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何にもわからずともゴリ押せる力

 東京ダンジョン、二十三階層。

 三級の仕事場である上層とは違い、緑青色の石壁が特徴となる中層。

 上層に比べて少しばかり肌寒いと感じる気温の場所にて、地上からの閉鎖の解かれていない今、誰もいないはずのダンジョンに二人の姿があった。


『ごきげんよう! ええ、ごきげんようごきげんよう! どうもお久しぶり、いやいや、多くの者が初めましてならば、ここは初めましてというべきでしょうか!』


 紡がれる言葉の一つ一つ、一呼吸さえもが機械を通した不安定な電子音。

 そしてくるりくるりと、脚立に置かれたカメラの前で、愉快そうに回転しながら話す正体不明の人。今世間を騒がせる猟奇殺人犯、ダンジョンの死神その人であった。


 以前の放送以降、即刻BANされてしまったチャンネルとは違うチャンネル。そしてまだ枠を開いて三分程度、運営が消す理由さえ見られない挨拶の段階。

 だというのに、視聴者以前の最高値である二十の倍以上。

 どこからどうやって広がったのかは定かではないが、それでも以前とは歴然の差。まるで視聴者を買ってるみたいな歪極まりない上昇の仕方は、その名を騙る者への注目が故か。

 

 そしてもう一人、そんな気取りに気取った配信者の奥。

 以前と同じ現場。麻縄にて柱に括り付けられているのは、服の至る所に傷を付けた金髪の探索者。

 「第二回、ダンジョンの死神がパフォーマンスショー ~今度の犠牲者は金髪美少女~」などというふざけたタイトルが示すとおりに金髪な彼女は、絶望からか声の一つさえ発することなく俯くばかりだった。

 

『改めまして自己紹介をば。私はダンジョンの死神。ダンジョンの代弁者、死も生もばらまく気まぐれな神。ええ、どうぞお見知りおきを』


 語る、語る、ひたすらに語るダンジョンの死神。

 既に意識はないのか、抵抗さえなく顔を上げることもない金髪の女性の頬を触れたり、顎を持ち上げ顔を晒させたりしながら。

 以前の被害者よりも観察するように触れ、機械音さえも貫くほどの興奮を声に乗せながら。


『さてさて、ダンジョン庁の体質は犠牲者を出しても変わりはしませんでした。嘆かわしい、実に、実に愚かなほどに嘆かざるを得ない! ええ、ならば再び天誅、愚かにも一人彷徨っていたダンジョン庁の止みの一端。魂を捧げた探索者の恥の命という小さき悲劇にて、哀れな人々を夢想から目覚めさせ──』


 けれどそれはいつまでも続くことはなく。

 ダンジョンの死神を名乗り、今にも罪もない金髪の女性を手に掛けようとした猟奇殺人鬼。

 そんな彼の独りよがりな演説は突如として途切れ、多くの者が固唾を呑んで見守っていた配信は、まるで誰かの意志とばかりにブツリと終了してしまったのは。






 先ほどまで金髪ちゃんを縛っていた縄で偽死神の両手両足を縄でそれはもうきつく縛ってから、あわや犠牲になりかけていた金髪ちゃんを気合いで安全圏である表層へと移動させる。


 お姫様みたいなふわふわな金髪をした、腰に短剣を二本装備した軽装の金髪ちゃん。

 この金髪ちゃんが何者なのか、どうして封鎖の解かれていないダンジョン内にいたのかは知らないが、まあ素人でもないのだろうと勝手に信用しつつ。

 かくしてこの二十三層にいる人間を俺とこの偽死神だけにし、黒い外套も白黒仮面も剥ぎ取ってから、ついでにちょうど配信している無駄に高そうなカメラもぶっ壊しておけば準備は完了だ。


 ふー、間に合った間に合った。

 途中で準備に手間取ったり場所分からなくなったりでちょろちょろ時間停止を解く必要があったから、間に合わないんじゃって懸念もあったが結構余裕あって良かったよ。


 しかし久しぶりだな。中層に挑んで返り討ちに遭ったのも、もう随分と昔の話だ。

 あのときは調子に乗ってもうちょい下まで降りた故に理解(わか)らされたが、この辺りであれば環境も上層とそう変わりなく、遭遇するダンジョン生物が強いだけだから問題ない……ないよね?


