まさかの薄幸令嬢!? 放置DVされてしょっぱなから詰む
『第一部 アイラ・サウス』です。
ハンディキャップのあるサウス男爵家令嬢に転生した北橘佳奈は、両親亡きあとサウス家を乗っ取った叔父によって裏庭の小屋に追いやられます。何とか自立しようとあがきますが……。
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『男爵家当主一家転落事故』
去る六月十九日午後、サウス男爵家当主一家と親族一家が、アウステル県のスパリゾートへ行楽に行った帰路、当主一家が乗っていた馬車が崖から転落した。夫妻は死亡し、御者は行方不明、娘は奇跡的に救出された。
前日の雨で道路がぬかるんでいたことが原因だろうと警察は結論付け、事件性は無かったものとしている。
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……という新聞記事を、今わたしは読んでいる。狭くてジメジメしたベッドにゴロンと横になって片肘を付き、頭をポリポリ掻きながら。汚れ始めた下着とモスグリーンの木綿のワンピース、ボサボサの髪の毛のまま。
新聞は裏庭のごみ捨て場から拾って来た。
見たこともないアルファベット風文字をなぜ読解できるのかは謎。
(『サウス男爵家』ってこの家のこと? というか『娘』って、もしかしたらわたし? わたしったら新聞初登場? わぁ~、有名人)
な~んてよそ事のように構えているのは、わたし自身がこの屋敷にいる連中とは赤の他人だから。
だってわたしは北橘佳奈だもんね。けれど違う人になっちゃったみたい。
(はぁ〜、お腹空いた……)
※
さっきまでわたし、某北関東田舎民で二十四歳オトナな社会人だったんだけど。
こんな生白ろい、ふくらはぎの筋肉がないようなガキじゃなくて。
確か、職場の仲良し同士で湯畑のある有名温泉へ行った帰り、同僚が運転する中古の軽が、関越自動車道の玉突き事故に巻き込まれて……。
(そこで記憶が途切れて?)
BBCドラマで見たようなベッドルームで目覚めた時はあせった。病院ではなさそうだし、ここはどこって。外国人のオバサンが擦り傷だらけのわたしを見て、『ミス・アイラ』と涙を流していたし。
(ミス・アイラって誰? そもそも、アンタ誰?)
花柄模様のカーテンや絨毯、豪華な調度品のある重厚な造りの薄暗い部屋。明かりはキャンドルだけ。出入りするのは外国人。
(ブラジル人じゃない外国人? 英語教師?)
痛む身体と朦朧とした意識のまま何日かたった時、わたしは突然乙女な部屋を追い出され、裏庭のみすぼらしい小屋に放り込まれた。
(えっ、何でぇ?)
※
そして冒頭に戻る。
わたしは新聞記事と使用人(?)たちの噂話から、次のような事を知った。
・ここは首都にあるサウスという家名の男爵家タウンハウス。亡くなった当主夫妻が首都で事業を進めていたため、一家は領地ではなく首都で暮らしていた。
・男爵家当主夫妻が死亡してからほどなくして、中央官庁で官吏をしている叔父が、妻と娘を引き連れてサウス家タウンハウスに乗り込んで来た。
・その後亡き当主のひとり娘――アイラ・サウスを裏庭の小屋に隔離した。
ということらしい。
(だから、何でぇ? 理由を教えて!)
あり得ないけど、馬車事故で死んで魂が離れた少女の身体に、自動車事故で死んだ自分の魂が乗り移って奇跡的に甦った、だったりして。
異世界というか、事故現場が同期したパラレルワールド的な?
食料は、バスケットに入れられた固くて細長いパンがひとつ、毎朝小屋の前に届けられるだけ。シーツやタオルなどの替えはなく、掃除や洗濯をしてくれる人はいない。着替える服もない。シュミーズみたいなのとレディースステテコみたいな下着が時々届けられるだけ。
こらこら、パンを入れるバスケットに下着を入れるんじゃないよ!
お気楽だった自宅暮らしの北橘佳奈から見ると、生活全般が悲惨だよ?
試しに屋敷内へ入り込もうとしたら、チェックのハンチング帽をかぶったソバカスお兄さんに捕まった。
成人したペーターみたいな人だった。
「お嬢、屋敷内に入ると旦那様に叱られるから、止めときなさ……止めときな」
「あ……」
「いい子だから、もうしばらく大人しくできるかな?」
「あ~」
『あ』しか発音できない。
言葉は分かるのに、しゃべれない……口が動かない……。
わたしは再び小屋に閉じ込められた。
(も〜、ヤサグレちゃおっかな〜)
孤児になったとはいえ、現サウス家の姪ですよ。酷くないですか。放置監禁DV犯罪ですよ。わたしまだ擦り傷や切り傷が残っているんですよぉ!
転生先が不幸ってどうなの。
もしもこれが事故と見せかけた殺人だったら?
二台の馬車が崖にさしかかった時、タイミング良く当主一家の馬車だけが崖から落ち、なぜか御者は見つからなかったし。
わたしという生存者がいて叔父夫婦はガッカリし、孤児院に入れるわけにもいかず、小屋に閉じ込めたとか……と、勝手に想像する。
《叔父一家絶許かな!》
【奥義・絶許リスト】のトップ入り決定かな!
