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恋人肝試し、攻略開始


肝試し当日、夜。


校舎裏に設営された『お化け屋敷』の入口前で、俺と白川詩音は並んで立っていた。


気まずい。

この状況が、何よりも気まずい。


 


「……昨日の作戦、どうする?」


小声で問いかけると、詩音はそっと小さく首を振った。


「……もう無理。あんな手、握られたら、演技なんてできない」


「えっ」


「ごめんなさい。私、たぶん、演技ができるほど、冷静じゃないから」


詩音は、いつもの無表情を保ったまま、静かに言った。


なのに、声の端っこにほんの少しだけ、震えが混じっていた。


その一言で、こっちの心臓が跳ねる。


やめろ。

そんな言葉を、真っ直ぐな目で言わないでくれ。


これは、恋愛イベントなんだぞ。


本気にしちゃいけない。

だって俺たちは、『撲滅委員会』だ。


でも。


「……わかった。じゃあ、できるだけ自然に乗り切ろう」


俺の返事に、詩音はほんの少しだけ微笑んだ。


「共犯者さん、頼りにしてるわ」


 


====


 


校舎内は、ほとんど真っ暗だった。


お化け役の生徒がところどころで驚かせてくるが――怖いというより寒い。


詩音はずっと黙っていた。

ときどき小さく肩が揺れている。怖さか、それとも――緊張か。


「……白川」


「ん……?」


「手、繋ぐか?」


気づけば、そう口にしていた。


「え?」


「ほら、迷ったら困るし。演技ってことで」


「ふふ、それ、昨日も言ってたわね。事故だって」


「べ、別に俺は……その……!」


詩音は、くすりと笑って、そっと俺の手を取った。


「演技でもいいから、お願い。……ちゃんと繋いでて」


俺の手を握る力が、少しだけ強くなった。


この手は、ただの演技じゃない。


そう、思ってしまった時点で、俺の負けだったのかもしれない。


 


====


 


中盤に差し掛かったところで、仕掛けが激しくなってきた。


床から何かが這い出し、扉の向こうから突然叫び声が。


「――っ!」


詩音が俺の肩に顔を埋める。


「やっぱ無理……怖いの、ほんとにダメなの……」


小さな声で、か細く呟く。


「もう、撲滅とかどうでもいいかも。……早く、出たい」


その瞬間、俺の中の何かが変わった。


これは、もうイベントじゃない。

白川詩音という一人の人間が、目の前で助けを求めてる。


「大丈夫、俺がいる。行こう」


「……うん」


 


====


 


ゴール地点。


明かりのついた廊下に出た瞬間、詩音はふぅ、と安堵の息をついた。


そして、俺の手を離さず――そのまま、俺の胸元に顔をうずめた。


「……ありがとう。真壁くんのおかげで、ちゃんと歩けた」


「お、おう……」


まるでカップルじゃないか、これ。


いや違う。これは演技――いや、もうその言い訳通用しないってわかってるだろ俺。


ふと、振り返った先。


廊下の影からこちらを見ていた男がいた。


風間大我。

腕を組み、何も言わず、にやりと笑っていた。


また一つ、仕掛けが成功した

そんな顔だった。


 


====


 


その夜、家に帰って布団に入っても、詩音の手の感触が消えなかった。


柔らかくて、温かくて、震えていて――俺の手を、頼るように握っていた。


あれは、何だったんだろう。


俺たちは、撲滅委員会だ。

恋愛イベントなんて、ただの茶番だと、笑い飛ばす側のはずだった。


けど。


あのときの手は、本気だった。

俺の中の静かに暮らしたいというモットーが、少しだけ揺らいだ。


――やばいな。


これは、もしかしたら――

俺が、恋愛イベントの当事者に、なりつつあるってことなのかもしれない。


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