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最推し人生相談

 そうして十五階層まで辿り着き、撮影という名のダンジョン探索は無事に達成した。

 上層では場違いとさえ思える圧巻の戦闘、二級の実力を如何なく見せつけられて、道中で苦労しながらダンジョン生物と戦った自分を虚しく思いながらも何とか帰還した。


「今日はありがとうございました。人とダンジョンに潜るのも、誰かに撮ってもらうのは初めてでしたが、やっぱりとてもやりやすかったです!」

「いえ、お礼を言うのはこちらの方ですよ。稼がせてもらいましたし、二級の戦闘を間近で見られたんですから、こっちも貴重な体験でした」


 ダンジョンから出て、二人で向かい合うのはダンジョン庁前。

 既に夜も遅く、閉館ギリギリですっかり人気の少なくなった玄関の前で、俺達は互いに礼を言い合う。


 実際、今日のダンジョン探索で利があったのはこっちの方だ。

 今日の成果は頼み事の報酬とのことで、全額こちらに譲ると言って聞かなかったので大人しく受け取ることになった。

 俺が表層で稼ぐ数回分よりも多い額。二級の先輩にとってはお小遣いの範疇なのかもしれないが、俺にとっては最近ダンジョンに入れなかった遅れを取り戻して余りあるほどの臨時収入だ。


 ……プライド云々を刺激されないと言えば嘘になる。

 けれど三級の俺と二級の葵先輩を同じ尺度に当てはめることが一番の愚か。何より貰えるというのだから、ここは靴を舐めてでも請け負って懐を潤しておくのが利口な選択、そのはずだ。


 しかしこの人、話から察するに完全ソロで二級まで到達してたんだ。本当にすごすぎるな。

 

「じゃあまた」

「あ、あの! 時田くん!」

「はい?」

「ま、またお願いしてもいいですか? 一緒に、ダンジョンへ!」


 個人的に、もう次はないだろうなと。

 今回限りの機会の終わりを惜しみながら、別れの挨拶をして背を向けようとしたとき、葵先輩は俺を呼び止め、ないはずの次を提案してくれる。


「……ええ、まあ。上層までなら、喜んで」


 悩む必要なんてないのに、少しの逡巡を挟んだ後、何かを呑み込みながらも笑顔で頷いて別れる。

 帰路の最中、一人になって静かになった世界を少し寂しく思ってしまう。

 

 ……上層までなら、か。

 我ながらなんて情けない。情けないと思いながら、どうも出来ない自分が一番情けなくなるな。


「……二級、か」


 明かりさえ失われ始めた深夜道を歩きながら、ふと呟いてしまうその言葉。

 もうとっくに諦めたはずの高みなのに、最近はどうしても未練を抱いて仕方なかった。






 胸の内、そして頭をぐるぐると巡っては燻る何かは歩いても晴れてくれることはなく。

 夜遅くに帰宅し、くたくたな体でシャワーだけ浴びて、ベッドの上へと飛び込んで目を瞑ってもなお考えがまとまることはなかった。


「……疲れた」


 ベッドで横になりながら、疲労の中でも嫌に冴えてしまっている意識でスマホを弄っていく。

 

 二級探索者、なるためには。二級資格、取得難度。二級、取得確率。

 それっぽいワードで検索するも、どれも目下の疑問に答えを与えてくれるわけはなく。そもそもの話、もう何度も調べたことがあるのだから、今日に限って新情報なんてことはない。

 

 スマホで検索すれば大概な答えはもらえるけど、肝心なことはいつも分からない。

 まさに情報過多。本当に必要な答えが数多の雑音に埋もれてしまう時代とはよく言ったものだ。


 スマホの時計を見てみれば、現在日が変わって夜中の一時とちょい。

 明日の講義は何限からだったかと、そんなことがふと頭に過ぎったが、今はどうしても大学のことなんて考えたくなくて。

 現実逃避のように動画サイトを開き、何を見るわけでもなく動画を探そうとしたときだった。こんな夜遅くだというのに、登録しているチャンネルの一つに配信中のアイコンが表示されていたのを見つけたのは。


『夜遅くにごめんね。今日はちょっといいことあったから、こんな時間だけどつい配信始めちゃった』


 ちょうど十分前から始まっていたらしい、青柳トワの雑談配信。

 変わらぬ深い蒼髪とダンジョン外配信用の赤縁の眼鏡を装着した、耳に馴染んだ最推しな彼女の声。


・三級探索者です。二級になるのは大変なことでしたか?

