発見
ダンジョンの上層に隠れる、人を喰らい化ける擬態スライム。
ダンジョンの中層に現れた、ダンジョンの死神を俺の許可なく名乗る猟奇殺人鬼。
それらの捜索を始め、早三日。
大学返上で変わらず閉鎖されているダンジョンに潜って捜索したものの、健闘虚しくこれといった進展はなく、ただただ時間を浪費しているだけだった。
『大丈夫か? 風邪とかなら何か持っていこうか?』
ご連絡をくださったのは、悲しい哉破局の末路を辿った叶先輩とは違い、夏から変わらずカップル生活満喫中と言えよう真のリア充こと篝崎君。
面倒な裏側なんて知らずに、平穏に日常を送れるというのはこうも幸せなんだろなと。
青すぎる隣の芝生を少しだけ羨ましく思いつつ、「平気、ちょっとバイトしてるだけ」とメッセージを返してから、再び目の前の殺風景なダンジョンの景色に向かい合うために顔を上げる。
……にしてもだ。はっきりと言いたいが、流石にもう飽きた。
たった三日とはいえ、毎日毎日ずっと同じ階層同じ場所をグルグルグルグルと歩くの、いい加減嫌気が差してくる。
先輩や八代さん曰く、中層は普通にダンジョン生物が出るらしいので本当に暇なのは俺達だけ。
終わりのない苦行をいつまでもいつまでも繰り返す、それがどれほどの苦痛であろうことか。
如何に金に困っていても、体や気持ちを考えて必ず休日を儲けるのが探索者の鉄則。
目的ありきで励むならともかく、お先真っ暗実質強制のような状況で潜らされると、如何に探索者適性が高い人間であっても消耗して気が滅入るのは当然だろう。
こういう気持ちの管理も二級以上の、数日滞在が基本となる探索者には必須なんだよな。
二級試験に合格してから養っていけばいいと高を括っていたが、随分と甘い見通しだったと思い知らされてばかりの数日だ。
俺は彼女がいるから耐えられるが、過去の俺では耐えられなかっただろう。人間強度が下がったのか上がったのか、その答えは神のみぞ知るというやつだ。
それにしても、きっと俺、単純作業の工場勤務とか出来ない性格なんだろうな。探索者って職があって良かったわ、まじで。
「うーん。相変わらずの進展皆無だし、時田君もへにゃってるから一休みするべきっすかねえ」
そんな協力しているだけで滅入ってる俺とは違い、流石は特別二級に連なる者と、変わらずの調子で同行しているナナシからそう提案される。
介護させて申し訳ないと切に思ってしまう。
きっと彼女……いや彼一人なら、もっと効率よく進められているんだろうな。特別二級ってすごいや。
「お、お弁当っすか? いいっすねぇ、愛妻って感じに愛こもってるのが一目瞭然っす。憎いっすねぇ」
「……あげないですよ?」
「そりゃ残念。まあうちはうちでお弁当あるんで……ほら見て、中々の女子力でしょう?」
適当な場所で昼食を取ることになり、何故か俺のすぐ隣に座ったナナシがいつの間にか手に持っていたのは、なんと無骨な黒色のお弁当箱。
その蓋を開けばあらまあ見事な桃色鼠……いやキャラ弁ってお前、そんなナリしとっけど男やろお前。
まあでも、今や料理できるのは女の特権というわけでもなし。男女合わせても自分のためにキャラ弁作るやつは稀だろうけど、作れるのは何もおかしくはないか。
「……すみません。俺が足引っ張っちゃってますよね」
「いいっすよ。多少の効率より暇を潰せるか、調査ってのは如何に心を衰弱させないかが肝っす。ぶっちゃけ本命との戦闘もうち一人で事足りるでしょうし、賑やかし要因としては悪くないっす」
というか事足りなかったら君もおしまいですけどね、と。
笑っていいのか分からない程度のブラックジョークを挟みながら、まるでカップルが夜の公園のベンチで雑談しているみたいに、お弁当に箸を入れていく。
きっとというか間違いなく、今の言葉に嘘はない。
特別二級。二級であって二級でない、ダンジョン庁が秘密裏というリスクを抱えてまで手に収める特別な手駒達。
確証はないがその強さは一級に匹敵する。いい意味でも悪い意味でも端から三級なんぞを戦力として数えていない、恐らくは八代さんだって同じなのだろう。
ま、多少なけなしのプライドが傷つくが、少し冷静になればそれは当たり前のこと。
偶然関わってしまった外様の三級如きの手が必要とか言い出すのなら、いよいよ裏の秘密機関もメンツが立たないというもの。探索者を裏から支える秘密探索者だというのなら、せめてそれくらいは自負してもらわなきゃこっちが困るわ。
さ、そんな当たり前のことに気落ちするのは終わりにしてお弁当お弁当。
ほら見たまえ、夕葉先輩が作ってくれた彩り豊かなお弁当が目のまでこんなにも輝いている。この肉じゃがなど、まるで「食べて」と俺を呼んでいるかのようじゃないか、はむっ。あー美味しい。
「……でーも? そんなに殊勝な気持ちがあるなら一つ恩返し欲しいっすね。というわけでそのじゃがもらい! はむっ!」
「あ、あー! な、なんてことするんですか!? ならその唐揚げもらいますよーだ!」
……途中から、互いの弁当箱を死守しながら突き合う陣取りならぬおかず取り合い合戦になったがそれはそれ。
結局俺は肉じゃがの肉とじゃが、それと卵焼きを一つ失ったが、何だかんだ張り詰めていた空気は弛緩し、ちょっとだけ気持ちをリセット出来たわけので結果としては良しとしておこう。
そんなわけで昼食を終え、探索再開したわけだが。
