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共犯者は図書室にいる

翌朝。登校した瞬間、教室がまるで文化祭前のような空気に染まっていた。


「マジで肝試しやるの?」


「カップル限定とかヤバくない?」


「風間センス、毎回エグいよな〜!」


聞こえてくる会話のほとんどに、恋・カップル・ドキドキといったワードが含まれていた。

それはもう、空気感染する恋愛脳ウイルスのような状態だった。


――くそっ、またアイツか。


俺は席に着くなり、深く頭を抱えた。


 


====


 


昼休み。いつもの図書室。俺たちの秘密基地。


「『ペア肝試し』……って、正気とは思えないわね」


白川詩音は、静かに紅茶のティーバッグを引き上げながら言った。

どうやら司書の先生と懇意らしく、図書室の奥では普通にお茶を淹れてくれる。


「文化祭の自由企画って体裁だけど、明らかに恋愛前提だよな」


「ええ。ペアでの申し込み制、しかも、異性ペア限定という地獄仕様」


「男同士じゃダメなんだって?」


「風間くん曰く、友情でドキドキは起きないそうよ」


……うん、殴っていいと思う。


 


====


 


「じゃあ、どうする?」


俺の問いに、詩音は小さく頷いた。


「撲滅委員会の出番ね」


彼女は文芸部の部室から持ち込んだノートを開き、さらさらと書き出す。


作戦名:自然消滅型カップル誤認解体作戦


……ネーミングは相変わらず厨二寄りだが、内容は割と実用的だった。


「まず、ペアになってから、すぐに喧嘩別れ風の演技をして、イベント参加資格を自然消滅させる」


「演技……か。そんなこと、上手くいくかな?」


「……正直、私も苦手だけど」


詩音は少しだけ顔を伏せた。


「でも、やるしかないわ。これ以上、勝手に恋愛対象としてカテゴライズされるのは――嫌だから」


その言葉には、どこか切実な響きがあった。


俺と似ている。

人と深く関わることに、慎重すぎるほど慎重なところ。


「わかった。やろう、自然消滅作戦」


「うん。共犯者、よろしくね」


そう言って差し出された右手は、細くて白かった。


握手した瞬間、なぜか心臓が一回、多めに跳ねた気がした。


 


====


 


文化祭前日、ペア発表。


俺はくじ引きで――白川詩音とペアになった。


……運命という名の悪意は、こうして笑ってやってくる。


「わ、真壁と白川さん?」


「雰囲気ぴったりすぎじゃない?」


「陰キャ同士なのに、なんか様になるなー」


……いや褒めてないよね? それ。


詩音も若干固まっていたが、無表情を崩さなかった。さすがだ。


「作戦は、予定通り?」


「もちろん。開幕3分で険悪モード、終盤に別行動。完璧に仕上げましょう」


「お、おう……」


何が完璧なんだ。俺たちは何と戦っているんだ。


 


====


 


そして当日。夕暮れ、体育館裏の特設お化け屋敷へ。


暗闇、廊下、鳴り響く効果音。風間が手掛けただけあって、妙に本格的だ。


「……こ、怖くはないけど、演技の練習した方がよかったかも」


詩音の声が、ほんの少しだけ震えていた。


「……大丈夫? 無理すんなよ?」


「だ、大丈夫よ。これは演技……ただの演技……」


そう言った直後だった。


突然、暗闇の中から飛び出してきた、首なしマネキンが目の前に落下してきた。


「きゃっ……!」


詩音が小さく叫び、思わず俺の腕にしがみついてきた。


あ、やばい。


彼女の手が、震えている。


「……詩音、大丈夫」


とっさに、彼女の手を握り返す。


「これは……イベントじゃなくて、事故だ。うん、仕方ない」


そんな言い訳が口をついて出た。


彼女は驚いたように俺の顔を見たあと、ふっと目を細めた。


「……ありがと。真壁くんって、意外と優しいのね」


「いや、違う、これは……その、緊急対応というか……!」


「ふふ、わかってる。事故よね」


彼女の笑みは、いつもより少しだけ――柔らかかった。


 


====


 


出口のそばで、風間大我が腕を組んで待っていた。


その顔には、どこか意味ありげな笑みが浮かんでいる。


「へえ……手、握ってたんだ?」


「……見てたのかよ」


「イベントの事故って言い訳、俺も今度使わせてもらうわ」


うるさい。こっちは真剣なんだ。


風間はそんな俺の苦々しい視線を涼しげに受け流すと、ぽつりと呟いた。


「でもさ――事故だとしても、心臓は嘘つかないよな」


……その言葉に、妙に胸がざわついた。


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