図書室ラプソディ
人が静かにしている場所では、心の声がよく響く。
図書室は、俺にとって逃げ場だった。
騒がしい教室を抜け出して、本棚の陰で一人、呼吸を整える場所。
……けれど今は。
その静けさすら、落ち着かない。
「……恋愛、でした」
静寂の中に、もうひとつの声があった。
本棚の向こう、死角になっていた席から、ひそやかに如月千夜が姿を現した。
手には風紀委員のノート。そして、カメラ付きのスマホ。
「撮ってたのかよ!?」
「いえ、見ていただけです」
「……それはそれで怖い」
「お前な……それ、記録すんの?」
「しません。プライバシーの侵害は、風紀違反ですから」
「じゃあ、何しに来たんだよ……」
千夜は、ふと顔を背けた。
その頬が、ほんのり赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
「……観察していたら、感情の整理が追いつかなくなっただけです」
「感情の……整理?」
「ざわつく、ね……」
言葉にできない感情。
それは、俺にも覚えがある。
「……たぶん、それ、恋ってやつだ」
「っ……!」
千夜は、目を見開いた。
「こ、恋? わたしが? まさか、そんな……」
「別に誰が相手だなんて、今はわかんないけどさ。人を見て心が動くってのは、きっと、恋のはじまりだよ」
「…………」
千夜は黙ってしまった。
けれどその沈黙は、今までよりずっと人間らしい気がした。
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その日の夜。
詩音のSNSアカウントが、突如バズっていた。
『恋愛イベント撲滅委員会』を題材にした、ある短編小説が拡散されていたのだ。
【題名】
《撲滅委員会の会長と、嘘から始まる本当の話》
「……おいおい」
タイトルだけで、俺の胃が痛くなってきた。
⚫︎地味で目立たない男子が、ある日突然クラスの恋愛ターゲットにされる
⚫︎彼は恋愛を嫌い、騒動を避けようとするが、一人の少女と出会い、次第に……
それはまさしく、俺たちの話だった。
「詩音……お前、これ書いてたのか……」
コメント欄には、共感と感動の嵐。
けれど、それはつまり――
「バレるのも、時間の問題だな」
風間のニヤけた顔が脳内再生される。
……これは、いよいよ逃げられないな。