“心を喰らう魔物”との初戦
碧斗は大きく息を吸い込み、胸奥に渦巻く黒い感情へと手を伸ばした。
魔物が発している“怒り”と“飢え”。
少女の“恐怖”と“痛み”。
そして――森全体を汚染するような深い“憎悪”。
(……これ、ただの魔物じゃない)
胸の奥が焼けるように熱い。
全身の神経が鋭く研ぎ澄まされ、世界が異様にくっきりと見える。
ドレインが半ば暴走している。
だが、その代償として――
魔物の“心の動き”が驚くほど明確に視えた。
(次……飛びかかってくるつもりだ……!)
「来いよ……!」
魔物の筋肉が震え、地面を蹴り、矢のような速さで突っ込んでくる。
その瞬間、碧斗は後ろへ跳んだ。
本能ではなく、魔物の“攻撃意思”を先読みして動いたのだ。
「うおぉッ……!」
牙が空気を裂き、地面の草がえぐれる。
リナはまだ魔物の腕に抱えられたまま。
時間がない。
(魔物の“怒り”……もっと吸い上げる!)
碧斗の心に、熱が流れ込んだ。
毒のようでありながら、どこか力強い“情念”。
怒り・飢え・衝動……それらが奔流となって押し寄せる。
膝が震え、視界が揺れた。
だが――
(こいつは……リナを餌にしてたわけじゃない。違う……)
胸の奥に、不意に飛び込んできた“声にもならない感情”。
──苦しい。
痛い。
助けて。
(……これ、“魔物”の心!?)
魔物自身が抱えている、抑えきれないほどの痛み。
本来の意思とは別に暴走させている“何か”の影。
その根は、濃い漆黒の闇――
城で感じた、王たちを覆っていたあの“恐怖”と同じ色だった。
(同じだ……! やっぱり世界の何かが“狂い始めてる”!)
「……リナを離せ!!」
碧斗は叫び、踏み込んだ。
魔物が爪を振り上げる。
殺意が赤黒い波紋となって走る。
(怖い……でも……!)
右手を突き出し、胸中で燃え上がる黒い炎を解き放つ。
「――ドレイン・バースト!!」
吸い取った怒りを一気に“逆流”させる。
魔物の感情の核に衝撃が走り、その動きが一瞬だけ止まった。
その隙に――
「リナッ!!」
少女の身体を腕ごと引きはがし、抱きかかえる。
魔物の爪が碧斗の頬をかすめ、血が飛んだ。
痛みと同時に、魔物の心の奥底でつぶやくような感情が聞こえる。
──たすけて。
もう……いやだ。
(……お前……暴れてただけじゃないんだな)
魔物は苦しげにうめき、やがて膝を折った。
黒い霧のような瘴気がその身体から抜け落ちていく。
やっと本来の姿に戻ったかのように、魔物の瞳が穏やかな色へと変わった。
そして――ゆっくりと、倒れた。
碧斗はしばし、呼吸ができなかった。
リナが腕の中で震えながら、小さくしがみついてくる。
「に、い……ちゃん……こわかった……」
「もう大丈夫だ。怖い思い、させて……ごめん」
リナを強く抱きしめながら、碧斗は胸の奥で確信した。
(この世界で起きてる異変……。
俺の“共感の力”じゃなきゃ気づけないことがある……)
逃げるように追放された“無能”。
そのはずだった。
けれど――
(俺は……この世界で、やるべきことがある)
ゆっくりと立ち上がり、リナを抱えたまま村へ向かって歩き出した。
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◆4.村の夜──希望の灯り
エルドの村に戻ると、村人が泣きながらリナへ駆け寄り、
安堵と喜びが村の空気を包んだ。
「旅人さん……! 本当に、恩に着ます!」
「どうお礼を……!」
「危ないとこだったんだぞ……よく……よくリナを……!」
村の感情が、金色の温かい光となって碧斗に押し寄せる。
胸がじんわりと熱くなる。
(……こんなの、日本では一度も感じたことがなかったな)
農夫のグランが、碧斗の肩を叩く。
「お前さん……勇者ってやつか?」
その問いに、碧斗は苦笑して首を振る。
「追放された“落ちこぼれ”です」
「そんな落ちこぼれがいるか!」
村人たちの声が重なる。
「おめぇがいなきゃリナは……」
「お前さんは、村の恩人だ!」
「エルドの仲間だよ!」
胸がいっぱいになり、碧斗は何も言えなかった。
(……ここにいてもいいって、言ってるのか?
追放された俺を……?)
その夜。
村の家の一室、ランタンの灯りの下で、
碧斗はようやく気づく。
(俺、ここで……生きていいんだ)
その感情は、ゆっくりと、静かに。
人生で初めて味わう“帰ってきた”ような温もりだった。
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◆5.闇のざわめき──見つめる影
同じ頃、森の奥。
倒れた魔物の周囲に、黒い霧がゆらりと集まっていた。
『……予定外、だな』
『勇者の一人……だが、あれは……』
『共感を……喰う……器……』
黒い影が、まるで生き物のように蠢き、笑う。
『面白い。
あれほど“澄んだ心”を持つ者が――
この世界をどう壊し、どう救うのか。』
ひとつの影が、村の方向を向く。
『いずれ訪れる“真紅の崩壊”。
その鍵を握るのは……
あの、追放された勇者だ。』
影が一斉に静まり、森の闇と溶け合う。
──その名はまだ、知られていない。
──だが、風間碧斗の冒険は、ここから始まる




