恋人肝試し、攻略開始
肝試し当日、夜。
校舎裏に設営された『お化け屋敷』の入口前で、俺と白川詩音は並んで立っていた。
気まずい。
この状況が、何よりも気まずい。
「……昨日の作戦、どうする?」
小声で問いかけると、詩音はそっと小さく首を振った。
「……もう無理。あんな手、握られたら、演技なんてできない」
「えっ」
「ごめんなさい。私、たぶん、演技ができるほど、冷静じゃないから」
詩音は、いつもの無表情を保ったまま、静かに言った。
なのに、声の端っこにほんの少しだけ、震えが混じっていた。
その一言で、こっちの心臓が跳ねる。
やめろ。
そんな言葉を、真っ直ぐな目で言わないでくれ。
これは、恋愛イベントなんだぞ。
本気にしちゃいけない。
だって俺たちは、『撲滅委員会』だ。
でも。
「……わかった。じゃあ、できるだけ自然に乗り切ろう」
俺の返事に、詩音はほんの少しだけ微笑んだ。
「共犯者さん、頼りにしてるわ」
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校舎内は、ほとんど真っ暗だった。
お化け役の生徒がところどころで驚かせてくるが――怖いというより寒い。
詩音はずっと黙っていた。
ときどき小さく肩が揺れている。怖さか、それとも――緊張か。
「……白川」
「ん……?」
「手、繋ぐか?」
気づけば、そう口にしていた。
「え?」
「ほら、迷ったら困るし。演技ってことで」
「ふふ、それ、昨日も言ってたわね。事故だって」
「べ、別に俺は……その……!」
詩音は、くすりと笑って、そっと俺の手を取った。
「演技でもいいから、お願い。……ちゃんと繋いでて」
俺の手を握る力が、少しだけ強くなった。
この手は、ただの演技じゃない。
そう、思ってしまった時点で、俺の負けだったのかもしれない。
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中盤に差し掛かったところで、仕掛けが激しくなってきた。
床から何かが這い出し、扉の向こうから突然叫び声が。
「――っ!」
詩音が俺の肩に顔を埋める。
「やっぱ無理……怖いの、ほんとにダメなの……」
小さな声で、か細く呟く。
「もう、撲滅とかどうでもいいかも。……早く、出たい」
その瞬間、俺の中の何かが変わった。
これは、もうイベントじゃない。
白川詩音という一人の人間が、目の前で助けを求めてる。
「大丈夫、俺がいる。行こう」
「……うん」
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ゴール地点。
明かりのついた廊下に出た瞬間、詩音はふぅ、と安堵の息をついた。
そして、俺の手を離さず――そのまま、俺の胸元に顔をうずめた。
「……ありがとう。真壁くんのおかげで、ちゃんと歩けた」
「お、おう……」
まるでカップルじゃないか、これ。
いや違う。これは演技――いや、もうその言い訳通用しないってわかってるだろ俺。
ふと、振り返った先。
廊下の影からこちらを見ていた男がいた。
風間大我。
腕を組み、何も言わず、にやりと笑っていた。
また一つ、仕掛けが成功した
そんな顔だった。
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その夜、家に帰って布団に入っても、詩音の手の感触が消えなかった。
柔らかくて、温かくて、震えていて――俺の手を、頼るように握っていた。
あれは、何だったんだろう。
俺たちは、撲滅委員会だ。
恋愛イベントなんて、ただの茶番だと、笑い飛ばす側のはずだった。
けど。
あのときの手は、本気だった。
俺の中の静かに暮らしたいというモットーが、少しだけ揺らいだ。
――やばいな。
これは、もしかしたら――
俺が、恋愛イベントの当事者に、なりつつあるってことなのかもしれない。




