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恋愛イベント魔人、現る

この世界は、理不尽でできている。


いや、大袈裟な話じゃない。俺のクラスを見れば一発でわかる。


たとえば今朝のHRホームルーム

担任が教卓の上に何かをドサリと置いて、俺たちに笑顔でこう言った。


「さあ、みんな! 今日から『恋愛強化月間』よ!」


……は?


冗談だと思った。夢か、もしくは、バグったソシャゲのイベント通知かと。


だが現実だった。

教室中から「うおおおおお!」「マジで!?」と歓声が上がり、空気が一瞬で甘ったるい色に染まる。


「まずはクラス内投票! 『理想の恋人ランキング』だって!」


「おいおい、こんなん俺に決まってんだろ〜」


「それ言った瞬間に落選だよ風間〜」


「ぐはっ!」


――ちなみにこのテンションの中心にいるのが、風間大我。

言わずと知れた、うちの学年最強の陽キャだ。スポーツ万能、顔よし、頭も悪くない。しかも性格は意外にフレンドリーときた。


その彼が、どうやらこの「恋愛強化月間」の仕掛け人らしい。


マジで何やってんだアイツ。


 


====


 


「俺は……静かに暮らしたいだけなんだが……」


誰にも聞こえないよう、ぼそっと呟く。

だが空気は無情にも、俺を置き去りに盛り上がっていく。


やがて配られたアンケート用紙に、クラスメイトたちはキャッキャと名前を書き込んでいた。

『理想の恋人にしたい異性』ランキング。


つまり、人の人生を勝手にフラグ化する装置である。


俺は当然、無記名で提出しようとした――が。


「おーい真壁、誰に入れた?」


「は? いや……俺は……」


「ん〜? まさか白紙とか言わないよな?」


うるさい。なんなんだこのリア充圧力。民主主義の暴力か?


こうして俺は、存在を消して生きてきた陰キャ人生のなかで、ひときわ強烈な不穏の匂いを感じた。


そして昼休み、さらに謎の事件が起こる。


「なあ、見た? 真壁が理想の恋人ランキングで、なぜか五位に入ってたんだけど」


「え? 誰が入れたの?」


「てか……アリじゃね? ああいう静かな男子」


「ギャップ萌え? わかる」


「はぁ!?」


……なぜ。どうして。誰の仕業だ。


俺の意志とは無関係に、名前だけが一人歩きしていた。


風間がこっちを見て、ニヤリと笑う。


「陰キャ×文学少女って、なんか……エモくね?」


意味不明すぎて卒倒しかけた。


 


====


 


その日の放課後。

俺は静かな場所を求めて、図書室へと逃げ込んだ。


ここだけは、恋愛とかリア充とかいう言葉から最も遠い聖域だと信じていた。


だが――


「……そこ、空いてますか?」


静かな声がした。


顔を上げると、目の前に一人の女子が立っていた。


黒髪ロングに薄い眼差し、長袖のカーディガン、胸には文芸部のバッジ。


――白川詩音。


クラスメイトだが、会話した記憶はほぼない。

周囲では、文芸部の無口姫とか呼ばれてるらしいが……なるほど確かに、そんな雰囲気だ。


「……どうぞ」


俺がそう返すと、彼女はふわりと隣の席に腰を下ろす。


しばらく、沈黙。


ページをめくる音だけが静かに響く。


……だが気配がおかしい。


彼女、読んでない。目線が、わずかに俺の方を伺っている。


そして意を決したように、ぽつりと呟いた。


「……あなたも、巻き込まれてしまったのね」


「……は?」


「『恋愛強化月間』という、茶番劇に」


思わず本を閉じた。

この言葉に、どれほどの救いを感じたことか。


「……もしかして、君も……嫌なのか。あれ」


彼女は小さくうなずいた。


「恋愛をイベントにして消費するなんて……そんなもの、本当の気持ちじゃない」


言葉に、刺さるものがあった。


「……わかる。俺も、フラグとか勝手に立てられるの、ほんと勘弁だわ」


ふと、詩音が目を細めた。

それはまるで、長く閉ざされていた本のページをめくるような、そんな微笑だった。


「あなたとは、話が合いそう」


そのとき、不意に彼女が差し出したのは――

一枚の紙。


『恋愛イベント撲滅委員会 設立趣意書(草案)』


手書きだった。妙に整った文字で、真面目に書かれていた。


「……これを一緒に、やらない?」


「非公認委員会ってこと?」


「もちろん。認められるわけないもの、こんな活動」


「だよな」


思わず笑った。彼女も、小さく笑った。


ああ、やばい。これは久しぶりに、会話した気がする。


「名前は……詩音、でいい?」


「うん。真壁くん……だよね?」


こうして俺たちは、非公認・反恋愛組織を設立した。


 


====


 


その翌日、風間大我はこう宣言した。


「次のイベントは――『文化祭ペア肝試し』だ!」


クラスが沸く。


俺と詩音は、同時に目を合わせて、小さくため息をついた。


――やれやれ。

始まったばかりだ、この戦いは。


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