意気込みだけで解決するならとうに終わっているわけで、やっぱり進展なんてないまま時間は過ぎていき、今日何度目かも分からないスマホチェックでついに午後の五時を越えたのを視認してしまう。
「うーん、やっぱりこの分だと今日もボウズに終わりそうっす。いーやまいった、どうするっすかねぇ」
言葉とは裏腹に、思っているのか分からないくらいには適当に愚痴をこぼすナナシ。
まあでも外の状況を鑑みれば、態度通りの余裕はなく、社会人として表に出さないだけなのだろう。
『ダンジョン庁、未だ声明出さず。死神の語るダンジョン庁の闇、その深さは深層にも負けずか?』
先日見かけた記事の煽り目的なタイトルのまま、記者も愚民も金を稼げない探索者も。
説明を求めるみんながみんな、流石に静観も限界と。
調査中というダンジョン庁の対応の遅さに痺れを切らし、勝手な憶測が疑惑と不信を膨れあがらせている。
何せこの騒動の大元は、偽死神のせいで起きたダンジョン閉鎖よりも前──擬態スライム出現によって生じた進入制限から。
人を喰らい化ける特殊なスライムを秘匿していたからこそ、今回の封鎖の原因である偽死神を認識していたのではと、更に拍車を掛ける始末だ。
現にネットの場末も場末、掲示板やまとめサイトなんか見るに堪えない惨状となっている。
ただでさえ人間の汚物のような人間達が集まり、日頃の鬱憤を晴らすかのように暴論を正論のように語るのだから、あんなにも醜いと思える場所はヘドロの溜まり場にだってないだろう。
とまあ、そんなわけで一週間を前にして限界寸前、もしかしなくともアウトとなっている。
だからこんなにものほほんと成果なしで終わってる場合じゃないのだが、まあどうしようもないものはどうしようもない。
俺としては大人しく秘密裏に処理するのを諦めて、大人しく公表して総力を上げるべきだと思うのだが、俺なんぞよりずっと頭の良い人達がそれは駄目だと思っているのなら仕方ないと受け入れるしかない。世知辛いね。
「……今日、泊まりでも──」
「しっ、静かに。今諸々を消してるっすから、なるべく静かにお願いするっす」
だから俺も、食い扶持を失わないために残業を提案しようとした。
そのときだった。ナナシが俺の口元を人差し指で押さえ、それ以上の言葉を遮ってきたのは。
何だと思って彼の視線を辿ってみれば、遠くに見えたのは一匹のダンジョン生物。
ゲルとジェルの中間。真緑で地面を這いずるように移動している、手も足も顔もないだけの生き物。
間違いない。あれはスライム、それもお目当ての特殊個体である擬態スライムだ。
……にしてもまったく気付かなかった。どんな索敵能力してるんだ、この人。
「ようやく尻尾掴んだっす。泳がせて、どこへ戻るかを突き止めるっす。おっけい?」
「……これ、魔法ですか?」
「残念、忍法空気っす。なんで半径三メートル、うちから離れないでくださいっす」
掠れて辛うじて言葉であるほどの小さいのに、何故か不思議と聞き取れる言葉をくれるナナシ。
一瞬だけ柔らかな微笑みを向けてきた彼は、その後すぐにスライムの方を向き直し、観察に集中していく。
魔法と忍法の違いは分からないが……なるほど。
つまりは駆除するのではなく、尾行して情報収集に専念するってわけか。あわよくばこいつらの根城さえ掴める策ではあるが、ダンジョンに人がいないからこその荒技だな。
実感はないけれど、ナナシの忍術によって姿を隠せている俺達はしばらく尾行を続けていく。
クソみたいな移動速度の緑げふんげふん、擬態スライムは、大変ノロノロとしたお動きでダンジョンをちんたらちんたら徘徊しやがるんですよ。
いつまでかかるんだと、いい加減ストレスが勝っては時間を止めて気持ちを落ち着けて。
声は疎か足音一つだって立てることなく、俺のように反則なしで一切動じず観察を続けるナナシを心の底からすごいと思いながらも我慢していると、やっこさんはようやくそれっぽ場所まで到着してくれた。
「ナナシさん。今、壁にめり込みました?」
「そうとも言えないっすね。ほらここ、小さな穴があるっす。つまりは人の形取るくせして、スライムらしく軟体の利点を活かして隠れているってわけっすね。小賢しい真似極まりないっす」
擬態スライムが潜り込んだ壁。
ナナシはそこに空いた野球ボール程度の小さな穴を触りながら、けっ、と忌々しそうに苛立ちを吐き捨てる。
「……一度、出直すしかないですかね」
「そんな悠長な真似していられないっす。そんなわけで……でっでれえ、魔動ツルハシ~! はいっす!」
どうすべきか指示を仰ぐが、ナナシは悩む間もなく自身の影へと手を突っ込んでまさぐり始める。
何事かと固まっていた数秒の後、大きな鉄色のツルハシ。
使い込まれているのだろうなと一目で分かってしまう魔動ツルハシの登場に驚いていると、ナナシはそんな俺に気軽に手渡してくる。
「……掘れと?」
「良かったっすね、役立てる仕事っすよ? うちはちょっとおっさんに報告入れるんで、やれる範囲で先進めておいて欲しいっす」
危なそうだったらすぐ呼んでっすと、ナナシは気軽に手を振ってからこの場から離れていく。
踏み込むのもいいし、現状足手纏いに仕事くれるのだからむしろありがたいのだけど。
……にしても第一モデル、十年以上も前に生産終了した最初期の旧型かよ。
もう少し予算とか降りないのかな。お役所仕事ならもう少し装備くらいは弾んでやれよな、悲しくなるわ。