Episode2 二人の転校生
ロシア製の無人HO襲撃から、一週間すぎた。クラス全体が騒いでたのはあの日かぎりで、あれからは平穏な日々が続いてる。
目覚まし時計がけたましく鳴り響き、俺は寝ぼけながら時計を止めて起きる。
おかしい。俺が設定した時間は6:30。なぜ5:30に鳴っているんだ?
「ハロー。いいお目覚めかーい?」
何だ。またこの人か……。
「いい加減合鍵返して下さいよ、グラスさん……」
「あはは」
この寝むそうな顔をした若い女の人は、グラスという人だ。何故か俺のアパートの部屋の合鍵を持っていて、突然俺の部屋に現れては俺に朝食、夕食を作らせ、俺よりも早く食卓について、必ずおかわりして帰っていく。
正直、鬱陶しい。
「私の為においしい朝食を作りなさーい」
「はいはい、まずはトイレ行かせてください」
俺が住むボロアパートにも、一応トイレと洗顔台と呼べる物はある。もちろん、ボロい。用を足してトイレから出ると、グラスさんは俺の冷蔵庫を漁っていた。またかよ。
「何だ卵ないじゃん。ハムもないなー」
「今日はパンしかないですよ」
すると、グラスさんはこっちを振り向いて、俺に人差し指を向けて言った。
「じゃあコンビニで何か買ってきなさい!」
この人はよく俺に命令してくる。逆らっても笑って流されるだけで、反論するのは時間の無駄になるということはここに引っ越してきて1日目で悟った。
「はい……」
このまま学校に行こう。後で文句言われるだろうが、これ以上自腹を切ると高校生で一人暮らしする俺の財布には小銭すらなくなってしまう。
「じゃあ、買ってきますので待ってて下さい」
「……学校には行かせないよ?」
「何でばれたんだ……」
どうも顔に出やすいようだな俺。仕方ない、買ってくるか。
「何食いたいんですか?」
「う~ん……鮭の弁当と、ピーチのチューハイかな」
朝から酒かよ。しかも鮭と酒かよ。親父ギャクか。ところで俺未成年だけどチューハイ買えるのかな……。
「俺未成年ですけど……多分チューハイ買えませんよ?」
「じゃあ紅茶」
「はい」
財布を持って、靴を履く。もう財布の中の物は1000円もない。節約しようと思ったんだができそうにはないな。
「じゃあ、行ってきます」
いつものコンビニに向かう。俺の家の近くにコンビニは少なく、一番近い所で1kmはある。グラスさんがいつも食べに来るから、基本的には毎日コンビニに行かなければいけない。
「あ、弓弦くん……」
コンビニに入ろうとすると、誰かが俺を後ろから呼び止める。振り返ると、鞄を両手で持った唯が立っていた。
「おはよう、お前もコンビニ?」
「ううん、私はたまたま。それより、朝からコンビニ?朝食くらい自分で作りなさいよ」
あー、マックスには話したけど、唯は知らないんだっけ。一応説明しておくか。
「いや、俺は別に朝抜きでもいいけど、隣人が毎朝俺の家に来て朝飯ねだるんだ。反論も役に立たないから買わないと帰ってくれないんだ」
「何その人……非常識だわ」
まあ、もう慣れたけどね。あの人にいちいち反応してたら体がもたない。
唯はムスッとした感じで、俺にこう言った。
「私が怒ってくるわ。場所を教えなさい」
……?何で?と思ったけど口には出さない。一週間、唯を観察してみたんだが、こいつは本当に変な奴で、何ていうか、中々理不尽な所がある。しかも何故か俺に世話を焼こうともする。
まあ、注意させる必要もない。ついでに言えば俺のあの汚い部屋を見られたくもないしな。
「いや、遠慮しとくよ。それより、今から学校?早いな」
「部活の朝練よ」
そういえば、テニス部だったな。なるほど。
「じゃあ、俺はコンビニで買うから。また後で」
「え?あ、また後で」
唯は何かもじもじしてた。名残惜しそうな態度だった。まあ、気のせいか。
コンビニに入ると、店員が新しく弁当を並べていた。いつも考えてしまうんだが、売り残った弁当は一体どうしてるんだろうか。鮭の弁当は……っとこれだ。
