表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者とある季節の終わり
75/78

ホワイトクリスマスイブ

 十二月二十四日。分厚い灰色の雲に覆われた、今年初めてとされる氷点下一度な大都会。

 そんな今年初めてにして最後かもしれない雪予報に相応しい寒空の下、俺は止まった時間の中を、汗で服がびしょ濡れになるのもお構いなしに必死に走っていた。


「はあっ、はあっ、くそ、やっちまった……!!」


 聖夜前の街には似合わない、誰の音もない、静寂が心地良い街の中を汚していくように。

 走るのに邪魔だったコートを片手に、確実に人のいない線路や屋根の上を選び。

 ひたすらに大きく息を荒らしながら、それでも出てしまう心からの悪態と共に街中を駆けていく。

 

 夕葉(ゆは)先輩との待ち合わせ時間は十五時。たいして現在、止まった時計が示すのは十五時二十分。

 二十分。大体アニメ一本分という長くも短くもない絶妙な時間だが、待ち合わせにとっては十分過ぎるほどの大遅刻。

 それなのに原因は単純で、昨日の疲れが取れなかったので出る前に少し仮眠をと思った所、目覚ましに反応出来ず寝坊してしまったというだけ。


 もちろん既に待ち合わせ相手である夕葉(ゆは)先輩には連絡を入れ、どこから温かい場所で待っていて欲しいとお願いはしたのだが、それでも遅刻したという最低な事実に変わりはない。


 こんなことならポリシーを曲げ、時間を止めてから仮眠すれば良かったと。

 再三やらかさないように心がけておきながらの失態に本気で後悔しながら、既に後の祭りとなってしまった俺に出来る事と言えば、せめて一秒でも早く辿り着くため、時間を止めていようとも全力を尽くすことだけだった。


 そうして何十分、いやそれ以上にどれくらい走ったことか。

 線路からホームへ、ホームから駅中へ、そして駅中から改札越えて待ち合わせ場所へ迷子になりながらもひたすら人を掻き分けて走り、ようやく入り口付近へと到着する。


「つ、着いた……!!」

 

 未だ固まる世界の中、両膝に手を置き、酷く荒れる息と心臓を何とか正常へと整えていく。

 腕の時計の針が未だに進んでいないのを確認して、今日ほど探索者のスペックと時間停止能力に感謝したい日はないと安堵しつつ。

 額から流れる汗は、止まっている世界であろうと関係のない寒さのせいで瞬く間に体を冷やしてくるので何度かハンカチで拭き、落ち着いてきたら念のためにと鞄の中に突っ込んでおいた制汗剤に感謝しなが、ようやく万全のちょっと手前くらいまで身支度を整える。


 遅刻しておいて何だが、もう一日のゴールを迎えたみたいな達成感もあるがすぐに振り払い。

 到着しましたと。

 どこかで待っていてくれているであろう夕葉先輩へとメッセージを送るべく、コートのポケットから取り出して時間停止を解除しようとした瞬間だった。


「夕葉、先輩……?」


 待ち合わせ場所。待ち合わせ場所にしていた、忠猫ミケの銅像の前にその人はいた。

 どこかの店で待っているわけでもなく、両手で口元を覆うように寄せながら、ぽつりと健気に誰かを待っている夕葉先輩。

 今の今まで走っていた俺でさえ、もう少し寒さを感じ始めてきたというのに、手袋もなしで健気に待ち続ける姿は、認識した瞬間にギュッと胸を締め付けられてしまった。


「す、すみません遅くなって……! 寒かったですよね……!」

「あ、とめるくん! わたしは少し遅刻してしまったので大丈夫ですよ。そんなことよりあんまりに急いでしまって、とめるくんに怪我がなくて良かったです」


 急いで時間を動かして声を掛ければ、すぐにこちらに気付いてくれたのか。

 ゆっくりとこちらを向き、安堵の瞳でにへらと微笑んでくれる夕葉先輩の頬は少し赤らんだものであり、明らかに嘘だと察してしまえるほど。


 ……ああ、まただ。また夕葉先輩は、俺が悪いというのに苦言の一つも言ってくれないのか。


「……ど、どうしましたとめるくん? じっと見られると、ちょっと恥ずかしいなって……」

「……いえ、今日は一段と可愛いなって。服もとても似合ってて、つい見惚れちゃいました」

「そ、そうですか? とめるくんはどんなのが好みかなーって考えながら選んだんですけど……気に入ってもらえて良かったです。えへへっ」


 そんな彼女の態度に更なる罪悪感を抱いてしまうが、そんな自分勝手な誤魔化すように。

 ちょうど腹部らへんで両手を組みながら、僅かに顔を逸らしてくる夕葉先輩の恰好を褒めると、彼女は少し身を捩りながら嬉しそうに顔を綻ばせてくれる。


 濃いグレーの、あの部分が装飾された服。

 ネイビー色の、デニムの足下まで届くほど長いスカート。

 そして黒色のベレー帽に、ブラウンのハンドバッグ。艶のある黒い革の、少し丸みを帯びた靴。


 素朴な雰囲気と落ち着きがありながら、けれど確かに愛らしさに溢れている、ファッション雑誌に載っていそうなほどしっくりとくるウィンターファッション。

 まるで防寒よりも誰かのためと言った恰好。夕葉先輩の元々の可愛らしさも相まって周りの視線さえ奪ってしまうそれは、掛けるべき言葉が思いつかなかったほどにグッときてしまう。


