いつまでも続けばと
十一月も後半、ダンジョンの死神による殺人配信事件も終結してそこそこ。
世間というのは残酷なほど正直なもので、一度詳細まで放送されてしまえば興味関心はどこへやら。
あれほど騒いだというのにすっかりと過去の話題となり、本格的な冬への突入とクリスマスだ今年一年振り返りだのと言った話題がニュースを占めるばかり。
とはいえもちろん、探索者への認識に決して小さくない爪痕は残したけれど。
未だソロ探索は制限されたままなれど、それでもダンジョンも探索者も、以前と大差ない平常を取り戻しつつあった。
「うわぁ、すごい、すごいですね……!」
やっていることは高校の文化祭とそう変わらないくせに、規模もクオリティも一味違う。
人、人、人。店、店、店。催し、催し、更に催しとだだっ広い大学敷地内にてんこ盛りな様は実に迫力満点ではある。
俺としては既に人混みで結構参ってしまっているが、先輩が楽しそうなので別にいいかなって、そんな気分だ。
学祭自体は去年に経験済みだが、それはそれでこれはこれ。
そもそも去年は店側の準備から接客までその全てが忙しすぎたり、非常に鮮烈で苦い思い出が全部持っていってしまったからね。細かい部分が水で薄まった絵の具ぐらいには不確かなんだ。
よって純粋に客側として参加し、焦ることなく外野から見られる今年は、実質初めての参加と言っていい。
本当ならば学祭期間は大学も休みなのでゴロゴロしていたかったが、ここのところ毎日一緒にいる夕葉先輩が行ってみたいというのでこうしておデートすることになったわけだ。
学祭デート……うーんいいね、ある種大学生の定番と言えばその通り。
ひとしきり楽しんで、大学を出てから感想を言い合いながら夕食を一緒に取り、その後は……むふふ、まあ体力次第だが、ともかく楽しいのだけは間違いない。
学祭など一つの店でも結構な額を出さないと食い物を得られないお祭り価格だが、そこは心配なかれ。
今の俺は夕葉先輩に全頼りする情けない、情けない養われ系彼氏ではなぁい!
だって俺のお財布は今、ダンジョン庁からの報酬で満たされてまくっている! ワンコだって飼えちゃうお金の前では、学祭の支払い程度安いもんってわけよ!
正直自分から関わった形だったし、何かそういうのなさそうだったので微塵も期待していなかったのだが。
後日、口座にダンジョン庁名義で結構な額の入金がされており、急すぎて怖かったオデ八代さんに電話してみたら合法だと教えてくれたので、懐が今年一番のほっかほか状態というわけだ。
いやーうへへっ、こんなにもらっちゃって悪いですなぁ。うへへへっ。
俺なんてただあの変態男の娘の付き添いで歩いていただけなのに、三ヶ月はダンジョン潜らなくたって家賃も払えちゃうんだから、剣だの何だのを整えたとしても極貧パスタ生活からはおさらばってもの。うえへ、うへへへっ……おっと涎が、失礼。
まあ恐らくだが、今回の件の口止めも含まれた報酬ではあるのだろう。
如何に誓約書で契約を交わそうと、所詮は探索者などごろつき一歩手前の個人事業主。
自分から関わってきたくせに、巻き揉まれて苦労したのに報酬なしだとどこにリークし出すか分かったもんじゃないし、適度に甘い蜜を与えて制御するのが一番ってある種の信頼によるもの。実際その通りなので、むしろ探索者をよく分かっていると言えよう。よっ、流石はダンジョン庁。ヒューヒュー。
「そういえば先輩、急に来たいだなんて見たいものでもあったんですか?」
「じ、実はですね? なんと午後にわたしの好きなダンジョン配信者さんが、この大学のOGである声優さんとのトークショーがあって、何とチケットが取れたんです! だ、だから一緒にどうかなーって……えへへっ」
恋人繋ぎで離れないように歩きつつ、そういえばと思ったので尋ねてみる。
すると夕葉先輩は顔赤く染め、ちょっとだけ照れくさそうにしながら話してくれた。
なるほど、トークショーね。
確かに外部の客を呼ぶためにそういうのやってたりするし、学祭自体に興味のない学生でも、参加したいと思うのは道理ではある。
しかしそうなると懸念が一つ。そういうトークショーって興味ないと本当につまらないのだが、果たして俺は面白いと共感出来るのだろうか。
「へえ、ちなみに誰なんです?」
