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ぐだぐだ…、
黒雪姫、という名は耳にした事がない者は居ないのではないか、と言うほど世界中に噂が広がっていた。
黒い瞳を持つ、王国―――ザカリア国の姫。
ただ、皆、黒雪姫、という名は耳にした事があってもその姫がどんな顔で、どんな性格で、どんな声で喋るのか。それを知るのはほんの一部の者だけであった。
これだけ聞くと黒雪姫は幽閉でもされているのか?と思っても仕方あるまい。しかし現実はそんな事はない。
世界中どこを探してもいないとされる、漆黒の瞳を持つ黒雪姫。しかしザカリア国の王はそんな黒雪姫をこれでもか!と言うほど可愛がり、それは3人いる兄も、年の近い弟も、4年前に生まれた末の弟も、王族は全員が黒雪姫をそれはもう、目に入れたって痛くない!むしろ入れて仕舞っておきたい!なんて思っているほどに黒雪姫を可愛がり、愛していた。
ザカリア国、ただ一人の姫。
本当の名を、リリーア・ザカリア。(23歳)
完全に、女盛りを過ぎ、その性格と周囲からの愛情と環境のせいですっかり枯れ女となってしまっていた。
***
「リリー、リリー!!」
「どうかしたのか、シュバルツ兄様」
「ど、どうかしたのじゃないよ!」
それはいつもと変わらぬ午後の事。
城内いっぱいに響き渡るだろう程の大声でリリーアを呼ぶ二の王、シュバルツ。微笑みの貴公子、薔薇王子、等と呼ばれている。常に甘く女性を虜にする笑みを浮かべ、国中、いや、世界中の女性の注目の的である。
しかし今のシュバルツに笑顔などない。顔は青く、手を挙動不審に動かし、目もいっぱいに開き、いつもの女性を虜にさせる要素は今のシュバルツには皆無だ。
「な、っ!、!!?!」
「兄様、シュバルツ兄様。落ち着いてくれ。いったい何があったんだ?」
「何があったんだ、じゃないよーーーー!!!!嘘だよね!?嘘だよね、リリー!?」
「何がだ?」
「城を出るって!修道女になるって!!」
「ああ、そのことか」
「う、嘘だよね?ね?!」
「いや、本当だ。決まった訳ではないが、」
「何で!?どうして!?」
リリーアの両肩を持ち、がくがく、と揺らすシュバルツ。リリーアはそれに驚くこともなく、とりあえずされるがままになっている。――しかし、まさかここまで驚くとは。揺すぶられながらリリーアはシュバルツの取り乱し方に少しばかり驚いていた。
兄弟達が、こんな気味の悪い色をした瞳を持つ自分を大事にしてくれている事はわかっているつもりだ。しかし、リリーアは23歳と立派な行き遅れだ。いつまでも城で生きていくわけにはいかない。姫として地位もあるが、黒雪姫などと呼ばれてしまう原因でもある黒い瞳。リリーアの中に嫁ぐ気もなければ、嫁ぎ先もない事はわかっていた。そうするとおのずと出てくるのは一人で生きていく、という結論に辿り着き、結果として出たのが修道女となった訳だ。
「シュバルツ兄様、私はもう23だ」
「うん、そうだね。まだまだ23歳、リリーアはまだまだ可愛い妹だよ」
「まだ、じゃない、もう、だ。ずっと城に居座るわけにはいかない」
「いいよ!居座って良いんだよ!!」
「駄目だ。これ以上兄様たちのお荷物になるわけにはいかない」
「お、お荷物!?お荷物なんて全然、全くないから!!誰かに言われたの!?」
「いや、そうじゃない。けれどいつまでも未婚の私がいるわけには、」
「~~~~っ!!父上や、兄上達はなんて!?」
「今から父上達の所へ行こうと思っていたんだ」
「なら、行こう!父上達も絶対に、絶対に!反対のはずだから!!」
「に、兄様、何もそんな走らなくても!」
シュバルツはこの時思ってもみなかった。
まさか、リリーアが自分の元から旅立つ日が確実に、そして着実に、近づいていることを。
リリーアを自分達から掻っ攫っていこうなどとする強者がいるだなんて。
王子まだです、出番まだです。