恋愛ミッション発令中
――朝のHR。
風間大我が、いつものように講壇の上で高らかに宣言した。
「さあ! 本日より『恋愛ミッションカード制度』を導入します!」
「……は?」
俺の隣で、詩音が低くうめいた。俺も同じ気持ちだ。
「みんなに『恋愛ミッションカード』を配布するぞ~! 内容は日替わり、ランダム抽出! ミッション成功でポイント加算! 高得点者にはご褒美あり!」
教室中にざわつきが走る。
興味津々の奴らと、明らかに嫌そうな女子たち。
どちらも風間の想定内なのだろう。
「ほら、真壁。お前のカード、来てるぞ」
風間が俺に手渡してきた小さな封筒。
恐る恐る開くと、中には白地のカードと手書きの文字。
【本日のミッション】
・白川詩音を笑わせろ。
・天野理子と手を繋いで帰れ。
「……頭おかしいんじゃねえの?」
「おかしいのはお前の恋愛感度だよ、真壁くん」
風間はにやりと笑う。
「お前に必要なのは――強制イベントだ。自覚してないだけで、フラグ立ちまくってんだからな?」
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昼休み、俺と詩音は図書室の隅で作戦会議をしていた。
「見せて。……うわ、ほんとにバカじゃないの、これ」
詩音はカードを見てため息をついた。
「笑わせるって……そういうの、一番苦手なんだけど」
「俺も。理子と手を繋ぐなんて、無理すぎる。理子にも迷惑だし」
「まあ、でも強制される筋合いはない。風間のルールには、やらなかったら減点とは書いてない」
「つまり、やらなくても罰則なし。なら、うまくスルーすればいいってことか」
詩音はうなずいた。
「どうせ彼は、やらなかった理由が、曖昧になることを嫌うはず。だったら、形式的に、失敗に持ち込めばいい」
「笑わせようとしたけど滑ったとか?」
「手を繋ごうとしたけど、理子が全力で拒否ったとか」
「それでいこう」
俺たちは無言で拳を軽く合わせた。
撲滅委員会の今日の活動内容、決定である。
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放課後。
俺は理子を校門の前で待ち構えていた。
「よっ、真壁。なに? 待ち伏せ?」
「いや、その……カード、届いただろ?」
「ん? あー、真壁と手を繋いで帰るってやつ? はいはい、ふざけてるよね」
「で、その……一応、形式だけでも……断ってもらえれば助かる」
「へえ」
理子が俺の顔をじっと見る。
「……じゃあさ、もし私が拒否しなかったらどうすんの?」
「え?」
「繋いじゃったら、どうすんの?」
「そ、それは……」
「……なーんてね。冗談冗談。やだよ、そんなの。繋がないから」
理子は軽く笑って、先に歩き出した。
「それにしてもさ、詩音ちゃんのは?」
「笑わせろってやつだった」
「……ふーん。あんた、彼女のこと、ちゃんと守ってやんなよ」
理子の言葉に、俺は何も返せなかった。
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夜。図書館。
詩音は俺の目の前で、紅茶の缶を片手に座っていた。
「で? 結果は?」
「理子が全力で拒否してくれた」
「よかった。こっちも……面白くない話を30分し続けたら、向こうから苦笑いして終わったわ」
「それって、成功じゃ……?」
「笑わせたんじゃなくて、哀れみだったから。ギリセーフ」
俺たちは目を見合わせて、ふっと笑った。
その瞬間――
「……やはり。これは風紀違反の匂いがします」
声がした。
本棚の影から、如月千夜が現れる。
眼鏡に光を反射させながら、手に記録用紙。
「本日、図書館内で、笑顔の交歓を確認しました。風紀違反候補です」
「お前、いつから見てた……」
「観察対象AおよびBの行動記録中です」
「詩音、逃げろ。こいつマジだ」
「逃げたら追われるに決まってるでしょ……!」
俺たちは、図書館から逃げるように走り出した。
「風紀とは、秩序です! 情緒ではありません!」
背後から千夜の声が追いかけてくる。
真壁悠と白川詩音。
恋愛イベント撲滅委員会、ただいま監視対象ランク昇格中――