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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系探索者とダンジョンとこれからと
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深層攻略配信、開始

 日が経つのは早いもので、一級探索者による深層攻略はついに当日を迎えた。

 

 ダンジョン配信に力を注いでいたあるサービスによる、完全独占配信となっている深層攻略。

 当然俺も視聴したが、朝十時に行われた開幕式の視聴者数、実に百万に届くか否か。

 流石にダンジョンに入ってからは半分以下に落ち着いているが、それでも信じられないほど多くの人間がこの配信に注目しているのは明白だった。


「なあ、トレンド総取りだぜ。すごくね?」

「まあ一級の深層攻略だしな。……しかし美人ばっかだよな。俺もありんす丸みたいな美女とお近づきになりてえなぁ」

「はっ、この前の合コンですら大滑りして相手にされなかったやつが何言ってんだか」


 昼休み。

 探索者である以前に大学生でもある俺は、次の講義のある大教室にて軽い昼食を取っていると、前方でスマホ片手に話す男達の声が聞こえてくる。

 そこまでちゃんと聞こえるわけでもないが、耳に届いてくる会話の内容から件の深層攻略配信について話しているのは想像に難くない。

 ま、どこもかしこも持ちきりなのは当然。むしろ今話さないでいつ話すまであるからな。


「……はあっ、俺もダンジョン行きてえなぁ」

 

 菓子パンの最後の一口を放り込んでから、ふと呟いてしまう。


 今日からはダンジョンが閉鎖されているので、見送りという名の野次馬も難しい。

 前みたいに何か起きたわけではなく、むしろその真逆。

 これから人々が何かしらの快挙を起こそうとしているが故の閉鎖であり、余計な茶々を入れて台無しにしかねない端役は、彼らが戻るまでの間ダンジョンへの立ち入りを一切禁じられているというわけだ。


 まあ特別二級どもの介入をしやすくするなんて目的もあったりするのだろうが、その辺は想像にお任せしますといった所か。

 同業者として高みの存在達による歴史的進展を拝みたいと思う反面、深層なんて縁もない下級探索者が日銭を稼げないのは、例え事前に告知があったとしても中々に歯痒いものだ。


 ……そういえば火村さん、東京じゃないんだろうけど、大丈夫かな。

 

『すみません。今、そういう気分にはなれないので』

 

 結局あの日、俺は火村さんの誘いを断った。

 もしかしたら俺が深読みしただけで、本当に部屋で飲み直そうという提案だったのかもしれない。

 けれど、それでも。

 断った際に火村さんが見せた寂しそうな顔が、「そうか」と頷いた彼女の苦笑が、妙に心に燻って仕方ない。それだけだった。


 ……ああ、実にらしくない。

 あんな顔してきた火村さんも、こんな風にずっともやもやしてしまっている俺も。みんなみんな、何なんだろうな。


 講義の中でも、帰宅中でも、ずっと漠然とした気持ちを抱いてしまいながら。

 五限までの講義を終え、軽い買い物だけ済ませてから帰宅し、軽くシャワーを浴びれば既に二十時を迎えるか否か。

 貧困大学生の味方。量だけはあるパスタを一人分茹でて、塩とオリーブオイルで和えた単純パスタを数分で食べ終えてから、思い出したように例の深層配信を確認してみる。


「……もう餞別の橋か。早いな、本当に」


 数時間ぶりに開いた配信は、既に中層の、酷く脳裏に焼き付いたあの場所まで辿り着いていた。

 

 二十九階層。

 東京ダンジョンの中層における最大にして最凶の名所。選別の橋。またの名を、勇気の道。

 この階層において、ダンジョン生物の出現は未だ確認されておらず。

 ボコボコと湧くマグマの敷き詰められた底、そしてまるで幅一メートルほどの細い岩の一本道のみが、渡ってみろとばかりに橋として架かるだけ。その橋の長さ、おおよそ百メートルほど。

 

 無機質に降りていくばかりの東京ダンジョンではあまりに異質で、あからさま過ぎる階層。

 そして……かつての俺、探索者になったばかりの頃の俺が調子に乗って深く潜り、目の前にした瞬間に無理だと理解(わか)らされた、あの忌々しき場所。

 

 東京ダンジョンで活動している探索者における、二級と一級の差。

 それはこの選別の橋を渡れるか否かと、俺でも知っているくらいには探索者の間で囁かれている。

 

