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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者とある季節の終わり
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可愛くてお金持ってて甘やかしてくれる彼女

 あの一次試験の屈辱より二週間ほど過ぎた頃、我が家のポスターに一つの郵便物が届いた。

 宛名はダンジョン庁。取り出した紙に記されていたのは、合格の二文字と二次試験についての説明の書かれた紙。つまりは一次試験通過というわけである。


 だがはっきり言えば、そんなに嬉しさなどなく、むしろ逆に後悔と罪悪感だけ胸を占めている。

 確かに最初こそ喜びで舞い上がりかけたものの、通過の実感を得るには、俺は自分の成果を誇れない行動を──あんなに使うまいと思っていた時間停止を、たったの一度とはいえ使ってしまったのだから。

 

 この虚しさを例えるのなら、鉛筆転がしだけで四択問題を当て続けたようなものだろうか。

 内約は知らないが、確実に実力とはほど遠く、むしろこれまでの努力さえ否定するような行い。

 この合格があの受験五回目の方のような正統に努力してきた他の受験者を蹴落としてまで得た結果だとしたら、素直に落ちていて欲しかったと思えるくらいには、嬉しくも誇らしくもない結果でしかなかったのだ。


 そして何より、合格の報告をした際に見せた夕葉(ゆは)先輩の反応が、今でも頭を過ぎってしまう。

 合格を伝えた夕葉先輩は心の底から、まるで自分のことのように喜んでくれた。

 けれどほんの一瞬だけ垣間見てしまった、まるでそうなって欲しくなかったかのような寂しげな彼女の目が、どうにも脳裏に強くこびり付いてしまっているのだ。

 

 ……とまあ、そんな複雑な心境になってしまいながらも、今更そんな後悔を抱いた所で現実が変わるわけもなく。

 そしてそれでも、じゃあ辞退しますなんて格好付けた、指の一本落とすかの如く筋の通ったけじめをつけられるほど強い心なんて持ち合わせておらず。

 結局中途半端な気持ちと行動のまま、二次試験もとい面接へ向けての猶予期間を、胸にひしめくもやもやと共に過ごすしかなかった。


「とめるくん! ふわぁ……すごい、すごいですね! あ、ルッキー! ルッキーがいますよ!」


 そんなこんなで今、目の前に広がる光景と着ぐるみに興奮する夕葉先輩とデート中である。

 

 場所はデートの大定番。国内最大と言われるテーマパーク、リズニーランド。

 大学生たる俺達は長い春休みの最中でも、世間では何の変哲もない冬の平日真っ盛り。

 故にこの国最大とも言われ、ランドとシーの二つに分かれるほどの規模を誇るテーマパークであってもそこまでの混雑はなく、中々ゆとりをもって楽しめそうだった。


 ちなみにこのデートの提案は、俺ではなく夕葉先輩の方から。

 どうやら落ち込みが隠せていなかった俺に気を遣ってくれたらしく、チケットを取ってくれたらしい。……結局また先輩に、少なくないお金を使わせてしまった。こういうのこそ、俺から誘うべきだってのにな。


「い、行きましょうとめるくん! 時間は有限ですから!」

「……はい」


 とはいえ、そんな手前勝手な落ち込みでデートを台無しにしてはいけないし、せっかく先輩が気遣ってくれたのだから切り替えようと。

 まるで初めての修学旅行みたいな浮かれ具合で手を取ってくる先輩の手に取り、二人で並んでリズニーランドの中へと進み始める。


 既に駅から入り口までの間で、もう十分過ぎるほど雰囲気を味わった気がするが中は別格。

 練り歩く人の多さもさることながら、何より驚愕せざるを得ないのは音。

 至る所から聞こえる音はまさに別世界とさえ思えるほど。都会の駅前でさえここまで耳に響くことはなかったと、様々な音楽や歓声に圧倒されるばかりだった。


 ……実は俺、リズニーに来るの初めてなんだよね。 

 地元にいた頃は遊園地ななんて地元のちゃっちいやつしか縁がなかったし、高校の修学旅行も浅草だったし、大学入っても一人で行こうなんて思い浮かびもしなかったからな。


 しかしなるほど、確かにこれは夢の国と呼ばれるにふさわしい。

 まだ入り口のお土産店が並ぶコーナーを歩いているだけだが、これだけでも地元のシルバーランドがそこいらの公園と大差ないものとしか思えなくなっている。まあ、大体は事実か。