あとはチューハイだが、流石に買うのは気が引ける。ドリンクコーナーで紅茶を一本手に取って、レジに向かう。節約の為、俺の朝飯は抜こう。
「690円です」
金を渡して店を出る。残金僅かに261円。昼飯は学校がただでくれるが、夜飯はどうしようもない。どうしようかな……。
結局、ロクな解決法も思い浮かばないうちに俺は家に着いた。グラスさんに朝食を渡したら、「チューハイじゃないのー?」とか言ってたのは、本気で腹が立った。けどまあ、怒っても体力の無駄だし、帰るときに鍵はかけておくよう言って学校に向かった。
学校について席に座ると、見慣れた金髪頭がやってくる。
「なーに悩んでんだよ弓弦ー?」
伝説級のノリの軽さを誇り、我らが1Fの金髪委員長マックスが俺に質問をする。
「大した悩みじゃないよ。ただ、持ち金がもうないから今日の夜飯どうしようかなってな」
「ふーん、まあ頑張れ」
マックスは委員長会議に行ってくるぜと言って教室から出て行った。まあ、良くあれに委員長が務まるもんだと、感心してしまう。
暫くすると、茨刈先生とマックスが教室に戻ってくる。先生が教壇に立つと、話してた生徒は全員席に座った。
「よし、今日は転校生が二人いる。皆仲良くするんだぞ」
はーい、と気の抜けた返事が先生に向かうと、茨刈先生がドアの外に向かって入ってこいといった。
いかにも上品そうな歩き方をして、一人の女子と、ポケットに手を突っ込んだ無表情でとっつきにくそうな男子が教室の中に入ってくる。
「よし、皆に挨拶をしてくれ」
先生が指示を出すと、上品そうな女子は手を顔に当てた。
「皆さん、ごきげんよう。わたくしはランシェ・オルトと申しますわ。以後お世話になります。オホホホホ」
最後に必要のない上品な笑いをして、ランシェさんは礼をする。なんとまあ、上品な仕草だ。
一方のとっつきにくそうな男は、ランシェさんを横目で見て、小さく「けっ」と呟き、前に出る。
「アレクサンドラ・ゲラシム・イヴァンだ。愛称はサーシャ。宜しく」
無愛想な自己紹介をしたサーシャは、礼もせずに一歩下がる。俺はこの時、サーシャが一瞬俺を見て、ニヤリと笑ったのに気づいた。その瞬間、背筋が冷たくなるのを、俺は感じた。
ーーーーーーーーこいつは、ただものじゃない。
俺の本能が、脳にそう訴えた。
「じゃあ、空いてる席に座ってくれ」
「分かりましたわ」
「......」
ランシェさんは、俺の後ろの席に、サーシャはマックスの近くに座った。マックス、そいつには気をつけろと、目配せをする。しかしマックスは気づいた様子は無く、ペンを回して遊んでいる。
「どうかなされたの?」
横の向いてマックスに目配せしていたが、それが後ろのランシェさんに異様に見えたらしい。
「あ、気にしないで下さい」
「いえ、教えて下さい」
......。女という生物は何とめんどくさいんだろう。ここで答えなければ一生続いてしまいそうだ。
しかたない、適当に誤魔化すか。
「あー、ちょっと蜂が飛んでたもんで、もう飛んでいったので大丈夫です」
「あら、蜂が?それは危険ですね。じい」
ランシェさんは二回、拍手をする。すると、執事服を着たお爺さんが教室の中に入って来る。
クラスの全員は呆気にとられる。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「蜂がいたそうなの。教室の窓に網戸をおつけなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
お爺さんは電話をしたあと、そとにでていった。すると、トラックが3台やってきて学校中の窓に網戸をつけ始めてしまった。
「いや......何やってんだランシェ......」
先生が苦笑いしてツッコむ。確かに何やってんだこの人。
「この学校には網戸がついてないようですね。寄付しますわ」
ランシェさんは先生の質問には答えず、一方的に話を進める。ある意味凄いな。