 この階層では、ダンジョン生物の妨害はない。

 試されるのはシンプルな度胸と実力。求められるのはただ真っ直ぐ、渡りきるという行為のみ。

 表層と同じく、進むべき猛者とそうでない人間を分ける様はまさに篩い。

 ダンジョン庁の定める資格以上に正直で絶対の指標。偽りなき、己が資質を試される。そういう階層なのだ。


 以前の俺は、尻尾を巻いて逃げ出した。

 止まった時間(とき)の世界の中であっても変わることのない、落ちればマグマに呑まれて死ぬという恐怖が俺の足を固め、一歩目を踏み出すことさえ拒絶した。あの頃の俺の心をへし折るには、それだけで十分だった。


 そんな度胸試しの一本道を、一級探索者達は欠片も臆すことはない。


 まず最初、比嘉みつきは助走をつけ、走り幅跳びみたいに一息に。

 次にありんす丸が()()を下ろして指を鳴らせば、マグマの熱でさえ溶けぬ氷の鹿が生み出され、その背に乗って空を舞い向かい側へ。

 紫電夜叉とホムラ、そしてマリアは特に遊ぶこともなかったが、それでも堂々と平然に。

 そして最後に撮影係、南雲クリスはカメラ片手に一切の弱音さえ吐くことなく、マグマの様子を撮影するほどの余裕を見せながら。

 

 落ちればマグマに呑まれ、時間を止めようが関係なく一巻の終わり。

 だというのに、ずっと昔に俺が如何にちっぽけでな凡人だと理解(わか)らされた忌々しき場所を、画面の中の一級探索者達は軽々と攻略してしまう。


 ……これが一級探索者。身体能力だけじゃなく、精神から別格の傑物達。

 思うにきっと、時代を変えるのはこんな人達なのだろう。

 たまたま反則的なインチキ(チート)を授かっただけの凡人ではなく、根っからの探索者。命を賭して挑める者達。力だけではない、本物と呼べる輝きを持つ人達。


・すっご。魔法じゃん

・こんなん怖くて渡れねえよ

・これが一級か

・餞別の橋って配信する余裕ない場所として有名だけど、一級ってやっぱ違えんだな


 コメント欄の方も、俺の胸中と大差ない称賛が惜しみなく流れ追うことさえ出来ない。

 コメント打つ側と打たれる側。それが同じ人のようで、けれど測ることさえ出来ない隔たりなんだろう。

 

 そんな一方的で偏見極まりない感傷に浸っていると、一級探索者達は今日はおしまいと仮拠点を組み立てていく。


 二十九階層はダンジョン生物が出ない関係で、度胸があるのなら休憩スポットとして利用されることが少なくない。

 見かけによらず体感温度は高くなく、感覚的にはちょいと夏の始まりくらい。気温は一定なので、痴情の下手な夏場の方がきついと専らの噂だ。


『すっすっすぅ! ようやく待ちに待った東京ダンジョン産の極上の食材を。さあ! さあさあさあ! どうかわっちにその味を堪能させておくれでありんす……じゅるり』


 自身の調理器具を展開し、愉しげにダンジョン生物の残骸に目を輝かせるありんす丸。

 南雲クリスが普通の調理を担当している傍ら、彼女は一人心底愉しそうに尾を揺らしながら、その残骸達に触れて溶かしていく。


 彼女が上層、中層から後生大事に持ち歩いてきた荷物。

 ダンジョンゴーレムにダンジョンタウロスの一部。流石に全部は持ち歩けないと嘆きながらも、放すまいと必死に抱きしめていた素材(食材)達だ。


 俺はその瞬間を見ていないが、何でも彼らと遭遇した瞬間、まるで一目惚れとばかりに前へと躍り出て彼らを凍らせてしまったとか。

 

 ちなみにこのダンジョン生物の部分活け締め、そして凍結保存とかいう高等技術の無駄遣い。

 このありんす丸は片手間でこなしているが、そもそもダンジョン生物の活け締めさえ国内では五人に満たないほどの神業であり、凍結に関しては彼女の力故なので実質オンリーワンとなっているらしい。すごいね。


『ふむふむ、東京のダンジョンゴーレムの殻汁はちょいくどいでありんすねぇ。飲みやすさでは雑味少なく清らかな北海道産に軍配が上がるでありんすが……これはこれで癖ありで面白い、改良の余地ありんす』

『ごくごくっ、ほんといけるねこれ。思ってたよりずっと美味しいよ』

『すっすっす。この前の昆虫食と言い、ホムラはんはまこと話の分かる女で嬉しいでありんすなぁ。……にしても皆々様、本当にいらんでありんすか? わっちの手料理、(つがい)にならんで食える機会は早々ないでありんすが?』


 第一に完成した汁を啜り、ふむふむと小さく頷くありんす丸。

 隣でよそってもらった汁を味わうホムラに笑みをみせながら、ありんす丸はタウロスの肉も焼き始めていく。

 