「じ、実はわたし、リズニーランド初めてなんですよね。き、緊張しちゃいます……」

「……あはは、俺もです」

 

 握る手の力が少しだけ強まりながら、にへらと柔和な笑みをみせてくれる夕葉先輩。

 そんな愛らしい彼女を見て、少し強ばっていた心が解れたような気がしながら、俺の方からも少しだけ握る力を強める。

 

 ところで、遊園地デートというのは鉄板だが、実は同じくらい忌避される地雷であり、ここリズニーはその中でも試される場なんて呼ばれているらしい。

 何とも馬鹿みたいな別称だが、まあ一応前日の復習で確かにそうかもと言える要因は確認できた。


 例えばアトラクションに乗るための列の間。

 例えば食事を食べるための列、そしてそれを乗り越えた後のスタッフへの態度。

 例えば活動におけるペース配分や、相手への気遣い。その他諸々エトセトラ。

 

 話題が尽きて会話が起きないからなどと、デートの大部分を占める空白時間における悲劇だけではない。

 無理に繋ごうとしたり良いところを見せようとした結果、余計な一言や行動で空気を悪化させ、それが連鎖して一気に愛想尽かされるなんてのが定番らしいとかそんな感じらしい。

 

 まあこんなの大体のデートでも言えることで、朝から閉園までいることが多い遊園地では浮き彫りになりやすいというだけというのがオチだとは思うが、例えそうと分かっていても軽視など出来るはずもない。 

 ただでさえ先輩と付き合いだして以降、情けなく足を引っ張ってばかりなんだ。

 何かの拍子に愛想を尽かされるかもしれないのは俺も例外ではなく、むしろ日頃何も返せていない俺では、ふと考える機会さえあればすぐに捨てられてしまうかもしれない。

 だから今日は、今日こそは、俺から完璧にエスコートしてみせなくては。そうでなければ、そんなことさえ出来ないのなら、いよいよ俺は──。


「……とめるくん? さっきから少し元気ないですけど……もしかして今日、体調が悪かったりします?」

「ああいえ、こういう場所は初めてだからちょっと圧倒されちゃって……あ、あれ何の列でしょうね、並んでみましょうよ」 


 そんなせっかくのデートにふさわしくない、後ろ向きな思考が顔に出てしまっていたのか。

 心配そうに覗き込んでくる夕葉先輩に、俺はやってしまったと少しの動揺を隠しながら首を振ってから、強引に話を逸らそうと適当な列を指差し先輩の手を取って近づいていく。


 何のアトラクションかは知らないが、ぱっと見ジェットコースターには繋がってなさそうだし、並んでるということはそれなりに人気があるのだろう。

 そんなこんなで、実に俺らしいとも言える、何とも情けない出だしから始まった遊園地デート。

 

「すごい、すごいです! わたしたち、空飛んじゃってます!」


 宇宙船を模した乗り物でグルグルと、ランドを一望出来るほどの高さの空の旅を満喫したり。


「ひゃ! ……あはは、二人とも濡れちゃいましたね」

 