 ……さて、感傷に浸るのはここまでにしておこう。

 今日の本番はこれから。散々やりたい放題してくれた偽死神に天誅を下すのはこれからだ。


 持ってきた黒のゴム手袋を付け、奪った外套で身を包み、変声機付きらしいダサい白黒仮面を被って……くっさ、なにこれ臭すぎやろ。

 まるで汗掻いたくせに数日洗濯しなかった服みたいな臭いに、自前で用意すれば良かったわと後悔しながら頑張って被り、準備は出来たと指を鳴らして時間停止を解除する。


「──なるのですって、な、え、どういうこと……!?」


 それにしても、まさか自称ダンジョンの死神が女で、真面目そうな感じの人だったとはな。

 どういえばこの顔どっかで……まあいっか、知り合いじゃないならどうでもいいか。

 

『お痛が過ぎたな。せめてその名を使っていなければ、俺が出てくることなどなかったというのに』


 無様に地面を転がりながら、変声機も兼ねていた仮面が外れ、ありのままで困惑を声に変える犯人。

 必死に拘束を解こうとしている黒髪の、日本にならどこにでもいそうな女性。

 そんな抱いていた犯人像とまるで違う、ダンジョンの死神なんて名乗って悪評だけ押しつけようとしてきた酔狂者に見せつけるように、わざわざコツコツと靴音を立て、響くように拍手をしながら登場してやる。


「な、何者……それ、私の仮面……!?」

『ダンジョンの死神と、そう言えば伝わるかな。隠し芸で死神を名乗った、愚かな人間よ』


 先ほどまでの彼女と同じように、これ以上ないくらい芝居がかった態度。

 そして時を止めて耳元に寄り、少し囁いてから正面へと戻り、気障ったらしく頭を下げてみる。


 驚愕し、恐怖で目を染めながらも、もぞもとと逃れようと足掻く偽死神。

 大丈夫だと思って高を括っていたというのに、結構な強度があるはずの縄がミシミシ悲鳴を上げながら引き千切られそうだったので、慌てて時間を止めて持っていた剣で相手の腕を突き刺してしまう。


 刺さなければ()られていた。直感だが、それでもどこか確信を持ててしまう。

 どうやってとか、どうしてだとか関係ない。

 擬態(ミミクリー)スライムが討伐されたあの日、ナナシが見せつけてきた圧倒的強さの片鱗を、目の前の女から確かに感じてしまった。


 どこの誰かは知らないが、これだから高位の探索者は人間離れしていて嫌になる。

 なんで平気で動けるんだ。刺すなんて論外で、ささくれ剝がすだけでもすごく痛いんだぞ?

 ……そして人を刺すってのはこんなにも不快なことなんだな。殺人とか無理だし、当分は夢に出てくるだろうな、これ。


「ぐ、ぎいやあぁぁ!!!」

『よく叫ぶ。──嗚呼、それとも道化に甘んじれば、死神の目を誤魔化せると思ったか?』


 ため息を吐いた直後、背後から音もなく迫っていた人の三倍はあろうサイズの人形は、いともたやすくバラバラに崩れ落ちていく。

 

 ……ふう、一応感覚の一秒ごとに時間を止めたり動かしたりしておいて正解だったな。

 過剰に叫んでいたのは、人形が近寄る際にどうしても微かに生じてしまう気配を誤魔化すため。……そうだとしたらこの女、俺よりもずっと強かで頭の回るやつだ。

 

 しかしこんなに短期間で切り替え続けたら、いい加減世界に何らかの影響出ちゃいそう……今更過ぎるし、そういうのは考えないようにしよう、うん。


「がああ……な、う、うそでしょ……。私の人形が、こんな一瞬で……?」

『猿芝居が露骨だったからな。しかしなるほど、さしずめ人形を操る魔法(マジック)というわけか。……ああ、もしかしてそういうことか。実にくだらないが、猿芝居は言い過ぎたか』


 この高校時代のテストの最高順位が六十三位だった時田とめるの灰色の脳細胞が導いた結論は至って単純。

 最初の殺人事件の犠牲者は人形で、綺麗にバラバラになったのはただこの人の指示で自切したってだけ。本当に人が死にそうになったのはこれが初めて、多分そういうことだろう。


