表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者とある季節の終わり
82/108

現実スパイラル

 気がつけば、あっという間に一次試験は終わってしまった。

 上手くやれたという自信はまったくない。試験終了という試験官の声でようやく解放されたと安堵するばかりで、合格への手応えなんてものはほんの一欠片さえ湧き出てきてくれなかった。


 せっかくの街だし試験が終わったらちょっと高いご飯でも奮発しよう、なんて気持ちさえ湧き出てくれることはなく。

 気付けば家に帰ってきて、着替える気力もなくベッドへと飛び込んで、腕で目を覆いながら天井を仰ぐばかりだった。

 

「……クソッ!」


 しばらく経って、現実に追いついた心に初めて浮かんできたのは、ひたすらな憤りと後悔ばかり。

 満足いくように解けなかったというのもあるが、それだけではない。

 こんなみっともないザマで、こんな後悔しか残らないような結果しか得られない努力で、必死に試験に臨んでいた受験者達と並んで試験を受けるなんて恥ずかしくて仕方なかったのだ。


 こんなはずじゃなかったと、思うことさえ出来ないほどの醜態は誰のせいか。

 もっと上手くやれたはずだと、こんなボロカスな惨状を招いておいて、どの口が宣えるのだろうか。


 講義前に挨拶できて、たまに昼食や飲みを一緒に出来るような友達が作れた。

 先輩や友人達と旅行に行ったり、バイトに勤しんだり、恩人との距離が少しだけ縮まった。

 何より推していた配信者でもある、俺になんぞもったいないくらい強くて可愛い彼女が出来た。

 

 ……だからどうした。そんなこと、二級へ上がることには何の関係もないだろう。

 本気で二級探索者になりたいのなら、そんなことより勉強に時間を費やすべきだったはずだ。他の何を差し置いても、受かろうと飢えなければならなかったはずだ。


 だというのに、このザマは何だ? こんな体たらくを晒したのは、誰のせいだ?

 この一年で色々あったからといって、二級に近づいているとそう思ったのか? 

 何回か大きな事件に巻き込まれて乗り切ったからといって、少しは成長出来たと思っていたのか?


 ……本当に馬鹿だ。


 ダンジョンの死神でさえない、ただの三級探索者。

 気を抜けば上層のダンジョン生物にだって、簡単に殺されてしまう程度の弱者。

 大学の成績だって単位を落とさないように頑張るのに必死で、篝崎君みたいな器用に生きられる人間とはまるで違う、知らない人に話しかけるのだって苦手な陰キャ。

 

 時田(ときた)とめるという人間は、時間停止なんて偶然手に入れただけの反則に頼らなければ、そこいらの人間にさえ劣るボンクラ程度の存在。その程度の端役でしかないというのに、そんなことさえ忘れて、周りにすごい人達がいたから自分もそうなのだと勘違い出来てしまったのか。

 

 ぐるぐると回る自己問答は、己を蝕む自己嫌悪にしかならず。

 何より自分の心がこんなにも弱かったのだと、この一瞬一瞬の自己嫌悪は今まで目を背けて来た分、強くなったと勘違いした分まで容赦なく突きつけてきて。

 一つ考えれば十は浮かぶ後悔は、弱った心からいくらでも非という時田とめるの膿を的確に炙り出してくる。

 

 愚の骨頂と、そう吐き捨てざるを得ないほどの傲慢と錯覚による積み重ねが、今の自分という醜態を形作っているだけ。

 自業自得の末路でしかなく、悔いることさえお門違いだと。

 そんなことは最初から理解していても、それでも振り返れば振り返るほど、この一年の怠慢を悔いては噛みしめることしか今の俺には出来なかった。

 

 ──ピンポーン。

 

 そうして目を瞑っても眠ることさえなく、どれくらいそうしているだけだったか。

 無様な涙の伝った後もカピカピになり、ぐずっていた喉も涸れて、酷く水を訴えて来た頃。慰めのような静寂を切り裂くような、そんな呼び鈴の音が室内へと響いてくる。


 ……駄目だ。今はベッドから起き上がろうと、今人前に出ようと、そんな気になってくれない。

 どうせうちのチャイムを鳴らす物好きなんて宅急便や郵便局だけだし、わざわざ来てもらって本当に悪いけど、今日は居留守使ってしまおう。

 

 ピンポーン。……ピンポーン、ピンポーン、ピンポピンポ、ピーンポーン!