「えっと、虚空こおりさんと、笹原りこさんという人です。ほらあの、神滅の剣に出てくるナナミって女の子キャラの声をやっている人なんですけど……」
「あー、かみめつのナナミ。ピンク髪で明るい感じの子ですよね。人気投票で一位だったとか、そんなのどっかで見た気がします」
ああ、あの駄菓子屋マウント系オタクの、北海道ダンジョンをメインにしているダンジョン配信者。
ちょっと前にダンジョンペンギンの特殊個体と死闘を繰り広げていたよな。前にちろっと配信を覗いてみたんだけど、登録者数の割に中々内輪ノリが強くて俺には合わなかった記憶がある。
声優については、そっち方面の知識があんまりないから誰か分からないけど、そのキャラは知ってるから何となく理解出来る。そんな程度の知識なんで、本当に先輩に申し訳ないです。
「……ちなみになんですけど、とめるくんは、ピンク髪とか好きだったりします?」
「あー、どうなんでしょうね。でも先輩なら、どんな髪色も似合いそうですよね。」
そうなんだと、夕葉先輩は俺の返事を聞いた後、何かを納得したみたいに小さく頷きをみせる。
我ながら無難に答えたと思うけれど、何かまずいことを言ってしまっただろうか。
まあそんなちょっと心のささくれになりそうな問答はあったが、悩んだって解決なんてせず。
何事もなかったかのように、トークショーまでの時間を学内を巡って潰していく。
『リア充にはホラー度よんべえだぁ……!!』
「わひゃあ!」
何か無駄にクオリティの高いお化け屋敷では、恥ずかしながら俺が声を上げてしまったり。
「……見えました。相性四十六%、示す暗示は黒。そう遠くない未来、必ずや壁に当たるでしょう。遠慮と甘えは表裏一体ですよ。お気を付けて」
五割当たると評判の、えらく雰囲気のある占い屋では、そういう類の魔法でも使っているのかってくらいに演出抜群の水晶玉占いなのに結果が微妙でちょっと萎えたり。
「あ、とめるじゃん……って、ういい!? 葵ちゃんじゃない? なんで……まさかとめる、お前俺を裏切ったの……?」
似顔絵を描いてくれるらしい漫画家サークルのブースにて。
何故か怪獣の顔だけ出るタイプの着ぐるみを着た叶先輩に見つかり、恋人繋ぎな俺達を見て勝手に打ちひしがれたりと、まあ色々。
何だかんだ楽しみながら巡っていると、すっかり時間も良い感じにイベント手前な頃合いに。
一休みがてら昼食を挟み、それからトークショーに行けばちょうど良い感じだろうと思いながら歩いていると、どこからか香ばしいソースの匂いが鼻を擽ってくる。
もう冬だってのに焼きそばとは季節感もくそもないよな。
にしてもすごい。冬の恰好だとソースの匂い付くのを疎まれそうだと言うのに、ああも繁盛しているとはな。
「良い匂い、焼きそばかぁ。そういえばどっかのサークルの焼きそばがすごい美味しいって去年も繁盛してたっけかな」
「そうなんですか? ならせっかくですし、ちょうどお腹も……ううっ」
夕葉先輩もちょうどお昼ご飯時だったのか、くうぅとお腹の鳴る音が耳に届いてしまう。
恥ずかしそうに両手で顔を隠す先輩につい顔が緩んでしまいながら、あの焼きそば屋で食べようと並んでみる。
「いらっしゃいま……なんだ、とめるか。今日顔を見るとは思ってなかったぞ? 注文は?」
「あ、焼きそば二つで……え、坂又部長!?」
五分ほど並んだ後、ようやく俺達の番となったので注文してみれば、何故か俺の名が呼ばれたので顔を上げてみる。
するとそこには見慣れた顔。鋭い目を隠す下のみの白縁の眼鏡がトレードマークの男、坂又部長が華麗な手捌きで鉄板の上の食材達を調理しているではないか。
「休日を謳歌していた方が利口だろうに、わざわざ学祭まで足を運ぶとは物好きな……ああ、女連れ。そうかそうか、そういうことか」
「えっと、部長? どうして屋台に?」
「ヘルプだヘルプ。在学中の借りは卒業までに返しておきたいと考えていた所で、人手が足りないと泣きつかれてな。こうしてヘラを振るってるというわけだ」
華麗な手つきで割った卵を鉄板に落とし、アクロバティックにソースを掛けていく部長。
……叶先輩もそうだが、この人達交友関係どうなってんだろうな。
にしても鉄板で焼きそばまで作れるとは、出会った頃から思っていたが本当に多芸な人だな。ダン考所属として、俺も何かしら強みがあった方がいいのだろうか。