《燃えろ、燃えてしまえ! 地獄の業火で全部燃えてしまえぇ!》
ここでの記憶は全然ないけれど、アイラと両親はさぞ無念だったことだろう。ご冥福をお祈りいたします。できれば毎年お墓参りに行きます。
できれば、だけど。
事故に遭ってからしばらく自室のベッドの中だったし、放り込まれた小屋には鏡がないから、自分の顔を知らない。
髪の毛の色はシルバーに近いプラチナブロンド、赤みがかった白っぽい肌に、家事などしたこともなさそうな綺麗な指をしているから、いかにも貴族の令嬢ですという感じ。
(そんなことどうでもいい、この状況を何とかしなければ、死ぬ……)
裏庭で井戸端会議をする使用人さんたちの噂では、叔父の娘でミリーとかいう名の従姉妹は、テラスハウスからサウス家のタウンハウスに引っ越して以来、贅沢を始めたらしい。
(よく聞く話だね)
高級オーダー服を着たり、高価なアクセサリーを付けたり、婚活(男漁り)パーティーに行ったり。仮面舞踏会という怪しげな所へも出入りしているみたい。
『もう二十歳になるんだからさぁ、本気出さないと行き遅れるよねぇ。それにさ、最近貴族の息子に貢いでるらしいんだよ、アハハ』という噂話も耳にした。
使用人容赦ないな。
小屋には備え付けの物置があり、シャベル・熊手・斧・リヤカーなどがあった。ということは、庭師がいるんだろうか。
間取りは水道付キッチン・テーブルセット・小さいベッドがある居室、それに狭いトイレのみ。いわゆる1K。お風呂はなく、ホーロー製のタライがあるだけ。これでは足湯にしかならない。けれどお湯がない。
屋敷の部屋にはバスタブがあったのに。
「おふろ、どう、する?」
ギギギと無理矢理口を動かしたら、少しだけしゃべることができた。
仕方なく冷たい水をタライに入れ、泡立ちにくい固形せっけんで身体を水洗いした。シャンプーリンスがないので髪の毛は水シャン。髪は腰まであるから、なかなか乾かない。冬なら死ぬ。思い切ってベリーショートにしたい。
トイレは一応水洗だから、ここには下水道があるんだろう。しかしトイレ紙はゴワゴワ、しばらく掃除していなかったらしくて汚い。これだけでも死ねる。
照明用ランプは燃料切れ。燃料が何なのか知らないけれど。明りといえばロウソクが少し残っているだけで、マッチは見当たらない。
季節はたぶん初夏なので、日中はじんわり暑い。
(庭師どこぉ? 誰か何とかして〜、ヘルプミー!!!)
本館は二階建てのクラシックなプチホテルという感じ。小屋のある裏庭はこじんまりしたイチイ林になっていて、背よりも高い赤茶けたレンガ塀で囲まれているから、外が見えない。裏門は鍵がかかっている。
脱出不可能。
わたし、動物園の獣かな~。
小屋とは反対側の塀の角に新聞を拾ったゴミ捨て場があって、時々ハンチング帽のソバカスお兄さんが現れては何かを捨てていく。わたしはそのたびに、使えるものはないかと漁るようになった。
立派な屋敷内野良娘ですにゃ~ん。
誰かエサ下さい。
お手をしろと言われればしますよ~。
誰でもいいから返事してぇ!
ホコリだらけだけど、この小屋は一応マイホームなんだと思ったら、少しだけ心に余裕ができた。イ〇バ物置よりも頑丈そうだし。
仕方ない、リフォームでもすっか。
もしかしたら『転生チート』が使えるかもしれないからね。
《火・水・風・土・光・闇魔法 精霊召喚 浄化 結界!》
どれもダメ。火も水も出て来ない、精霊も現れない、トイレ浄化もできない。
結界も張れませんでした、トカゲが小屋に入って来たから。
『ステータス・オープン』? 何も現れやしませんけど?
(転生チートないんかーい!)
\(絶望だよ)/
潔くあきらめたわたしは、ゴミ捨て場から欠けた鍋や食器など使えそうな物を拝借した。
そこには三十センチくらいの薄汚れた人形が捨てられていた。耳に青いピアスをしているけど、ガラス玉かな? もしかしたらアイラの宝物だったのかも?
人形に『アイラちゃん』と名付け、薄い掛布団にくるまって一緒に眠ると、何となく安心した。
リフォームはできなかったけれど、それなりに掃除をしたから、どうにか住めるようにはなったかも。一日パン一個で不衛生な生活はキツイけれど、叔父一家とは会わないからお気楽かな。
いっそのこと屋敷の外へ出て暮らそうかな。小屋にわたしがいなくても、どうせ誰も気にしないじゃない?
∴ ∴ ∴ ∴ ∴
目標:自立!
∴ ∴ ∴ ∴ ∴
(どうでもいいけど、お腹空いた……)
※
わたし――アイラ――の『明日はどっちだ』波乱万丈ストーリーが始まったのであった。
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この時点では北橘佳奈度(某北関東民/北橘佳奈としての自覚度)100%です。
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▶アイラは薄幸令嬢です。そこにかかあ天下予備軍の北橘佳奈が入った事により、物語はシリアス路線から外れてしまいました。