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エンパシストとしての覚醒


◆村を離れる決断──それでも背に感じる温もり


 ラナとの会談の後、碧斗は村長の家で荷物をまとめていた。

 といっても、持ち物は少ない。

 異世界に召喚されたときに支給された簡易ポーチと、村人がくれた干し肉とパン、あとはグランが貸してくれた布製の肩掛け袋。


(……本当に行くんだな)


 胸の奥が少しざわつく。


 エルド村の空気は心地よく、

 “追放された勇者”という肩書を忘れさせてくれる温かさがあった。


 ふと庭に目を向けると、リナがこちらを見て、目をうるませながら駆け寄ってきた。


「おにーちゃん、いっちゃうの?」


 碧斗はしゃがみ込み、リナの頭を撫でる。


「ああ……でも、また来るよ。ちゃんと帰ってくる」


「ほんと……?」


「本当だ。だって、リナを泣かせたくないし」


 リナは小さな拳で涙をぬぐい、むっと顔を上げた。


「じゃあ、これ!」


 彼女は胸元の小さな紐をほどき、

 木で作られた小さな護符を碧斗に差し出した。


「まもり……! おにーちゃんにあげる!」


「これ……リナの大事なやつじゃ」


「だいじだからあげるの!」


 鼻をすするリナを抱きしめると、

 胸に温かいものが広がった。


(帰る場所……俺にもできたんだな)


 その感情に気づき、碧斗はそっと護符を胸ポケットに入れた。


「ありがとう。絶対、守るから」


 グランも腕を組みながら笑う。


「碧斗さんよ。おまえはもうエルドの家族だ。困ったら帰ってこい」


 その言葉が、背中を優しく押した。


 碧斗は深くうなずいた。


「行ってきます。必ず、強くなって戻ってくる」


 こうして、碧斗とラナはエルド村を後にした。


──────────────────


◆森を抜ける道──“共感”の新たな力


 村から離れ、深い森へ足を踏み入れる。

 ラナは無駄のない動きで前を歩き、

 碧斗はその背中を追う形だった。


「ラナさん。……俺、本当に役に立てるかな」


「不安なの?」


「そりゃ……エンパシストって言われても、自分ではよくわからなくて」


 ラナは振り返らずに言った。


「魔物の“心”に触れた時、何を感じた?」


「叫びが……苦しんでて。助けてほしい、でも暴れたくないって……そう思ってた」


 その瞬間、ラナの足が止まる。


「それよ。それが《エンパシスト》の本質」


 ラナは真剣な目を向けた。


「魔物はね、本来“心”を持っているの。

 でも今は、世界のどこかで“心の枠”が壊れ始めてる。

 だから感情が溢れ、暴走する」


「枠……?」


「魔物の精神を保つ膜のようなもの。でも、それが破れていってる」


 碧斗は喉を鳴らす。


(魔物の心の叫び……やっぱり異変の一部なんだ)


 ラナは歩きながら続けた。


「あなたの力は、その“枠”に触れられる。

 もしかすると……修復することすらできるかもしれない」


「修復……?」


「まだ断言はできない。でも、あなたの力がなければこの世界は終わる」


 その言葉は重く、しかしどこか真実の響きがあった。


 そして。


 ふいに足元の葉が音を立て、

 ――周囲の“感情の色”がざわり、と揺れた。


(……誰かいる)


 碧斗は立ち止まり、前に出た。


 心を静かに広げる。


 すると――

 空気に混じる、刺すような赤黒い感情。


(怒り……恐怖……そして、飢え!)


「ラナさん、来る!」


「隠れて!」


 二人が身を低くした瞬間、

 茂みを裂いて飛び出してきた影。


 人間よりやや大きい、黒い体毛の四足獣。

 目だけが真っ赤に光っていた。


「“嗅覚獣スニッファー”!? なんでこんな所に!」


 ラナが弓を構える。


 だが碧斗は、目の前の獣が放つ“感情”の渦に気づいた。


(苦しい……助けて……!)


 その声と同時に、獣がラナへ突進する。


「ラナさん!!」


 碧斗は咄嗟にラナを突き飛ばし――

 自分が獣の前に立った。


(触れる……!)


 心を重ねる。


 その瞬間――

 獣の内側で荒れ狂っていた赤黒い感情が、

 碧斗の胸の奥に流れ込んできた。


「……うあぁっ……!」


「碧斗!?」


 全身が熱い。

 怒り、飢え、孤独、恐怖――

 あらゆる感情が奔流のように押し寄せてくる。


(でも……!)


 碧斗は必死に獣に声を投げかけた。


「大丈夫だ……! 落ち着け……!

 おまえ、怖かったんだろ……? ひとりだったんだろ……?」


 感情の渦が少しずつ薄まり、

 獣の瞳の赤が、ゆっくりと淡くなる。


 ラナが驚愕の声を漏らした。


「沈静化……碧斗、あなた……本当に……!」


 最後の感情が静まり、

 獣はその場に倒れ込んだ。


 眠っているだけのように見える。


 碧斗は膝から崩れ落ち、肩で息をした。


「……はぁ……はぁ……」


 ラナが慌てて駆け寄る。


「大丈夫!? 無茶をしたら死ぬわよ!」


「……大丈夫。

 でも……初めてだ、こんなの。

 魔物の心に深く触れたら……感情が流れ込んできて……」


 ラナは真剣に碧斗の目を見る。


「それが《エンパシスト》の覚醒よ。

 心に直接触れ、暴走を止める……そんな真似、昔の文献でしか見たことがない」


「俺……覚醒……?」


「そう。あなたの力はもう、“勇者パーティの評価”なんかで測れない」


 ラナの声が震えていた。


「碧斗……あなたは世界を変える存在になる」


 その言葉に、碧斗は小さく息をのむ。


(世界を……? 俺が?)


 しかし――

 胸には不思議な確信があった。


(……やれる。俺の力は……無駄じゃない)


──────────────────


◆遠くに響く“悲鳴”──旅の次なる目的地


 獣を森の奥へ逃し、二人は息を整えた。


「今のは――ほんの序章よ」


 ラナが空を見上げる。


「魔物たちの暴走は、もっと深刻な場所がある。

 まずは北にある《カーネ平原》を目指す。

 あそこは“心の歪み”が最初に現れた土地よ」


「歪みの……発生源?」


「可能性が高いわ」


 碧斗の胸がどくんと跳ねる。


(そこに行けば、もっとわかるかもしれない……

 俺の力のことも、仲間の行方も、世界の異変も)


 ラナは歩き出しながら、碧斗を振り返った。


「さぁ、碧斗。ここからが本当の旅よ」


 風が吹き抜ける。

 エルド村とはまったく違う、少し冷たい風。


 碧斗は護符を胸に触れ、静かにうなずいた。


「行こう。

 ――誰かの“心”を救えるなら、進むしかない」


 こうして、

 エンパシスト風間碧斗の旅は次の段階へ動き始めた。


 世界の“歪み”と対峙し、

 仲間を増やし、

 そして後に“運命そのもの”とぶつかる物語の序章。


 まだ誰も知らない、

 世界を救う鍵が――

 この一歩に宿っていた。

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