「いや......もういいや。さあ、今日は各委員会を決めたいと思う。参加したい生徒は立候補してくれ」
先生も、この人に話が通じそうにないと、諦めたようだ。まあ、学校側にとっては悪い話でもないしな。
マックスが前にでて、黒板に6つの委員会を書く。生活、図書、厚生、美化、体育、保健。するとランシェさんが立ち上がった。
「委員長はお決めにならないのですか?」
「ああ、委員長はもう決まってるんだ。マックスだよ」
先生がランシェさんの質問にすぐさま答えると、ランシェさんはマックスを睨んだ。
「認めませんわ!マックスさん、私と勝負しなさい!」
教室が静まり返る。と同時に先生が吹き出す。
「お前......何言ってんだよ......ははは!面白い!マックス、受けろ!」
「ええ!?本気ですか!?」
あのマックスが驚いている。先生も何を考えているんだ。
「いや、その......。そうだ!弓弦、俺の代わりに受けてくれ!」
は?と聞き返した。自分でも、間抜けな声だったと思う。
「断る」
「まあ、そう言わずに!」
いや、何で厄介者を俺に押しつけるんだよ。当然、やる気はしない。
すると、マックスは俺の席に来て耳打ちした。
「今日の晩飯奢るから」
......いつもなら、そんな条件を受け入れる訳がない。だけど俺の財布の中じゃ、牛丼の並も食えないほど悲しい状態だ。もう俺の進める道は、1つしか残されていない。
「......やるよ」
「マジか!?やっぱ持つべきは友達だな!......だけど絶対勝てよ?」
「了解」
俺は席を立って後ろのランシェさんを見る。ランシェさんは戸惑いながらも、俺の意思は分かってる様子だった。
「てな訳で、宜しく」
「あなたが代わりにわたくしと戦ってくれるのですね?分かりました。.....じい」
ランシェさんは2回拍手する。すると、さっきのお爺さんが再び現れる。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「いますぐ中央ドームを貸し切りしなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
凄いな、スケールがデカい。中央ドーム貸し切りは、少なくとも5000万はするはずだが。
「では、参りましょう」
「ああ」
俺達が動くと何故かクラス全員がついてきた。
相変わらずデカいドームだが、客が一人もいないのには違和感がある。ドームの真ん中には、角に柱が立ったステージがあった。
「さあ、始めますわ。今なら逃がしてあげてもよくてよ?」
「悪いが、俺にも都合があってね。逃げられないんだよ」
俺の答えに、ランシェさんは少しガッカリした様子だが、すぐに薄笑いを浮かべた。
「では、全力で参りますわ。覚悟なさい。......ヘビーオブジェコード161クリスタルフルカスタムメサイアバトル・オン」
「了解。ヘビーオブジェコード074黒月バトル・オン」
俺は黒い鎧、黒月を体に纏う。唯の時とは違い、黒刀は太刀の「昼」に設定して右手に装備し、左手には狩猟銃のような黒銃を装備する。ランシェさんは、薄く、青いヘビーオブジェを身に纏い、二丁のガンポットを持っていた。
「じゃあ、スタートだ。始めっ!」
スタートの合図が出たと同時に、ランシェさんが動く。
「早速ですが、決めさせてもらいますわ!」
言うのが終わる前に、ランシェさんのヘビーオブジェから、大量のミサイルが出てきた。全て、俺を狙っている。
「ほう、ミサイルか」
もちろん、こんな物を避けきれないことはない。上に飛んでかわす。HOは、空を飛ぶこともできる。
その瞬間、ランシェさんのレーザーガンポットのレーザーが俺に直撃する。更にそれと同時に、避けたはずのミサイルが俺に当たった。
「何っ!?」
「言い忘れてましたが、そのミサイルのは追尾機能がついておりますの。避けることは無理ですわ」
そういうことか。しかし、今のダメージはそう大したことはない。
