体だった。今まで実物のそれを見たことはなかったが恐らくこれは人間の腸だろう。
私はひたすら、淡々と、箱の中に詰められた物体を次々に取り出す。
心臓、肝臓、腎臓、胃袋、骨、気ぐるみのように中身を抜かれた皮膚、二つの眼球、二十本の爪、三十二本の歯、無数の髪の毛……
その作業を終えた私は立ちあがり、床に無造作に置かれた人体の構造物達を見下ろす。なるほど、これを組み立てれば素敵な男性が出来上がるのかもしれない。もっともそんなこと、こんな状態では判断できないのだが……
「神様も中々残酷なことをするわね」
私は思わずふっと自嘲気味に笑い、そんな言葉を漏らす。
気がつけば時計の針は深夜零時を指していた。もう数時間もこんな物と戯れていたのかと思うと我ながら莫迦莫迦しくなる。
私はテーブルの上に置かれたシャンパンのボトルを血まみれの手で取り上げ、コルクに指をかける。ポンッと軽快な音を立てて開いた口からは白い煙のような物が溢れ出る。そのシャンパンを私は二つのグラスに注ぐ。一つは私のため、もう一つはひょっとしたら現れるかもしれない素敵な男性のため……
自分の分のシャンパンを一気に飲み干し、さて、どうしようかと散乱する物体の前に座り込む。暫く頭を悩ませた末、私はとりあえず真っ先に浮かんだ言葉を口にした。
「メリークリスマス」
もうすぐクリスマス(とは言ってもまだ二週間ちょっと先ですがw)なのでクリスマスをテーマにした話を書いてみました。
みなさんはクリスマスをどなたと過ごす予定でしょうか?恋人、家族、友達……、人によって様々だと思いますがいずれにしろ、よいクリスマスをお過ごしください。