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恋愛もの

TSUNAGU chain ≠ SHIBARU chain

作者: 腹黒ツバメ



 槍の刺すような豪雨の真ん中で、歩く俺の足取りは重かった。

 まるで足首に鉄鎖で重しを括りつけているような、鈍い重圧感。

 ――いや、違うか。

 鎖はむしろ俺の全身をがんじ絡めにして、一切の動きを制限していた。

 もう前には進めない。

 次第に服が雨水を吸収し、立っていることすら億劫に思えてくるほどに身体が重くなる。

 そしてなにより重かったのは、体躯を縛りつける鎖だった。



〈TSUNAGU chain ≠ SHIBARU chain〉



 出会いは、強引に誘われた合コンだった。

 同じくらいの偏差値の大学で、成績も似たり寄ったりの中の下だった、俺と気になるあの子。

 一世一代の勇気でアドレスを訊いた。無我夢中だった。こんな気持ちは生まれて初めてだった。

 それから俺たちは月並みに馴れ合って、気づけば恋人同士になっていた。

 思い出すのは綺麗な記憶ばかりだ。嫌なことだって、たくさんあったはずなのに。

 初めてのデートは動物園。寝そべるパンダに心を奪われた彼女は、興奮のあまりガラス壁に何度も何度も、勢いよく拳を叩きつけていた。係員さんに怒られながらも彼女は上の空で、あとで尋ねてみたら、やはりパンダのことを考えていたらしい。

 俺の誕生日には、彼女がケーキを焼いてくれた。

「何度も失敗したんだよ」

 そう言っていたけれど、むちゃくちゃ美味しかった。スポンジの底が焦げていたなんて、気のせいに決まってるさ。

 彼女との長電話も楽しかった。大学の教授の頭がパーだとか言って笑ったり、ときには友達のつきあいが悪いとか愚痴ったり……。一生喋っていたい、そんな奇妙な欲求まで湧いてくる始末だ。


 いったい、いつから歪んでしまったんだろう。


 彼女からの連絡は少しずつ減っていき、それでも俺は連絡を欠かさなかった。

 一時間に一度、メール。二時間に一度、電話。返事がなければ心配になって、ひたすら電話をかけ続けた。

 会えない時間が途方もなく寂しくて、彼女の通う大学に遊びに行ったりもした。煙たがられようが、気づかないふり。他の男と彼女が仲良くしているのが許せなくて、絶えずくっついていた。

 そして、つい一週間前のデート。

 小物類の店で見つけた、簡略的な造りのシルバーチェーン。ペア用だったので、お揃いで買おうと提案した。

「ほら、似合うって! ずっと腕に巻いてればお互いのこと忘れないだろ? 買ってやるからさ、絶対に外すなよ!」

 俺は必死だった。

 彼女との仲がいつ崩れてしまうのか不安で、どうにか愛情を繋ぎ止めておきたくて。

 その白い手首にチェーンを巻きながら、彼女は――酷く曖昧な表情をしていて。


「別れよっか」

 その言葉も、心のどこかでは少し予想していたのかもしれない……



 ★



「うあぁあぁぁぁぁぁぁ――っ‼」

 悲痛な嘆きを慟哭に変えて吐き出す。声は雨音がかき消してくれるだろうから……きっと、大丈夫だ。

 待ちわびていた彼女からのメール。

 そのたった一行の文章は、しかし俺を絶望させるには充分すぎる質量を持っていた。

 返信なんてしたくない。

 けれどいつか決断しなくてはいけない。

 それから逃避したくて、俺は雨降る街に飛び出したのだ。

 だけど、

 彼女に連絡をしない時間は本当に久しぶりで、

 お陰でやっと気づくことができた。


 俺が彼女を束縛していたのだということに。


 心根から彼女を想うならば、俺は――消えるべきだ。


 踵を返して家路につく。伝えなくてはいけない。「そうだね」の一言を。

 玄関をすり抜け、音もなく自分の部屋に入る。

 デスクに無造作に放られた携帯を、意を決して掴もうとして――俺は息を呑んだ。

 薄暗い室内でそれは、淡く桜色に発光していた。彼女からの着信の印。

 その脇ではシルバーが光を受け止め、微かに反射していた。

 俺は無意識に、すがるように携帯を掴み、その中身を確かめる。

 電話の不在着信が十件、新着メールに至っては三十以上もある。そのいずれもが彼女からだった。

 不審ももはや単なる疑問に変わり、俺は興味の赴くままにメールを順々に開いていく――



『ねぇ、別れるの?』


『なんで返信くれないの?』


『いつもそっちからメールするのに、なんで今は返信くれないの⁉』


『早く返信ちょうだい‼』


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


『……まさか、本当に別れようなんて言わないよね?』



 最後のメールに、俺は今日初めての涙をこぼした。

 別れるなんて、できるはずなかったんだ。

 俺が彼女を束縛していたように、彼女も俺に依存していて。

 お互いがお互いを絶対的に必要としていて。


 もう俺たちは、一人じゃ生きていけないんだ。


 彼女は一度、俺の鎖に嫌気が差して、解放されることを願った。でも無理だった。結局は、どうしようもなく俺を好きでいてくれたから。

 身体の重圧は失せない。鉄鎖はまだ俺の全身に絡んだまま。

 それでいいんだ。

 これは縛る鎖じゃない。

 俺と彼女を“繋ぐ”鎖なのだから。

 シルバーチェーンを拾い上げて腕に巻きつける。冷んやりとした、心地よい金属の感触。

 そして俺は通話ボタンを押した。


「なぁ、俺たちさ――」







 読んで頂きありがとうございます!

 ちょっと不思議で過激な愛情表現を書いてみました。

 余談ですが、私はめっちゃ束縛されたい派です。誰か縛って! あぁん!

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