委員会、崩壊の危機
委員会室――という名の図書室隅の閲覧席。
放課後のその空間は、いつも静寂に包まれていた。
けれど今日だけは、空気が違っていた。
「……で、結局アンタはどうしたいの?」
天野理子が、真壁悠を睨みつけるように問い詰める。
横には、無言で立ち尽くす白川詩音。
誰も口を開こうとしない時間が続く。
「……俺は、ただ」
「静かに暮らしたいだけ、とか言うなよ? もう通じないから、それ」
理子の声は怒りを含んでいたが、どこか寂しさも滲んでいた。
詩音は視線を落とし、手元の本を握りしめる。
その表紙は、彼女のSNSでバズっている短編と同じタイトルだった。
【嘘から始まる、本当の話】
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ことの発端は、昨日の放課後だった。
詩音の短編がネットで話題になり、読んだ理子が即座に気づいたのだ。
「……これ、真壁のことだよね」
そして今日。理子は、詩音に真正面からぶつかることを選んだ。
「アンタ、真壁のこと……好きなんでしょ?」
静かな詩音の瞳に、一瞬だけ火が灯る。
「……だったら、何?」
「何って……だったら、ちゃんと言いなよ」
「言えたら、とっくに言ってる」
詩音の声が、初めて感情的になる。
理子も驚いたように目を見開いた。
「私はね……告白とか、できるタイプじゃない。でも、想ってることくらい、伝わるって……信じたかった」
「……信じて、もらえなかったんだ」
詩音の言葉に、理子が絶句する。
「アンタは、堂々としてる。言いたいことも、態度も、全部見せる。でも、私にはそれができない」
「……」
「それでも、私は真壁くんが、誰かに見つけられることが、怖かった」
言葉の一つひとつが、真壁の胸に突き刺さる。
「詩音……」
「悠くん、私はね……」
そこに――まるで空気を読まずに、第三者が口を挟んだ。
「……以上、風紀委員としては見過ごせない感情の衝突です」
如月千夜だった。
「感情による混乱は、秩序の崩壊を招きます。これは明確な風紀違反です」
「はああ!?」
理子がブチ切れた。
「ちょっと! 今は真面目な話してんの! 空気読んでよ!」
「空気は目に見えないので、読めません」
「うっざっ!」
千夜は平然と手帳を取り出し、何かをメモし始める。
「感情の高ぶりにより、風紀乱れ度:高。記録完了です」
「記録すんなああああ!」
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……それでも、空気は一瞬和らいだ。
けれど、それは一時のこと。
再び、重苦しい沈黙が戻る。
「なあ……」
真壁がようやく口を開く。
「俺は、確かに逃げてた。人の気持ちも、自分の気持ちも、全部」
誰も言葉を挟まない。
「でも……今は、ちょっとだけ思ってるんだ」
「……何を?」
「詩音と話すのは、悪くなかった。理子にからかわれるのも……嫌じゃなかった。千夜に風紀違反だって言われるのも、なんか……面白かった」
それは、彼なりの感情だった。
「まだ、自分でもよく分かんない。けど、知りたいって思った。
みんなのこと。俺のこと……だから」
真壁は、深く息を吸い込んだ。
「逃げるの、やめようと思う」
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図書室の外。
風間大我は、扉にもたれながら静かに聞いていた。
「……ようやく、役者が揃ったな」
その笑みは、どこか寂しさを含んでいた。
「次は――最終ミッションだな」




