風間、動く
放課後の教室は、誰もいないのに妙にざわついて感じる。
空気が湿っている気がするのは、俺のせいか――それとも。
「よ。来てくれてありがとう」
その声は、窓辺の逆光から現れた。
風間大我。
この学校一の陽キャにして、恋愛イベントの仕掛け人。
そして……今の俺の静寂を破壊している張本人だ。
「何の用だよ、風間」
「話したいことがあるんだ。……いや、違うな。ちゃんと聞いてもらいたいんだよ、真壁悠」
風間は、珍しく真面目な表情をしていた。
いつもの軽薄さが、今だけは見えない。
「お前、ほんとに恋してないのか?」
唐突な質問だった。
「は?」
「白川詩音。あの子を、好きじゃないって言えるのか?」
「……俺は、関わりたくないだけだ」
「違う。関わりたくないって言いながら、お前はいつも詩音を見てる。誰よりも」
ぐっ、と胸の奥を刺されたような感覚。
風間はゆっくり近づき、俺の正面に立った。
「俺はさ、恋愛ってのはゲームみたいなもんだって思ってる。仕掛けて、動かして、燃え上がらせる。それが面白い」
「……人の気持ちを遊ぶな」
「それは違う。俺は本気だよ。だからこそ、恋愛っていう舞台をちゃんと整えてやりたいんだ」
風間の目は、冗談を言ってる目じゃなかった。
「でもな。ひとつだけ、俺にできないことがある」
「……何だよ」
「ガチになることだ」
風間は、ポケットから一枚の写真を出した。
そこには、中学時代の彼と、ある女の子が並んで写っていた。
「昔さ、初めて本気で人を好きになった。だけど、それに気づいた時には、もう遅かった」
「……」
「だから俺は、恋愛を仕掛ける側になった。自分が傷つかないように、舞台の外に立ったんだ」
風間の声が静かになる。
「けどな、真壁。お前は今、舞台の上にいるんだよ。白川詩音も、天野理子も、如月千夜も……みんな、お前を見てる」
「……俺は、ただ静かに暮らしたいだけだ」
「それは言い訳だろ」
風間の言葉に、俺は言葉を詰まらせる。
「本当は気づいてるんだろ? 人と関わるのが怖いくせに、誰かに必要とされることが嬉しいって」
「……っ」
まるで、全部見透かされているようだった。
「……俺に、何ができるんだよ」
ようやく絞り出した声に、風間は笑わなかった。
「正面から向き合うこと。それだけで十分だ」
「向き合って……どうなる?」
「分かんねえよ。でも、逃げ続けるよりはマシだろ」
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夜、俺はSNSを開いた。
そして――見つけてしまった。
白川詩音の別アカウント。
そこに投稿された短編小説は、今も拡散され続けている。
【撲滅委員会の会長と、嘘から始まる本当の話】
コメント欄に、こう書かれていた。
「きっと、あの子はもう自分の気持ちに気づいてる。だけど、まだ答えが怖いだけ」
詩音……お前、これって。
「……返事を、しなきゃな」
風間の言葉が、脳裏に焼き付いて離れない。
舞台の上に立ったら、逃げられない。
俺はまだ、何も知らない。
でも――知りたいと思った。
詩音のことも。理子のことも。千夜のことも。
そして、俺自身のことも。