 居留守を使うことに少しの罪悪感に苛まれながらも、それでも出る気にはなってくれず。

 このままスルーして、配達人がいなくなったら水でも流し込んで、それからシャワーでも浴びて強引に切り替えようと考えていたのだが。

 それでも呼び鈴の音が止んでくれることはなく。

 むしろ一層ビートでも刻んでいるのかと思えるほどにテンポ良く、ホラー映画のワンシーンかってくらいにはけたたましく鳴り続けてくる。


「……っるさいなぁ」


 一度で諦めればだろうに、なんて礼儀のなっていない配達員だと。

 居留守を使っている自分を棚に上げながら苛立ち、今から出たくもないのでとっとと帰ってくれないかなと無視していると、流石に諦めたのかと静かになってくれた。


 ──そのときだった。

 今度は家の外からではないすぐそばから、脱ぐことを忘れたコートのポケットから、けたたましいコール音が鳴り響いたのは。


「……はい」

『と、とめるくん!? 良かった出てくれたぁ、おうちのベルを鳴らしたんですけど、お返事ないから心配で──』


 誰からの電話かと、画面さえも確認せず。

 適当に取り出して、何も考えずに手に取って通話に応じれば、受話器越しに聞こえてきたのはここ最近毎日と言っていいほど聴いているのに、随分と久しぶりに感じてしまう夕葉(ゆは)先輩の声。


 誘いを断ろうとしたときと同じように、えらく焦燥した、冷静さの見られない安堵。

 どうやら先ほどの呼び鈴の正体は呼び鈴は先輩で、出てこない俺を心配してのものらしい。

 家にいなかったらどうするつもりだったんだろうか。……もしかして、何度か同じ事したこと、あるのかな。


『とめるくん……とめる、くん?』

「……すみません。今日は一人に、してください」

 

 少し驚きつつ、少しの疑問を抱いてしまいながら、合点がいったと納得する。

 だがそれでも、家の中へ招くべく重い腰を上げて、ベッドから降りて扉を開ける気には今はどうしてもなってくれない。


 悪いけど、今は例え先輩が相手でも……いや、先輩だからこそ、会いたいと思えない。

 彼氏としての言葉を選べる自信がない。気丈に振るまい、この落ちきった心を隠せる気がしない。

 何より今彼女の顔を見たら、いつものような甘い励ましを聞いてしまったら、きっと、自分が一層惨めになって、駄目になってしまう。

 浸るも否定するも関係なく、きっと俺が葵夕葉という釣り合いの取れない彼女の隣にあれる、最後の一線を踏み越えてしまう。だからどうしても、今だけは、一人でいたかった。


『……でも、とめるくん、とっても辛そうで、だから──』

「……大丈夫ですよ。ちょっと試験で疲れちゃって、だから、お願いします」

『……わかり、ました。何かあったら、言ってください。わたし、絶対に駆けつけますから』


 恐らく初めてであろう、俺からの

 やがて先輩は、俺と同じくらいに沈み込んだ声で頷いてから、心配の言葉の後に電話を切ってくれる。

 

「……何が彼氏だよ。情けねえな、俺」


 再び暗く、そして静けさの戻った自分の部屋の中。

 画面の暗くなったスマホを投げ捨ててから体を起こし、ベッドの上で体育座りになりながら俯き続ける。

 

 こんなにも心配してくれた、家まで来てくれた先輩を邪険にして。

 そうまでしてやることが一人で塞ぎ込んで、すぐに切り替えればいいことを必要以上に落ち込むばかりとは、情けないことこの上ない。

 

 時田とめる。たまたま時間停止能力を手に入れただけの、三級でしかない探索者。

 それだけでしかない現実が、どうにも全身に鉛のような重たさを背負わせるばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