共犯者は図書室にいる
翌朝。登校した瞬間、教室がまるで文化祭前のような空気に染まっていた。
「マジで肝試しやるの?」
「カップル限定とかヤバくない?」
「風間センス、毎回エグいよな〜!」
聞こえてくる会話のほとんどに、恋・カップル・ドキドキといったワードが含まれていた。
それはもう、空気感染する恋愛脳ウイルスのような状態だった。
――くそっ、またアイツか。
俺は席に着くなり、深く頭を抱えた。
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昼休み。いつもの図書室。俺たちの秘密基地。
「『ペア肝試し』……って、正気とは思えないわね」
白川詩音は、静かに紅茶のティーバッグを引き上げながら言った。
どうやら司書の先生と懇意らしく、図書室の奥では普通にお茶を淹れてくれる。
「文化祭の自由企画って体裁だけど、明らかに恋愛前提だよな」
「ええ。ペアでの申し込み制、しかも、異性ペア限定という地獄仕様」
「男同士じゃダメなんだって?」
「風間くん曰く、友情でドキドキは起きないそうよ」
……うん、殴っていいと思う。
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「じゃあ、どうする?」
俺の問いに、詩音は小さく頷いた。
「撲滅委員会の出番ね」
彼女は文芸部の部室から持ち込んだノートを開き、さらさらと書き出す。
作戦名:自然消滅型カップル誤認解体作戦
……ネーミングは相変わらず厨二寄りだが、内容は割と実用的だった。
「まず、ペアになってから、すぐに喧嘩別れ風の演技をして、イベント参加資格を自然消滅させる」
「演技……か。そんなこと、上手くいくかな?」
「……正直、私も苦手だけど」
詩音は少しだけ顔を伏せた。
「でも、やるしかないわ。これ以上、勝手に恋愛対象としてカテゴライズされるのは――嫌だから」
その言葉には、どこか切実な響きがあった。
俺と似ている。
人と深く関わることに、慎重すぎるほど慎重なところ。
「わかった。やろう、自然消滅作戦」
「うん。共犯者、よろしくね」
そう言って差し出された右手は、細くて白かった。
握手した瞬間、なぜか心臓が一回、多めに跳ねた気がした。
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文化祭前日、ペア発表。
俺はくじ引きで――白川詩音とペアになった。
……運命という名の悪意は、こうして笑ってやってくる。
「わ、真壁と白川さん?」
「雰囲気ぴったりすぎじゃない?」
「陰キャ同士なのに、なんか様になるなー」
……いや褒めてないよね? それ。
詩音も若干固まっていたが、無表情を崩さなかった。さすがだ。
「作戦は、予定通り?」
「もちろん。開幕3分で険悪モード、終盤に別行動。完璧に仕上げましょう」
「お、おう……」
何が完璧なんだ。俺たちは何と戦っているんだ。
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そして当日。夕暮れ、体育館裏の特設お化け屋敷へ。
暗闇、廊下、鳴り響く効果音。風間が手掛けただけあって、妙に本格的だ。
「……こ、怖くはないけど、演技の練習した方がよかったかも」
詩音の声が、ほんの少しだけ震えていた。
「……大丈夫? 無理すんなよ?」
「だ、大丈夫よ。これは演技……ただの演技……」
そう言った直後だった。
突然、暗闇の中から飛び出してきた、首なしマネキンが目の前に落下してきた。
「きゃっ……!」
詩音が小さく叫び、思わず俺の腕にしがみついてきた。
あ、やばい。
彼女の手が、震えている。
「……詩音、大丈夫」
とっさに、彼女の手を握り返す。
「これは……イベントじゃなくて、事故だ。うん、仕方ない」
そんな言い訳が口をついて出た。
彼女は驚いたように俺の顔を見たあと、ふっと目を細めた。
「……ありがと。真壁くんって、意外と優しいのね」
「いや、違う、これは……その、緊急対応というか……!」
「ふふ、わかってる。事故よね」
彼女の笑みは、いつもより少しだけ――柔らかかった。
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出口のそばで、風間大我が腕を組んで待っていた。
その顔には、どこか意味ありげな笑みが浮かんでいる。
「へえ……手、握ってたんだ?」
「……見てたのかよ」
「イベントの事故って言い訳、俺も今度使わせてもらうわ」
うるさい。こっちは真剣なんだ。
風間はそんな俺の苦々しい視線を涼しげに受け流すと、ぽつりと呟いた。
「でもさ――事故だとしても、心臓は嘘つかないよな」
……その言葉に、妙に胸がざわついた。