 被害者が人形であれば、血だの何だのはいくらだって装備させればいいだけ。

 あとは本人が道化を演じて注目を引き、タイミングを見計らえばあら不思議。不思議な力で急にバラバラになった人間の完成というわけだ。……声に出さないから、違ってもセーフで。


 しかしどうしよう。なんかネタに察しが付いた途端、目の前の犯罪者が急に陳腐に見えて仕方ない。

 こちとらどんな手で反撃されるか、それこそストレスで髪の毛抜けそうなくらい警戒していたのってのに拍子抜けが過ぎる。……ま、時間停止も完全じゃないし、何事もなく終わってくれるなら万々歳だけどさ。


「な、何故今になって姿を現わしたの! よりにもよって、ようやく私が、私が昔からの夢を叶えようとしていたその瞬間にっ……!!」

『何故、どうしてと言われてもな。死神に目を付けられるに足ることをした、それで十分だろ?』


 俺の目の届く範囲でダンジョンの死神なんて語ったからこうなった。

 俺の手の届く範囲でアホなことやり出すから、こうして出張らざるを得なかった。

 俺の収入を脅かす真似をしなければ、俺の彼女を巻き込まなければ、わざわざこうはしなかった。


 どんな背景があったのか、どこまで人を殺す瞬間を切望していたのか、そんなのはどうだっていい。

 この場にいる俺が事件を終わらせて、お前という現行犯が次に目を覚ますときには牢の中。

 それだけで十分。もう終わる事件の詳細なんて、それ以上知る必要なんてない。俺はただ火の粉を払いに来ただけで、寄り添うためにここまで足を運んだわけではないのだ。

 

『動機も経緯も興味はない。それでもこの名は返してもらうぞ。生憎一度も名乗ったことはないが、ダンジョンの死神なんて存在はこの世に二人もいらないんだよ』

「く、こんな所でぇ……、私はぁ……!!」


 激昂から力を発揮したのか、叫びながら縄を引き千切り、飛びかかってくる犯人。

 バラバラにしてやったはずの人形も再構成され、元の人型となって背後から迫ってくるのを、止まった時の中で認識する。


 意識から外れた存在の復活、そして破れないと思わせていた拘束を解いての挟み撃ち。

 なるほど、確かに有効打だ。あの縄を引き千切れたり、片腕を刺されているのに平然と動ける時点で格上なのは間違いないだろうし、普通にやったら間違いなく人形一人にさえ勝てないだろうな。


 ──それでも、だからどうしたという話。

 戦闘開始の分かりやすい対人戦にて時間停止は最強。その自負は、今回だって覆ることはない。


 止まった時間の中で、今度こそ復活出来ないように人形を粉々にしてやり。

 物陰に隠していた、念のために持ってきていた縄で拘束し直してから、再び時の流れを戻す。それでこの戦いはおしまいだ。


「な、んでッ……」

『ダンジョンの死神は人を殺さない。これに懲りたら、大人しく法の裁きを受けるんだな』

 

 そこにいたはずの獲物を見失い、自由になったばかりの手足は再び縄で縛られて。

 地に伏せながら戸惑う犯人の背に乗りながら、降伏を促してみるが無駄。


 恐怖で顔を満たしながら、それでもがむしゃらに上に乗っていた俺を撥ね除けた犯人の彼女は、ぴょんぴょんと跳ねる芋虫のようにダンジョンの奥へと逃げていく。 


 ……はあっ、逃げたって何の意味もないのに。しょうがない、嫌だが今度は足でも刺して──。


『はっ?』


 懸命に逃げようとしている犯人に、今度こそ引導を渡そうと時を止めようとした瞬間だった。


 まるで逃げゆく彼女を待っていたかのように、緑の塊が横から飛び出して覆い被さってしまう。

 ゲルとジェルの中間、人一人分はあろう緑の塊。見覚えのある、もういないはずのダンジョン生物。


 ……なーんで核壊れたってのにまだ生きてんのあのスライム。

 そしてこのままじゃ、せっかく捕まえた犯人食べられちゃいそうなんだけど……面倒だなぁ。

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