第二話
夕日は落ち辺りはすっかり暗くなっていたが、慎は未だに待っていた。
ブランコを漕いだり、教科書を読み返したり、時間を潰していたがそれも飽き、今はただ無心でブランコに座り続けていた。
時折、いかにも不良そうな奴らが周りの迷惑も考えず、わめきながらかっぽする姿に待ち人の事が心配になるが、自ら迎えに行くようなことはせず、じっと耐え続けていた。
街灯の灯りに誘われわらわらと虫が集まりだした頃、その待ち人は来た。
正確にはこちらに来たのではなく、慎が見つけたが正しい。
慎は地面に置いていた鞄を手に取り、中央通りを歩いている待ち人の元へと向かう。
「よう」
本日、いってきます以来の会話はとても簡潔だったが、親しみを感じる温かい言葉であった。
待ち人は突然声をかけられ、きょとんとするが、慎だと認識すると、ため息をついた。
「今日も迎えにきてくれたんだ。お兄ちゃん」
お兄ちゃん。
つまり慎は妹を待っていたのである。
「まぁ、愛依のことが心配だからな」
「別に大丈夫だよ。そんなに家から遠くないんだし」
口を尖らせて不満そうに言う妹に慎は苦笑しつつも、学校では常にきゅっと固く結んだ口元を和らげさせた。
青山愛依。
今年の春から同じ学校に通うことになった一つ下の妹である。
学業優秀、スポーツ万能、容姿端麗でしっかり者と絵に描いたような立派な妹。
そして、自分にとっては目に入れても痛くないほどかわいい妹である。
慎と愛依は寄り添いつつ、家へと向かう。
慎は自分より少しだけ背の低い妹を見下ろし、
「それでどうだった、今日は」
「うん、ヒロちゃんがね。料理部に仮入部したいけど、一人だと寂しいからって、一緒について行ったんだ」
ヒロちゃんとは中学時代からの愛依の友達だ。
お菓子作りが好きで、たまに愛依が貰ってきたのを食べたことがあるが、おいしい。
愛依から聞いた印象としては、少し引っ込み事案だけど、明るくてまじめな子。
何度か愛依と一緒にいるところを見かけたことはあるが、外見も悪くないが、感想はそれだけ。
別に気になるわけでも、話したいとも思わない。
愛依が楽しく友達とやっていけてるだけで嬉しい。
「それでね。ヒロちゃんが作った肉じゃがすごく美味しかったんだ。料理部の先輩もすっごく褒めてた」
「ヒロちゃんお菓子も上手いけど、普通の料理も上手いんだな」
「うん、和食は家で作るからけっこう得意なんだって。でも、洋食はあんまり得意じゃないから、料理部に入って練習したいって」
コロコロと笑いがながら話す愛依に慎は楽しそうに相槌をうつ。
「で、愛依も着いていったんだろ。何か作ったのか」
「私はね。ほら、クッキー作ってきちゃった」
そう言って、愛依は鞄から真っ赤なリボンで封された小袋を取り出した。
「帰ったらお兄ちゃんにも食べさせてあげるね」
「か~、ほんと、兄貴冥利につくね~。愛依、ありがとう」
じっと目を見つめて感謝を述べる慎に愛依は恥ずかしさで目をそらす。
「そんな、お兄ちゃんクッキーぐらいで大げさだよ」
「いや、俺は愛依のその気持ちが嬉しいんだよ」
「つまり、クッキーの味はどうでもいいってこと?」
じと目で睨み付ける愛依に対して慎は、
「いやいや、そういう意味じゃないぞ。おいしかったら普通に嬉しい。けど、愛依から貰えたそのことだけでかなり嬉しい」
真顔で返す。
愛依はそんな兄に嬉しくも困ったような表情で、
「普通、そんなストレートに言う。困らせようと思って言っただけなのに、ほんとお兄ちゃんは真面目だよね」
「それだけが取り柄だからな」
頭がいいわけでも、運動ができるわけでも、カッコいいわけでもない。
その上、不器用で人付き合いは壊滅的。
そんな自分が唯一他の人に負けないところと言えば、ただひたすら愚直に事に当たり真面目なところで、それは誇れる美徳だと思っている。
「もう少し、その率直に気持ちを伝えるのを家族以外に向けられたらね」
「そうだな。善処する」
そうは言うものの、慎は改めるつもりはなかった。