「それじゃあ行きましょうか。時間、押してますからね」

 

 そうして手を差し出すと、夕葉先輩は小さく頷いてから握ってくれる。

 いつも以上にひんやりとした、氷のように冷たい手。

 それは先輩を待たせてしまった自分の罪を突きつけられるようで、だから一層、せめて少しでも取り返せればと少し力を強めてしまう。


「んっ」

「あ、すみません。ちょっと力入ってしまって」

「大丈夫ですよ。これでもわたし、二級探索者なので。むしろ……えいっ」


 耳を擽るような小さな呻きにすぐに謝罪するが、夕葉先輩はむしろ嬉しそうに手を絡めてくる。

 可愛らしい愛の訴えのように優しく。けれど同時に逃がさないと、蛇が如き執着とも錯覚するくらいがっしりと。

 そんな強い想いは一月前、恋人となったあの日からずっと変わることはなく。

 けれどそんな気持ちに、俺は同じくらいの強く握り返すことが、どうしても出来なかった。


「そのコート、とめるくんも着てくれているんですね。とってもお似合いで、かっこいいです」

「……当然ですよ。先輩に買ってもらった、うちで一番立派な防寒具ですから」


 目的地である映画館へと歩く最中、夕葉先輩がふと、嬉しそうに笑みを浮かべてくれる。

 そんな彼女の楽しそうな表情に、俺は曖昧に笑みを返してしまいながら、必死で取り繕うことばかり。


 お気に入りなのは嘘ではない。うちで一番立派だし、ビシッと決まっているのも事実。

 けれどコートだけじゃなく、このショルダーバッグも、今腕に付けている時計だって先輩が買ってくれたもの。

 とめるくんに似合いそうだからと、まるでコンビニで買ったスイーツをくれるかのような気軽さで、俺個人じゃ買うことさえ考慮しないほど高価な物をポンポン与えてくれた物。──つまり、俺が俺のために買った、俺が誇れる物ではないのだ。


「……そういえば、本当に良かったんですか? イブの配信、前々から予定されていたのに」

「はい。だって今日、とってもとーっても楽しみだったんです! 付き合ってから初めてのクリスマス!」


 イブですけどね、と。

 再び気持ちを誤魔化すように変えた話題。今日デートすると決まってから、ずっと気になっていたけどわざわざ聞く意味のない質問を、思わずしてしまうが先輩は満面の笑みを浮かべ、そう付け加えて答えるのみ。


 クリスマスイブは配信をして、みんなで楽しく祝おうと。

 夕葉先輩もとい青柳(あおやぎ)トワは配信中に前々から言っていて、だから俺もクリスマスデートなんてことが出来ないんだろうなと残念に思っていたというのに、今日こうして一緒に歩いてしまっている。


 今日のデートを提案したのは我慢しきれなくなった俺ではなく、夕葉先輩の方。

 夕葉先輩が配信よりも俺を優先してくれる。一番大事な物として、求めてくれている。


 その想いに、行動に嘘がないのは分かる。先輩が心から今日を楽しんでいるのは、流石の俺だって理解してしまえる。

 けれども、だからこそ俺は怖い。

 俺なんかのせいで、あんなに自分の夢と憧れに熱心だった夕葉先輩が、何か根本から変わってしまうのではないかと。

 

 冬のせいか、それとも時の経過のせいか。

 初めての恋という熱から覚め、コートと時計を貰った辺りからようやく抱いてしまえた悩みは、こんな日のデートにはふさわしくないほど酷く醜いもの。

 

 不満の一つもあげず。何から何まで貰ってばかり。そのくせ先輩の大事なものより優先される。

 俺は果たして、この夕葉先輩の愛情と献身に報いることが出来ているのか。

 何もかも釣り合いの取れていない、施されて奪うだけの俺は、彼氏と呼べる存在なのだろうか。

次回から投稿ペースが戻ります。

もしよろしければ感想や評価、ブックマーク等してくださるとモチベーション向上に繋がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 >自分は彼氏に相応しいんやろか? 自分は青春時代彼女が居なかったので気持ちを共有することは出来ないですが……少なくとも相手に『好きになれる魅力的なとこ』がなければ、美人局とか詐欺…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