 滝から落ちるように勢いよく落下するアトラクションでは、びしょ濡れになってしまったり。


「ふわぁ……綺麗ですね。とっても綺麗……」


 待ち時間が少なく一息つくにはちょうどいいと評判の小さな世界を、ボートに乗って見学したり。


 そんな感じでガイドマップを見ながら、反時計回りにぐるりと一周。

 途中、夕葉先輩が行きたいとピックアップしていた港風のレストランで昼食を取ったり、中央で行われていたパレードなんかも少し見たり。

 更にはクリームソーダ味なんて見たこともないような味のポップコーンをキャラクターの容器込みで買ったり、屋台の食べ物を二人で食べ分けたりなど。

 最初の警戒や時間なんて忘れてしまえるほどに順調に、待ち時間も含めて楽しい時間を過ごすことが出来ていた。


「あー楽しかった! リズニー、こんなに楽しいなんて思ってませんでした!」


 そうして空もすっかりと暗くなり、夢の時間は終わりとばかりに閉園のアナウンスが聞こえだした園内の中。

 隣を歩いていた夕葉先輩は心から楽しかったと、パーク内で買った付け耳を付けたまま、にこりと満面の笑みを浮かべてくれる。


 その笑顔一つが、今日の俺がそこそこましにやれていたんだなと安堵させてくれる。

 探索者の身体能力でアトラクションを楽しめるかと最初は不安だったが、そんな心配も徒労に終わってくれて良かった。

 俺が三級だからというのもあるが、二級の先輩も楽しんでいるように見えたし、探索者の強靱な肝の前ではこういった施設が退屈な遊具に成り下がる……なんてことがなくて安心したよ。

 

「……今日はありがとうございます。最近落ち込んでた俺に、気を遣ってくれたんですよね」

「え、そ、そんなことないですよ? たまたま広告が目に入って、そういえば、行ってみたいな、とめるくんも喜んでくれるかなーって……えへへっ」


 相変わらず、隠すのが下手だなと。

 俺が礼を言うと夕葉先輩は途端に目を逸らし、あわあわと誤魔化そうとしたものの誤魔化しきれず、やがては諦めたように苦笑いで肯定してくれる。


「……わたしはこんな、こんな楽しい、夢みたいな日がずっと続いて欲しいんです。今日も、明日も明後日も来年も、おばあちゃんになって、一緒のお墓に入るまで、ずっと」


 少し経ち、夕葉先輩はぽつりと話し始める。

 真っ直ぐで、決して強い口調ではないものの、底なしの重さを伴った、夕葉先輩の言葉。

 それは現実を知りながら、ひたすらに夢を抱く少女のような、汚れしかない俺は目を背けたくなるような純真さ。


 そんなに好きと言ってもらえて嬉しいと、本気で思う。

 けれど最近、恋の熱が少し引いてきた今、ほんの僅かにでも過ぎってしまうのだ。その汚れのない、真っ白なキャンパスのような感情に、自らを否定されているような恐怖を。


「辛かったら、とめるくんが苦しむ必要なんてないんです。探索者なんて危ないこと、しなくてもいいと思うんです。わたしとずっとお金が必要なら、わたしが稼ぎます。毎日一緒にいて、こうやって一緒に遊んで、二人で笑い合えるなら、それで十分で、何よりの幸せなんですから」

「大丈夫です。どんなとめるくんでも、わたしはずっと、そばにいますから、だから、とめるくんも──」


 そうして夕葉先輩は、離したくないとばかりに少しだけ力を強めながら、少し背伸びをして俺の唇を奪ってくる。

 ほんの一瞬だけのキスはとても冷たく、彼女の目はずっと一緒にいれると心から信じていると心から信じているかのように曇りのない、綺麗な瞳。


 可愛くて、お金も持っていて、頭も体も心も俺なんぞよりずっと強い女性。

 目の前で、これからも一緒にいたいと微笑んでくれる、俺にはもったいない大切な彼女。

 そんな彼女がずっと一緒にいてくれるだけでいいと言ってくれるのなら、きっとそれは最上の幸福なのだと、例え言葉や文化の違う誰にだって理解出来る永久不変の事実なのだろう。


 それでも、そうだとしても。

 今はこの優しさに満ちた慰めが、どうしても、この負け犬めの傷口へ塗られる塩としか思えてくれない俺がいる。


 あの日、一歩進むことを肯定してくれた青柳トワ。

 今、歩まなくてもいいとあの日を否定してくる葵夕葉。


 甘やかされて、養われて、努力しなくても愛される、それだけの人生。

 本当にそれで、そんな飼われるだけの家畜のような生き方でいいのかと、こんな楽しく満ち足りたデートの後だというのに、心のどこかで、冬の寒さに負けないくらい冷めている自分がいた。

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