 

 ぼんやりとした思考の中で、つい五百円のお金と共に投げてしまった問いかけ。

 基本配信終わりの投げ銭以外はコメントしない、認知されたくない派の俺が普段ならまずやらない愚行に、すぐ我に返るも既に取り返しは付かず。


 ならば読まれないでと願ったが、それすら叶うことなく青柳トワはコメントに反応してしまう。


『タイムさん、いつもスパチャありがとう。大変だったか……うーん、どうだったかな? ……ここだけの話、わたしはやけくそ混じりで上層に入り浸って、それでも生き残っちゃったから試験を受けて合格しちゃったんだ。だから嫌味に聞こえるかもしれないけど、そこまでじゃなかったかな』


 濁すことなく、誠実に答えてくれた青柳トワ。

 そこまでではなかった。これが二級で活動出来る人の、その域まで辿り着ける人の残酷な本音。


 ……やっぱり、上層で苦戦しているようじゃとてもとても届くまい。

 二級なんてのは選ばれた人間のみの境地。火村さんには悪いけど、俺はそんな器じゃない──。


『でもね、もし目指すのならどうか折れないで欲しい。確かにそこまでではなかったけど、それでも辛いこと自体はいっぱいあったんだ。憧れのために頑張ってみよう、なんて思え始めたのは上がる直前だったんだ。あの頃は逃げることに必死で、今振り返っても誇れることなんて一つもなかったよ』


 やはり無理なものは無理なのだろうと。

 他ならぬ推しがそう言うのであれば、今度こそ諦めがつきそうだと。

 

 沈みながらも答えを得たと納得しようとしたときだった。

 青柳トワはゆっくりと、肩を落とした俺を察しているかのように優しい口調で語り始めた。


『それでも……ううん。だからこそ、やりたいと思ったのならやってみて欲しい。もちろん無理は駄目だけど、自分を諦めないで欲しい。今が駄目だったとしても、夢を見て、憧れを目指して、前を向いて欲しい。人生なんて、何が起きるか分からないんだから』


 ……自分を諦めないで欲しい、か。

 我ながら随分単純な性根だ。推しがその場のノリで言ってるだけかもしれない励まし一つで、少し頑張ってみようだなんて思えてしまうんだから。


『それに可能性は命の限りって蒼斧(あおの)レナも言ってたからね。わたしの憧れがそう言ったのなら、それは憲法よりも重い理であり教えなんだよ。お分かり?』


・せっかくいいこと言ったと思ったのに

・あー始まった

・それでこそ、世界で一番蒼斧レナになりたい女

・かわいい


 ちょっと目頭が熱くなったのも束の間、青柳トワはいつも通りの蒼斧レナオタに戻ってしまい、それが無性に馬鹿馬鹿しくて笑いが零れてしまう。

 

 彼女は何も変わらない。配信をする側はどこまでいっても、いつも通り。

 違うのは聞く側の心。苦しむのも救われるのも全部こっち側の勝手なんだから、やっぱりすごいや。

 

『さて、真面目な話はここまでにしよっか。あーそうだ、この前噂のちょっと良いうどん屋に行ってみたんだけど──』


 そうして雑談の空気が元の流れに戻っていく中で、すっと胸のつっかえが取れた気がした途端、今の今まで感じなかったはずの眠気が一気にのし掛ってきてしまう。


 ありがとうございます、と。

 再びの五百円に簡潔なコメントを添えて送ってから、最後の力でスマホの電源を落としてそのまま瞼を閉じる。

 色々あったが今夜はよく眠れそうだと、ふわふわな思考の中で少しだけすっきりとした気持ちで。

読んでくださった方へ。

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