 ジュウジュウと音を立てる、ありんす丸持参の石プレートとその上に置かれたダンジョンタウロスの肉。

 ホムラの火でほどよく熱されたプレートは、画面という絶対の距離を挟んだ俺でさえ、口内に涎が溜まってしまうくらいだ。


 あー美味しそう。またお肉食べたいなぁ。


『うーん、私はパスかな。虫や蛇はいけるけど、ダンジョン生物を食べる趣味はないんだよね』

『……申し訳ないが、お腹弱いので、パス』

『私は汁の方だけ少しくれよ。あ、各々食うのは自己責任だが、腹壊しても治してやんねえからな』


 ありんす丸の誘いに、比嘉みつきと紫電夜叉は見向きもせずに拒否。

 マリアは周囲に宣言しつつ、肝心の自分はどっこいせと立ち上がって一杯取りに向かってしまう。


 そんな感じで騒がしく、ダンジョンの中とは思えないくらい緩い空気で時間が過ぎていく。

 結構希少なダンジョン宝具であるガスの出ない焚き火を挟んだ団らんの一時は、きっと多くの視聴者がダンジョン攻略以上に求めていたであろう束の間だった。


『そういえばホムラちゃん。ちょっと気になってたんだけど、付けてるそれってなあに?』


 そんな憩いの中、比嘉みつきはふと気付いたそれについて、濁すことなくホムラへ尋ねる。

 何かと思って画面を注視し、ちょうど拡大されたそれを目視した瞬間、心臓を掴まれたような感覚を覚えてしまう。


 だってそれは、そのキーホルダーは見覚えのあって、何なら今手元にだってある物。

 燃える時計塔。ついこの前、焼き肉屋で火村さんとガチャを回して手に入れた、お揃いのそれだったのだから。

 

『えっとこれはね……えへへ、お守りみたいなものかな。今回の攻略直前に、私の大事な人と一緒に買ったんだ』

『え、何それ何それ! もしかして恋!? ホムラちゃん好きな人いるの!? 教えて教えて!』

『えー、そういうのじゃないよぉ。私、恋愛とかあんまりよく分からないからさぁ』


・お、匂わせか?

・ホムラに限ってないだろ……ないよね?

・!!? !?!?!?!?

・比嘉ちゃんはどうなんだよ?


 プライベートの一切が知られていないホムラの唐突な匂わせに、コメント欄は案の定阿鼻叫喚。

 てえてえになるか燃えるかは、次の回答次第。

 深層攻略を果たし凱旋したら炎上で謝罪……なんてことになったら、それこそやるせないだろうな。


『へえ、ホムラも恋とかするのかよ。いいなそれ、せっかくだし恋バナしようぜ恋バナ。こういうのが切り抜き所ってやつになるんだろ?』

『あ、あの……裏方が水差すのもあれですけど、比嘉さんやホムラさんがそういう匂わせしたらまずいんじゃ……』

『あー……まあいいじゃん、それでこそ人間味ってもんよ。せっかくの機会だし、ホムラの名の如く燃えていけってな?』


 若干顔を強ばらせながら、何とか制止しようとする南雲クリス。

 マリアはそんな彼の肩を強引に抱き、私も混ぜろと言わんばかりに、会話へと割り込んでいく。


『おー怖い怖いでありんす。わっちにまで飛び火されるのは勘弁……ほんなら無関係気取ってる夜叉はん? どうぞわっちに変わって何かクールに場を引き締めておくれでありんす?』

『……燃える時計塔。二年前のオリジナルアニメ、「時計塔は三度鳴る」で幾度も形を変える象徴的建築物。一話は一時間の特別枠で、日常ものにさえ思えるほど緩やかだった中盤までを消し去る怒濤の終盤は、当時の実況スレやSNSを大きく騒がせ──』

『な、なんなん夜叉はん、えらい早口でありんすなぁ。……すっすっす、探索中もそのくらいハキハキしてくれたらわっちも嬉しいでありんすけどなぁ?』

 

 ちょっぴりドキリとしてしまったけれど、謎に語り出した紫電夜叉のおかげですぐに勘違いだと我に返ることが出来る。

 確かにホムラが持っていた燃える時計塔は、奇しくも火村さんとお揃いになったやつとまったく同じもの。けれどそれは、オーダーメイドというわけでもない、言うなればありふれたものでしかない。


「……妙な偶然があったもんだなぁ」

 

 もしかしてと。

 ほんの一瞬だけ変な想像が過ぎってしまったが、まあそういう偶然もあるのだろうと納得しながらも、ちょうどそばに置いていたキーホルダーを手に取り、つい鼻で笑ってしまう。


 ……ところでこれ、一つだけ言いたんだけど、もしかしなくとも放送事故なのでは?

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