そうだよ
結局夕葉先輩の誘惑に負け、推しだった青柳トワの姿を汚してしまってから数日。
途中で家の様子を見に行ったりはしたものの、結局今日までの間ずっとお世話になりっぱなしでついに今年最後の日、大晦日まで来てしまった。
ところで、童貞を卒業して分かったことがある。
それは童貞が思うより、毎日セックスするというのは意外に辛いものがあるということだ。
別にしようと思ったことはそんなにないが、それでもしようと思うのなら、自慰であれば恐らく毎日でもそう苦労することはない。
けれどセックスは一人で行うものではなく、むしろ相手を気遣いながら行うダンスに近い運動。
好きなネタで、好きなタイミングで、好きな頻度でダラダラと出来てそれなりに快感な自慰とは根本から別物であり、思っていたよりも疲労の方が勝ってしまっているというのが本音だ。
まあ思い返せば、夕葉先輩と会う日は大概最後までヤってるからな。
そしてここ最近、あのイブデートからは毎日と言っていい。初めての彼女の興奮も落ち着いてきた中で、まったく同じ頻度というのは少しばかり堪えるのも当然かもしれない。
そして夕葉先輩の精力は俺より強く、何よりちょっとアブノーマルに寄っている。
俺が一回、多くとも二回射精ば満足してしまうのに対し、夕葉先輩は天井知らずと言わんばかりの絶倫で、更にはプレイも最近は少し……いやそれなりに過激になってきて、ちょっと趣向から外れてしまっているのも辛い。
探索者の能力向上は性欲や癖にも作用するのか、それとも単純に夕葉先輩がそうなだけなのか。
いずれにしても、情けないことに、少しついて行けなくなってしまっているのが現状だった。
セックスはコミュニケーションであり、セックスレスが離婚の理由になると。
確か高校生の頃、そんなテレビの内容を鼻で笑ったことがあったはずだが、今となっては初体験以上にそれを痛感せざるを得ない。
出来るだけで幸せと、毎日でも出来るはイコールではない。
過去の自分に聞かせたらぶん殴られるだろうが、そんな現実に気付けない初めてを得る前──隣の芝生を青く思っているだけの頃の方が幸せだったかもと、そう思えてしまう俺がいるのも事実だ。
まあつまり、何が言いたいかといえば毎日搾られて結構疲れているというだけだ。
栄養ドリンクで補っても、何より勃ちが悪いほどに枯れつつある。
何より少し、セックスという行為に飽きてきてしまっている。初めての経験だからと猿同然に盛った反動、マンネリ化というやつなのだろうか。いずれにしても、俺が虚弱なだけでしかない、取るに足らない弱音ってだけだ。
「ふわぁ……」
そんなこんなで、今日も夕葉先輩の家にて。
この国でお馴染みの、正直見ていても歌番組も終わり、今年も残す所あと数分ばかり。
テレビに映る除夜の鐘の映像を流し見しながら、流石に今日はそういう行為をしない空気だと、情けないことに男の俺の方が安堵してしまいながら今年一年を振り返ってみる。
今年はまあ、間違いなく人生で一番ってくらいには激動の年だったな。
二級試験受けてみようって気になれて、ちょっと友達増えて、火村さんとも仲良くなれた気がして、何より今、俺の膝ですうすう寝息立てちゃってる夕葉先輩という可愛い彼女が出来ちゃって。
まさに充実充実、もう一つ飛んで充実の充実三昧。波瀾万丈ではあったものの、それでも間違いなく、こんなにも楽しい一年はなかったと、きっと死ぬ前のベッドの上でも胸を張れちゃうだろうね。
「先輩、夕葉先輩、起きてください。もう年明けますよー?」
「ん、んん……ふぁい……ってあれぇ? ……も、もしかして、寝ちゃってました?」
俺の膝の上に頭を置き、猫のように安らかに眠る夕葉先輩を邪魔するのは忍びなく。
けれど一緒に年を越えたいと言っていた先輩を思い出してしまい、精一杯心を鬼にしながら丁重に肩を揺すると先輩は少し呻いてから飛び起き、恥ずかしかったのか頬を赤く染めてしまう。
ええ、三十分ほど前からそれはもうぐっすりと。
あんまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、ついさっきまでテレビ消してたほどなんです。
