誰かの想い、誰かの答え
月曜の朝。
ホームルームの時間、教室には妙な緊張感が漂っていた。
教壇の前には、風間大我。
そしてその手には、一通のラブレター。
「さて、ラブレターコンテスト。優勝作品を――朗読しまーす」
「えっ、読むの!?」
「誰が書いたかって分かるの!?」
そんな声を無視して、風間はにっこり笑った。
「作者の名前は伏せてある。だけど、内容から、きっと伝わるよ」
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『――恋なんて、必要ないって思ってた。
それは、誰かに期待しなければ傷つかなくて済むから。
誰にも寄りかからなければ、誰にも壊されないって思ってた』
読み上げられる文字に、教室は静まり返る。
『でも、ある日。
「空気のように生きたい」って言った君が、
空気なんかじゃなくて、私の心の中にずっといることに気づいた』
真壁悠は、顔を上げた。
詩音がそっと、俯いた。
『私は、恋が怖い。
失うのも、期待するのも、拒絶されるのも。
でも――君とだったら、ちょっとだけ信じてみたい』
言葉は淡々と、それでいて静かに熱を帯びていた。
『だからこの手紙は、告白じゃない。お願いでもない。ただの――本音。私は、君に出会えてよかった』
風間が読み終えた瞬間、教室はしんとしたまま、誰も声を発しなかった。
やがて誰かが拍手を始め、それが静かな波のように広がった。
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放課後。屋上。
詩音はひとり、風に髪をなびかせて立っていた。
その背後から、真壁が静かにやって来る。
「……来てくれたんだ」
「うん。あれ、詩音の書いたやつだろ」
詩音は小さく頷いた。
「匿名にしたのに、やっぱりバレた?」
「文章のクセ、知ってるし」
「……そっか」
しばしの沈黙。
そして、真壁はゆっくりと口を開いた。
「俺さ、最初はただ、平穏に過ごしたかっただけなんだよ。
恋愛とか、そういうの、面倒だし、怖いし。
でも――」
彼は詩音の方を向く。
「でも、詩音とだったら、考えてみてもいいかなって。そう、思った」
詩音の目が、少し見開かれる。
「だから……これも告白じゃない。ただの報告」
そして、そっと手を差し出した。
「これからも、撲滅委員会一緒にやろう。……今度は、もうちょっとだけ素直に」
詩音の目に、うっすらと涙がにじむ。
「……うん。委員会、続けよう」
そう言って、そっと手を握り返した。
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その頃――下の階の廊下。
天野理子は、柱の影から屋上を見上げていた。
「……やっぱ、負けたな」
手の中には、自分が出した手紙の控え。
だけど、悔しさよりも、不思議と清々しい気持ちの方が勝っていた。
「詩音、泣いてんじゃん……バカだな」
それでも笑っていた。
「次は、ちゃんと好きって言えるようになってから勝負する。覚悟しなさいよ、真壁」
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一方、風紀委員室。
如月千夜は、何かを考え込むように、机に座っていた。
目の前には、自分の書いた手紙のコピー。
『これは恋愛ではありません。たぶん。おそらく。恐らく……未確定です。』
「……感情、という現象。まだ、理解できていません」
でも――彼女の頬は、ほんの少し赤かった。
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そして、物語の語り手であり、黒幕のひとりでもある風間大我は――
ひとり校舎裏で、携帯をいじっていた。
「うんうん、SNSでもラブレター事件がバズってるね。
いいね、エモい」
画面には『#撲滅委員会の真実』『#陰キャがモテると世界が揺れる』などのハッシュタグ。
「……さて、第2学期はどうしようかな。夏恋祭とか、やっちゃう?」
彼は誰にともなく微笑んだ。
「恋は、終わらない。仕掛ける限り、永遠に続く」




