3.君も、おはよ
本日3話目です。
――赤い。
壊れる家々。
「……ユ……」
……お母さん。
――赤い。
悲鳴。喉が張り裂けるような悲鳴。
「……ユ……ウ……」
……お父さん。
――赤い。
逃げ惑う人々。足音。
「……ユウ……」
……お兄ちゃん。
――赤い。
――赤い。
――あか、い。
――紅い。
――
「――ユウ!」
「――はっ!」
ルビアの声で目が覚める。視界に飛び込んできたのは、心配そうなルビアの顔だった。
「あんた、すごいうなされてたわよ。大丈夫? ちょ、すごい汗……待ってなさ――い。手、離してくれないとタオル持ってこれないわよ」
「あ、ごめん」
ルビアは少し躊躇したあと、部屋を出ていった。
「ツバキ!――寝汗かいたから――風呂に――タオルと――用意を――」
彼女が侍女のツバキに命じる声が、廊下の向こうから聞こえる。
ああ……またツバキさんに迷惑をかけてしまった。
ベッドから出て、風呂に入る準備をしていると、ルビアが戻ってくる。
「ユウ、いまツバキに準備させてるから。服、脱ぎなさい。ついでに一緒に入るわよ」
「あ、う、うん」
――コンコン。
ノックの音。
「どうぞ」
ルビアが返事をする。
「お嬢様、お風呂の準備ができました。お手伝い致します」
ドアを開けて、ツバキが入ってくる。
「大丈夫よ。“一人で入れるから”」
「――さようでございますか」
ツバキは一瞬だけ、ベッドへ視線を向けた。 まるで、何かを確かめるように。
――
風呂から上がった後。朝食の席。
「ルビア、学園はどうだね"例のセイラン嬢"は」
と、執事に引いてもらった椅子に腰掛けたルビアの父、ヴィクトル。
「ヴィクトル、ルビアにプレッシャーをあんまりかけるのは……」
と、その隣のルビアの母エレノア。
「お母様、お父様、安心して。あんな子どうってこと無いわ。ボッコボコのギッタギタにしてやるんだから」
ツバキに引いてもらった椅子に腰掛けるルビアは鼻高々だ。
「――ルビア!言葉遣いと態度に気をつけなさいといつも言ってるだろう!」
ヴィクトルの叱責で、しん……と食堂が静まり返る。
「……はい、お父様」
ルビアから表情が抜け落ちた。
「そうよルビア。あなたはこの家の希望。この国ヴァルディアの英雄になる人なんだから」
エレノアはチラチラとヴィクトルの顔色を伺いながらも言う。
「わかっております。お父様、お母様」
ニッコリとルビアは綺麗な笑顔で返答する。
……ほっ、と両親と周りにいた使用人からも安心した空気が広がった。
「それで良い。教皇様からも覚えがめでたいと聞いている。そのまま励みなさい」
それからは和やかに朝食が進んだ。使用人たちが、いつも通り2人分の食事をルビアの前に置く。
「……ちゃんと食べなさいよ」
と、潜めた声でルビア。
向かいに座っていたエレノアは首を傾げる、一瞬だけ視線が揺れるがすぐ食事を再開した。ヴィクトルには聞こえなかったようだ。
――食事が終わり。
「――さて。私は先に行く。2人とも学園と仕事を頑張るんだぞ」
と、ヴィクトルはエレノアの頬にキスをしながら言った。
「ええ、ヴィクトルも気をつけてね」
「お父様、いってらっしゃい」
ルビアとエレノアが、笑顔で手を振ってヴィクトルを見送った。
「……ふぅ、肩凝るわぁ」
扉が閉まった瞬間、ルビアがため息をつく。
「……ルビア」
と、エレノア。
「わかってるわよ。お父様の前ではしゃんとしますー」
ぷくっと頬を膨らませてルビアが文句を言う。可愛い。思わず、そう思ってしまう。
「もう……仕方ない子ね」
同じことを思ったのか、エレノアは諦めたように微笑んだ。
だが次の瞬間、緊張をはらんだ顔で使用人たちを見回した。使用人たちは意図を察して、食堂から出ていった。
「ルビア。ヴィクトルは態度も気をつけるべき、と考えてるようだけど私は違うわ。それよりも誰よりも強くなさい。誰にも隙を見せないように、でないと――」
「――でないと、成り上がりのこの家なんて一瞬で吹き飛んでく、そうでしょ?」
ルビアは唇を歪めて笑った。
エレノアは、困ったように眉を下げる。
「ええ、そうよ。あなたに責任を押し付けるようだけど……」
「任せてよ。この天才の私がレグナート家を盛り立てていってやるんだから」
「お願いね。じゃあ私も仕事に行くから、学園でしっかりね」
「はーい、いってらっしゃい」
そう言ってエレノアは、ルビアの隣あたりにも視線を彷徨わせながら出ていった。
――パタン。
扉が閉まって2人きりになると、ルビアはこちらを向いた。
「ご飯、食べ終わった?」
「うん」
「じゃ、こんな堅苦しい家からさっさと出て、学園行きましょ」
――
「おはよーございまーす!ルビア様!」
教室に着くと真っ先にオリバーがルビアに話しかけてきた。
「……」
ルビアは顔をしかめてから、無視するするように席についた。オリバーは少し傷ついたように苦笑する。
「……ルビア」
私が声をひそめながら声をかける。挨拶に無視は良くない。
「……おはよ」
ルビアはふてくされたように挨拶を返す。オリバーが嬉しそうに返事する。
「――はい!おはようございます!いやぁ嬉しい――」
「おはようございます!」
「ルビア様!今日も素敵です!」
「今日の講義の予習してきました?ルビア様」
と、オリバーを突き飛ばすようにクラスメイトが次々とルビアに挨拶をする。相変わらずルビアは人気だと思った。
「……とほほ」
と、オリバー。
「おっはよーみんな!」
と、その時セイランが元気いっぱいに入ってきた。
「おはよう、セイラン」
「おはようー、課題やった?」
別のクラスメイトたちがセイランに挨拶を返す。
……クラスが2分されてるのが手を取るように見えた。
セイランがルビアの近くを通る。
「"ルビア"もおはよ」
と、笑顔でセイラン。
「……はいはい、おは……え?」
と、驚いた顔でルビア。
ルビアの横を、通り過ぎたセイランは"私"を見て言う。
「君も、おはよ」