それにしても、とっくの昔にあんな所もこんな所も見てしまった仲だというのに、そんな初々しい反応をしてくれるとは本当にお可愛い人で。
「み、見ないでください、恥ずかしいです……」
「ははっ、可愛かったですよ。そしてほら、もうあと一分……あっ」
恥ずかしそうに前に出した手を振ってくる先輩をからかうつもりで微笑みながら、そういえばとテレビへ目を向けてみれば、画面左上の時計は既に零時を回っているのに気付いてしまう。
……どうやらいつの間にか、去年は終わって今年が始まってしまっていたらしい。まったく俺としたことが、イチャついて時間も忘れてしまうとは、すっかり頭桃色ポンチだな。
「……ふふ、ふふふっ。とめるくん、あけましておめでとうございます。どうか今年も、去年よりよろしくお願いします」
「……ええ、こちらこそ。今年もどうぞよろしくお願いします、夕葉先輩」
やらかしたと。
ゴーンゴーンと鳴っている除夜の鐘の音をバックに、実に締まらない空気が数秒続いた後、夕葉先輩が堪えきれないと口を押さえて笑いながら、こちらへ小さく頭を下げてくる。
……ま、こんな緩い始まりも悪くないか。むしろ堅苦しくなくて、いいのかもしれないな。
「ふわぁ……すみません、今日もう眠いんで、お先失礼しますね」
「あ、あの!」
無事に年を越せたし、今日はもう眠いので寝てしまおうかなと。
別に何かやりきったわけでもないが、それでも謎の達成感を抱きながら、寝る前に歯を磨こうと立ち上がろうとしたとき、夕葉先輩が呼び止めてくる。
何だろう。今日はマジで眠いから、流石にセックスは勘弁して欲しいのだが……
「あのその、初詣! 良かったらその、すぐそばなんですけど、ちょっとでいいので……どう、ですか?」
夕葉先輩が、両の人差し指をツンツン合わせながら、上目遣いでしてきたお誘い。
それは俺の下劣な思考が申し訳なくなるほどに、健全としたナイトデートのお誘いであった。
夕葉先輩の誘いを受け、冷たい風吹く冬の夜街に繰り出して向かったのは、先輩の家から近所の大きくも小さくもない神社。
何に御利益があるのかも知らないし、あんまり有名じゃないので都内なのに人も少ないけど真っ暗というわけではない、そんなちょっと風情ある年越しにはうってつけな場所だった。
「ここ、実は縁結びの神様が祀られてるんですよ?」
やはり同じ事を考えていた人はいたのか、それでも流石に皆無ではなく。
少しだけの待ち時間の最中、恋人繋ぎで隣にいる夕葉先輩は、少しドヤ顔を交えて話してくれる。
しかしなるほど、何の御利益があるのかと思っていたが縁か。
縁なんてなんぼあっても損はない。むしろ雁字搦めになったとしても、縁を大事にしていれば最後には救いの手を伸ばしてもらえる……可能性が上がる。断言はしないけど。
ま、オカルトショックのせいで真剣に考察されるようになったとはいえ、神の実在の証明なんてまだされてないから、未だ古の偶像の域でしかない。
そも神社を願えば本気で叶えてもらえる場所と信じている人なんてほとんどいないし、自分の中にある祈りを意志へと変えるための願掛けの場でしかないのだから、いちいち重要視していられないってんだ。
……とはいえ、その信仰や積み重ねを軽視するのもまた違う。
信仰が束になれば、いつかダンジョンのように、本当に神が降臨するかもしれない。
悔しかったらダンジョンみたいに神様の方から顕現してみろってんだ、なんて宗教に唾吐く発言で大炎上した挙げ句殺されてしまった有名人が昔いたくらいだ。結局は自分がどう思っても、他人を否定するなって話だな。……なんで神社一つに、こんな無駄な頭使っちゃってるんだろうか。
そんな余計な思考で時間を潰していると、あっという間に参拝は自分の番へ回ってくる。
賽銭箱に五円玉を放り投げて、それから二礼二拍手一礼。
今年の願掛けは何にしよっかな……ああそうだ、なんか宝くじでも当たってくれないかな。ほれどうしたゴッド、縁結べるんなら叶えてみろよ? おっ、おっ?
