恋人クイズ大会、修羅場寸前
「……嘘だろ」
クラスの黒板に貼り出されたイベント進行表を見た瞬間、俺は絶望した。
その文字は、どこまでも現実的で、どこまでも悪夢的だった。
『仮想カップルクイズ大会』
お互いの理解度を競え!優勝ペアには映画チケットプレゼント!
※ペアは事前に風間が調整済み。希望不可。
「どこが仮想だ。どこが娯楽だ。どこが自由意志だ」
ボヤく俺の横から、「おっす」と手を振ってくる人物。
「よろしくね、ダーリン」
天野理子。
この学級イベントの最恐ジョーカーである。
「ふざけんな。誰がダーリンだ」
「えー、ダーリンって言う設定でしょ? 本番でもそう呼ぶんだから、慣れとかなきゃ」
「何が本番だよ。俺たち、本物のカップルでも何でもないだろ」
「でしょ? だから、仮想って言ってんの。なんか文句ある?」
ぐぬぬ……。
こいつ、口喧嘩だけは天下一品だ。
「はい、じゃあ第3ペア! 真壁くん&天野さん、前へどうぞー!」
風間が能天気にマイクを振り回している。
クラス中が盛り上がり、俺たちは否応なしにステージの前に立たされた。
「Q1! 相手の誕生日はいつでしょう?」
「え、ええと……10月だった、か?」
「残念! 正解は11月11日!」
理子が得意げにウィンクを飛ばす。
チョコじゃねえんだぞ、お前の誕生日は。
「Q2! 相手が今朝食べた朝ごはんは?」
「んなもん知るか!」
「正解は、コンビニのおにぎりとカフェラテ~」
「いや、エスパーかよ」
クラスが笑いに包まれる中、俺は死んだ魚のような目で立ち尽くしていた。
すると――
「じゃあ質問変えまーす」
風間の声が、急にトーンを変えた。
「Q3。真壁くんは、クラスの中で、気になる女子がいますか? それは誰?」
……は?
俺の思考が、一瞬、フリーズした。
「おい、それクイズか?」
「いいから答えてみなよ~。仮想カップルなんだからさ、多少の恋愛っぽい雰囲気も必要でしょ?」
風間の声に、クラスがざわめく。
理子がマイクをこちらに向けた。
「さあ真壁くん、答えてどうぞ?」
「……い、いねぇよ、そんなの」
「ふーん、ほんとに?」
「本当だよ!」
すると理子が、少しだけ悪戯っぽい表情で言った。
「じゃあ――白川詩音は?」
その瞬間、空気が凍った。
教室全体が、沈黙した。
「な、なんで急に……」
「だって、よく一緒にいるじゃん? 図書室とかさ、イベントのときもさ。肝試し、手繋いだんでしょ?」
ザワッと周囲がざわめく。
俺の喉が、変な音を立てた。
「べ、別に……詩音とは、ただ委員会の――」
「ふぅん。じゃあ聞くけどさ、あんた、詩音ちゃんのこと……好きなんじゃないの?」
爆弾が落ちた。
クラスがざわめき、誰かが小さく「マジかよ」とつぶやいた。
視線が、痛いほど集まる。
「ち、ちが……俺は、そんな……!」
「……もういいよ」
声がした。
振り返ると、そこに――
教室の扉に手をかけた詩音の姿があった。
「白川……?」
「ごめん、私、体調が……悪いみたい」
そう言って、彼女は教室を出ていった。
誰も、止められなかった。
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放課後。
俺は誰にも見つからないように、図書室へ向かった。
いつもの席。詩音が好んで座る窓際。
そこに彼女の姿は、もうなかった。
「……俺、何やってんだよ」
拳を握る。
あのとき、否定じゃなくて。
ちゃんと向き合っていれば――何か、変わったのかもしれないのに。
そんな俺の背中に、声が届いた。
「秩序、著しく乱れてますね」
振り向くと、そこにいたのは――如月千夜。
風紀委員の制服姿で、冷たい眼差しを向けていた。
「……お前、なんでここに」
「風紀委員なので。最近、図書室での恋愛感情の漏出が著しく、調査中です」
「そんな取り締まりあってたまるかよ……」
「あなたと白川さん。風紀上、注視案件です」
彼女はポケットから、何かの記録用紙のようなものを取り出す。
その右上には、こう記されていた。
『観察対象A:真壁悠』
『交際疑惑レベル:B』
『要注意度:上昇中』
……なんだこれ。
風紀委員、怖すぎだろ。