「そんなもんじゃ俺には勝てないぜ?」
空中に飛んで、上から黒銃を連射する。ランシェさんは慣れた足つきで、全てかわしたあと、俺にガンポットを撃ってきた。
辛うじて避けることに成功し、レーザーは柱に直撃する。
その途端、40発以上のミサイルが、俺に迫ってくる。
「またか......厄介だ」
俺は飛び回り、数弾のミサイルを避ける。全て柱に当たってくれた。が、30発以上のミサイルは俺に当たった。
一発の威力は恐るるにたらにくとも、30発になれば話は別。
煙を切り裂いて、柱の上に飛び上がってランシェさんを見る。
「ちっ、やっぱ接近戦か」
ランシェさんは近接武器を持っていない。接近戦なら必ず勝てる。
「問題はどう近づくかだ......。やってみるか」
俺は目を瞑り、精神を集中させる。HOという物には、操縦者に個人別の特殊な能力、スキルが備わっている。このスキルを習得することは難しいが、使用すれば戦況を有利に進めることができる。
俺は俺自身が持つスキルを今発動させる。
「目何か瞑って、降伏ですか?」
俺の第六感が、ミサイルが近づいてることを告げている。だけど避けられない。
勝つためには、消えるしかない。
「なあ、ランシェさん。スキルって知ってるか?」
目を瞑ったまま、俺はランシェさんに向かっていう。見えはしないが、ミサイルが迫っているにも関わらず俺が余裕なことに驚いているだろう。
「今から見せてやるよ。俺のスキルをな」
ーーーー黒き闇よ。我を包み、光をはね飛ばせ。
「暗黒!」
黒月の背部スラスターから、黒い粒子が大量に吹き出す。刹那、黒月そのものが透明になって行く。
「残念だけど、ここまでだ」
もうスピードでランシェさんに近付き、クリスタルフルカスタムメサイアを蹴り飛ばす。
「ど、どういうことですの!?」
見えない敵に攻撃されるほどの恐怖はない。暗黒は、1分だけ、自分の体を消し、攻撃をすり抜けさせることができる。もちろん、相手に自分は見えない。
相手にとっては、地獄の1分間だろう。
だが欠点もある。飛び回られると攻撃が当たらなくなる可能性が出てくる。もちろん、手はうってある。
「く、飛び回って逃げるしかありませんわ!」
「残念だけど、読んでた。諦めてください、お嬢様」
ランシェさんが飛び上がろうとしたその瞬間、4本の太い柱が中央のランシェさんに倒れる。当然、彼女は怯み、一瞬の隙が生じる。
「終わりだ!」
見えない斬撃が、一閃する。ランシェさんのヘビーオブジェは粒子化して消滅し、彼女は倒れかける。
地面に倒れる前に、俺は彼女を抱いてヘビーオブジェを解除した。
「わたくしの完敗ですわ......お見事です......」
そう言って、ランシェさんは気絶する。
「何とか勝ったな......」
ランシェさんの執事のお爺さんと若い男の人が、担架を持ってやって来て、ランシェさんを運んで行った。
その後、俺はマックスに夜飯を奢ってもらい、ランシェさんもマックスの委員長の座を奪おうとすることは無くなった。
だからって、俺に平穏が訪れたってことじゃない。
「弓弦さん!サンドイッチを作って参りましたの!食べさせてあげますわ♪」
あの後、回復したランシェさんは何故か俺にベッタリくっついて来てしまい、終いには授業中でも俺にベッタリするようになってしまった。
「ランシェさん!授業中よ!静かになさい!」
唯がランシェさんを睨んで怒鳴る。ランシェさんは止める様子もなく、唯に向かって言った。
「校則に縛られるようじゃダメですわよ?」
そう言うと、今度はランシェさんは俺に抱きついて来た。
「ちょっ!?」
マックスに助けてくれと目配せすると、マックスは怒ったように顔を赤くして、
「クソー、羨ましいぞ弓弦!」
と言って来た。
はぁーっ......。
「いいから離れなさい!」
「嫌ですわ!」
「誰でもいいけど俺を助けてくれぇ〜!」
俺の絶叫が、 校内に響いた。
本当にベタで、すみません次話は遊園地です