「そら持ってけ。成立祝いにはちと品に欠けるが、味は悪くないと自負しているぞ」
「え、でもお代は」
「祝いだと言っているだろう? そら、こんな所で油を売ってるなよ。大事な彼女にソースの匂いが移ってしまうぞ?」
まだ少ししか経ってないというのに、部長はまるで本業みたいなあっという間に焼きそばを完成させ、こちらへパックを差し出してくる。
流石に悪いとお金を出そうとしたが、部長はくどいと言わんばかりに退けと払う仕草をしてくるので、お礼だけ言って屋台から離れていく。
自販機でお茶を買ってから、近場のベンチで焼きそばと食べることになる。
ほかほかで熱々、ソースが麺にムラなく絡み合い、わざわざ百円プラスの目玉焼き付きの特別盛り。
まさにある種の芸術。或いは夏祭りで人が求める答えの一つ、それが目の前にはあった。
「お、美味しい……!! こんなに美味しい焼きそば、初めて食べました……!!」
割り箸を割り、いただきますと、いざとばかりに食べ始めた夕葉先輩。
口元に手を当てて驚きを露わにする姿を見て俺もと、なるべく啜らないように食べてみると、あまりの美味しさに目が大きく開いてしまう。
もちもちの麺に、熱が通りながらもシャキシャキとしたキャベツ。
そして何よりこの焼きそばの基盤、麺と絡み合う圧倒的ソースの深みが抜群で次の一口を助長させてくる。おまけに半熟の目玉焼きが割れ、黄身と焼きそばが混ざっても互いを活かしあう調和ぷりは恐ろしささえ感じてしまうほど。
イベントと屋台飯というライブ感も加味されているのだろうが、それにしたって非常に美味い。
これだけの味であれば、冗談抜きで学外でも通用するだろうな。部長がすごいのか出店のサークルがすごいのか、それ自体は一生の謎になりそうだ。
「ごちそうさまでした。屋台のお料理を食べるの初めてだったんですけど、こんなに美味しいとは想像してなかったです……!!」
流石にこのレベルのは中々お目にかかれるものじゃないと。
そんなことを思ってしまうが、本当に感激している先輩の水を差すこともないだろうと、ペットボトルの緑茶で口濯ぎついでに喉を潤していく。
「……楽しいです。大学って、こんなに楽しい所だったんですね。初めて知りました」
ふと、食べ終わった夕葉先輩が、正面の人の行き交いを眺めながらぽつりと零してくる。
「わたしにとって大学は勉強をするだけだった場所。……変わったのはあなたと、とめるくんとお話しするようになったから。毎日が楽しくて、色鮮やかで、キラキラしていて、明日には覚めてしまう夢じゃないかと思えてしまうくらい。わたし、幸せなんです」
「……俺もです。先輩と出会ってから、大学が一層楽しくなりました」
瞳を潤わせ、今という一瞬を必死に噛みしめるように、一つずつ言葉を出してくる夕葉先輩。
そんな彼女に、俺はただ頷くほかなく、けれど自分もだと確かに意志を持って言葉を返す。
別に今までが楽しくなかった、なんて言うつもりはないけれど。
それでも確かに何かが変わったのは事実。
三色しかなかったパレットの上に生まれるはずのない色が生まれたみたいな、そんな感じ。
ほのかに欲しいと思いつつも、手に入れることはないだろうなと諦めていた色。俺にとって夕葉先輩との日々は、そんな例えようもない尊い色なのだから。
「……ごめんなさい。歯磨きしてないのに、したくなっちゃいました」
「……大丈夫ですよ。焼きそば味、一緒ですから」
半ば不意に唇を奪ってきた夕葉先輩は、へにゃりと本当に嬉しそうに笑ってみせてくる。
そんな何よりも愛おしい彼女に、今度は自分から、彼女と同じように触れるだけの優しいキスを返してしまう。
今この瞬間、周囲の喧騒も、視線だって気にならない。
自分達の世界。バカップルだと誹られようが、誇らしいとされ思えてしまいそうな熱の中。
──来年もその先も、そのまた先のずっと先も。
こうして手を繋いでいられれば良いと、この愛おしい人と笑い合っていたいと願うばかりだ。
読んでくださった方、ありがとうございます。
今話にて四章は終わりです。次回は番外的な話を投稿してから、五章に移りたいと思います。あー、ついに来ちゃったな五章。
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