……まあ冗談は置いておいて。
どうせ神なんていないんだし、祈った所で気休めにしかならないのだから、せめて試験合格でも祈願しておこうっと。
「とめるくんは何をお願いしました?」
「あー、今年も一年穏やかに過ごせたらとかそんな感じです。夕葉先輩は何を?」
「わたしですか? えへへっ、とめるくんとずっと一緒にいられたらなって、子供っぽいですかね?」
俺が尋ね返すと、夕葉先輩はちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤く染め、にへらと顔を緩めてしまう。
真冬の深夜だというのに、朗らかな陽光のように温かく尊い、そんな眩しさ。
そんな尊さは、自分のことしか考えてなかった俺の心を意図せず、そして容赦なく抉ってくる。
こっちはその場で思いついた邪なる願いを適当に言っただけだというのに、こんなにも健気に想ってくれる人がいるなんて、まるで俺が人類の恥の擬人化みたいじゃないか。
……ちょっと本気で恥ずかしいからやり直ししよっと。
神の御前で今年初のタイムストップ。ダッシュで前まで戻って、慰謝料として今度は五十円を放り投げて、先輩と仲良くいられますようにと願いを変更。はいこれで帳消しおっけい、おけい!?
『面白いから良いと思うよ。少なくとも、我的には愉快だからセーフ』
そう? なら良かった……って、止まった時間の中だってのに何か聞こえた気が……気のせいか。
「あけましておめでとうございます。こちら甘酒ですが、よろしければどうぞ」
ちょっと違和感があるとはいえ、俺しか知らない恥は心の奥底に封印して。
禊は済ませたので、晴れて先輩の手を繋ぎ直して時を戻して歩いていると、白いテントにいた神主らしき恰好の人が甘酒を提供してくれる。
甘酒は中々悪くないが、流石に深夜だし、規模が規模なので巫女さんバイトはいないか。……ちょっと残念だ──。
「……とめるくん?」
ふと邪念が浮かんでしまった途端、名を呼ばれてしまい、ドキリと全身を弾ませてしまう。
きょとんと首を傾げる夕葉先輩は、よく漫画であるような露骨な嫉妬の顔ではなく。
考え事から少し呆けてしまったらしい俺への心配の色が強い、混じり気のない善意の瞳で覗かれてしまい、心の中で自分にビンタをお見舞いしてやる。
いけないいけない。せっかく神に願ったのだから、せめてもっと誠実であらないと。
実は今まで初詣に興味がなく、巫女さん見たことなかったから楽しみだったけど、今は彼女を優先しないとな。うん。
「あ、とめるくん! おみくじと絵馬だって! せっかくだし、一緒に引きましょう!」
そんな俺の邪念など露知らずと。
もう一つ置かれたテントの方を指差した夕葉先輩は、少し強めに俺を引っ張りながら進んでいく。
その手の温もりを感じながら少しだけ、妙に熱の引いた心が、ふと思ってしまう。
神社での願掛けにさえ、隣にいる彼女とのこれからを願えなかった自分が、この手を掴んでいていいのかと。
「……あの、好きなら今度着てあげますね。巫女さんコス」
……バレテーラ。女って時々ダンジョン生物や神様よりも怖く感じてならないよ、マジで。