“共感の勇者”、村で芽吹くもの
◆1.エルドの朝──追放勇者の新しい一日
リナ救出の翌朝。
村は早くから活気づいていたが、
風間碧斗はというと、グランの家の客部屋で目を覚まし、
久しぶりに“眠った”という実感を味わっていた。
(……めっちゃ寝たな。
こっち来てから、まともに休めなかったし)
外からは鶏の声。パンを焼く香り。木々のざわめき。
どれも、日本の日常とは違うけれど、なぜか落ち着いた。
(……ここ、居心地いいんだよな)
立ち上がり、扉を開くと、
土間でグランがパンをかじりながら笑っていた。
「おう、起きたか。昨日は危なかったなぁ。よくやってくれた」
「いえ……俺、勝手に動いただけで」
「勝手でリナを助けられるやつがどこにいる! 胸張れ!」
グランの背後から、リナが顔を覗かせる。
「おにーちゃん……!」
駆け寄ってきて、ぎゅ、と碧斗に抱きついた。
昨日、あれだけ怖い思いをしたのに、もう笑っている。
(子どもって……すげぇな。強いわ)
「おにーちゃん、ごはんいっしょたべよ!」
「ああ、うん。いただきます」
そんな何気ない朝食が、碧斗には何よりも温かかった。
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◆2.村の信頼──小さな“感情”の積み重ね
食後、村の広場へ出てみると、すでに村人が集まっていた。
「碧斗さん!」「勇者さま!」「リナを助けてくれてありがとう!」
口々に礼を述べられ、碧斗は戸惑ってしまう。
(勇者……俺、追放されたんだけどな)
だが村人たちの“感情の色”は嘘をつかない。
感謝、安堵、尊敬。
昨日の魔物騒ぎが村全体に恐怖をもたらしていた分、
余計に信頼が深まっているのだ。
「ありがとう……でも、勇者は名乗れないよ。追い出されたし」
そう言うと、村の老婆がゆっくり近づき、
杖をついたまま、碧斗の手を握った。
「名乗らなくていいのさ。
あんたはあんたのしたことで、ここにいるみんなの“心”を救った。
それが何よりの証さね」
(……“心”を救った、か)
その言葉が、胸に深く刺さった。
エンパシストの力は、戦闘能力としては最低ランクとされ、
勇者としては“ハズレ”扱いされた。
しかしこの村では――
その力は確かに役に立っている。
(この世界には……俺の力を必要とする人がいる)
それだけで、胸が熱くなった。
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◆3.不穏の影──森に広がる“歪み”
村で歓迎されながらも、碧斗の胸にはひっかかりがあった。
(昨日の魔物……ただの暴走とは思えなかった)
あの魔物が抱えていた“心の叫び”。
自らを苦しめていた、あの黒い感情の渦。
(城でも同じ色の“恐怖”を感じた。
村の近くでも、同じような気配が広がりつつある)
見えない“闇”が世界に浸食している。
それを感じ取れるのは――
きっと、共感の力を持つ自分だけだ。
(勇者パーティ、今どうなってるんだろ……
俺以外は城に残ってるんだよな)
勇者として召喚されたのは5人。
高校生~大学生、会社員まで、男女混合。
碧斗より戦闘適性の高い者も多かった。
(みんな……あの異変に気づいてるのか?)
ふと、胸がざわつく。
嫌な予感が、黒い霧のように広がっていく。
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◆4.村への来訪者──“女狩人”との出会い
そんな折。
村の入口に、ひとりの女性が姿を見せた。
革鎧に弓。
茶髪を後ろで束ね、引き締まった体つき。
鋭い目つきなのに、どこか影もある。
「ここが……エルド村、ね」
村人がざわついた。
碧斗は反射的に“感情の色”を見る。
(深い……緑……? でも、ところどころ黒い……
“迷い”と“自責”……そして、強い警戒心)
女性は、村長の家に向かって歩み寄りながら言った。
「私はラナ。
近くで魔物の異常行動を追っている狩人よ。
昨日、この近くで暴走体が倒されたって聞いた」
村長は少し驚いた様子でうなずく。
「ああ……それは……碧斗さんだ」
指を差され、碧斗は気まずそうに手をあげた。
「ど、どうも」
ラナの視線が碧斗に刺さる。
その目の奥には、明らかな疑念。
「……あなたが、魔物を一体で?」
(うっ……この人、俺を疑ってるな)
すぐにわかる。
警戒、緊張、不信。
そのすべてが濃い色で伝わってくる。
「魔物は暴走していた。あれは普通じゃなかったわ。
あなた……何者?」
「俺は……追放された勇者です」
少し迷ったが、正直に言うことにした。
隠す必要はない。
「追放……? 勇者が?
国は、いよいよ終わりね」
ラナは深く息を吐き、頭を振る。
「……私にも事情があるわ。
魔物の暴走は最近、急激に増えてる。
その理由を探るために動いてるの」
(この人……自分の感情に“傷”がある。
きっと何か抱えてるんだろうな)
そのときだった。
ラナがふいに碧斗へ視線を移し、
低い声で問いかけた。
「ひとつ聞くわ。
あなた……魔物の“心”を読んだりした?」
碧斗の身体が固まった。
(……なんで、わかった?)
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◆5.“エンパシスト”の存在を知る者
ラナの瞳が、鋭く光る。
「感情の流れが変わったのよ。昨日の地点で。
普通の戦いじゃ起きない、奇妙な“沈静化”があった」
碧斗は息をのむ。
(すげぇ……。
この人、ただの狩人じゃない)
ラナは続けた。
「それは……昔、文献で読んだことがある。
“心を操る者”
“共感で魔を祓う者”
“感情を糧に力を伸ばす者”」
碧斗の胸が強く脈打った。
「それが――
《エンパシスト》」
その言葉を聞いた瞬間、
碧斗の背筋に電撃が走る。
(俺の……この力。
この世界では、“名前”があるのか)
「ラナさん……あなた、エンパシストのことを……?」
「全部は知らない。ただ……
“魔物の心に触れられる唯一の職能”だと記されてる。
世界が滅ぶとき、救うのも、壊すのも――
その力を持つ者だ、ってね」
“救うのも、壊すのも”。
その言葉の重さが、胸にのしかかった。
(俺に……そんな力が?)
ラナは目を細める。
「あなた。…この村に留まる気はないでしょう?」
「え……?」
彼女は静かに言った。
「世界が崩れ始めてる。
あなたの力は……いずれ、世界の中心に立つ」
碧斗の心臓が、大きく跳ねた。
「もしあなたが望むなら――
私はあなたに協力する。
魔物の異変を追う旅に。
そして……世界の歪みの正体に迫る旅に」
風が吹き、ラナの髪が揺れる。
その“感情の色”は――
不安と決意が混ざった、深い緑。
(この人……怖いんだ。
でも、それでも前に進もうとしてる)
碧斗は、ゆっくりと息を吸い、言った。
「……俺を必要としてくれる人がいるなら。
俺の力が誰かの役に立つなら。
――行くよ」
ラナの表情に、初めて柔らかな色が宿った。
「そう……じゃあ今日から、あなたは私の仲間よ」
こうして――
風間碧斗の最初の仲間、狩人ラナが誕生した。
それは小さな一歩だったが、
後に“世界を揺るがす旅”の、最初の転換点となる。




