男の娘と一緒!
「はーあっ、どーしてうちが三級のお供なんすかねぇ。ほんとあのおっさん、うちの得意分野はダンジョンの生き物じゃないの知ってるだろうにさぁ……ねえ、そう思うっすよね時田くん?」
露骨に落胆のため息を吐き、ダラダラと隣を歩きながら落ちている小石を蹴飛ばす同行者。
真っ黒なボディスーツ一つという、下手なコスプレや露出部の高い鎧よりもずっとずーっと探索者の品位を損ねていそうな恰好で堂々と歩く様は、男であっても痴女の一言で形容出来るだろう。
にしても、そんなに不満そうにぶーたれられてもこっちだって困ってしまう。
大体文句を言っていいのなら、俺だってこんな俺よりも歳上だろうに男の娘やってる変態なんかより、夕葉先輩と二人で一緒にダンジョンの中を歩きたかった。
現在、二手に分かれ、閉鎖されたダンジョンの中で特別に探索を許可してもらえている。
俺ともう一人はスライムの目撃証言の多い上層に。そして夕葉先輩と八代さんは件の殺人動画関連の現場である中層へ。
最初は先輩と二人が良かったが、八代さんが「安全や事情を考慮して特別二級をそれぞれで分ける」なんて言いだし、絶対にこの女もどきと先輩を引き離した気持ちを察してもらえた結果、必然的にこうなったというわけだ。
……まあ、正直な所そう提案してもらえて助かった部分はある。
そりゃ外部の協力者で組ませても困るだろうし、基本的に特別二級二人の方が強いだろうから、分散しておくのは当然だ。
何より夕葉先輩と二人だと、多分テンションが真面目になりきれないと自分で理解している。
別に外でバカップル晒すのは構わないが、こんな非常時のダンジョンの中でそんなことしてたら冗談抜きで死にかねない。浮き足立って時間を止めるのが遅れて手遅れ、なんて最悪の展開は勘弁だね。
そんなわけで、現在一般探索者が完全立ち入り禁止なため、いつにも増して静けさに支配された十六階層。
先日夕葉先輩を誑かそうとしたあのイケメン燕尾服、もといスライムと出くわした階層でこうして手がかりを追っているというわけだ。
『恐らく猶予は一瞬間。多く見積もっても、上が世間に調査中で誤魔化せるのはそれくらいが限界だろう。それを越えれば、会見での事情説明だけじゃ収まらなくなるだろうな』
思い出すのは、先ほど八代さんが深刻そうな面持ちで言い放った制限時間について。
『それにダンジョン、それも日本でもっとも活動者の多い東京ダンジョンが一週間以上完全に閉鎖されてみろ? 間違いなく死者が出る。貯蓄のない三級共から順に路頭に迷い、無駄に有り余ってる力で何やらかしてもおかしくない。それが数件もマスコミに拾い上げられちまえば、探索者って職の風向きは間違いなく悪くなるだろう』
『つまり俺達は一週間で、この七面倒な事件に収拾をつける必要があるってわけだ。人を喰らって化けるスライムも、人を弄ぶ死神もぶっ倒し、ダンジョンを日常へ戻す。分かりやすいだろ?』
一週間。たった七日、百六十八時間の中からプライベートの時間を抜けば百時間あるかどうか。
八代さんの言い分は分かるし、事実それだけの窮地ではあるのだが、それでもあまりにも短すぎる。はっきり言って、絶望的な状況であると断言してもいい。それこそ八代さんの言うとおり、三級風情が首を突っ込むべきではないくらいには。
耳の痛いことに、三級探索者というのは未来への見通しが甘いというか考えない傾向は確かにある。
確かにダンジョン探索者の収入は低くない。ただしそれは、二級以上の話だ。
個人事業主ほど貯蓄や収入に気をつけろと思うし、だからダンジョン配信者みたいな経験を活かして稼ぎに繋げる者も増えたりもしているのだが、そういうのは需要のある一部の二級が主。二級ですらそうやってお金稼ぎに奔走しているのだから、一般三級の懐事情なんてお察しだ。
それでも比較的規模が大きめな東京ダンジョンともなれば、上層メインの三級であってもその日暮らしで回ってしまう人が多い。──ただし何の異常もなく、毎日ダンジョンに入れるのであれば。
ちょっとお金を使っても、その分ダンジョンで頑張れば目に見えて稼げてしまう。
フリーターとして社会の陰口にアルバイトに駆けるよりも遙かに楽で何も考えなくていい。社会の負け組として這いずっているよりかは、運が良ければ隠し部屋やダンジョン宝物を見つけて一発逆転出来るかもしれない。
まさしく現代の金脈採掘だったり油田探し……いや、日常での稼ぎを考えればそれ以上。
だから少なくない人が三級探索者という、資格さえ取れる人にとっての寄りかかるべきでないセーフティに依存しており、それを失えば路頭に迷い首をくくり、あげく無敵の人と化す者だっているだろう。
三十年。年号が一つ変わる程度でしかないけれど、赤ん坊だった者が大人になって子供を作ることだって珍しくないほどの期間。
短くもあり長くもある曖昧な期間。何一つ変わらないけれど、想像さえ出来ないほどの進歩と変化を歩める歳月。
そんな時間の中で、この日本でも随分と日常に溶け込んだダンジョンと探索者。
ここ数年の否定的な意見の増加や先の配信事故、そして今回の一件はその根幹を揺るがす要素になりかねない。探索者という職の未来を分ける岐路であると、その見立ては間違っていないだろう。
ちなみに気になったので、パチモンのダンジョンの死神は他の人に任せるべきではと尋ねてみたが、他の特別二級もそれぞれ手が離せないとのこと。
こんな状況なのに人手が足りないなんて、特別と名付くだけあって忙しい立場なんだなと心から同情してしまったよ。例え誘われたってやりたくないね、そんなブラック。
ともあれそんな日本のダンジョン産業の進退のかかった瀬戸際でも、ずっと張り詰めているなんてことも出来るわけもなく。
上層の後半の層を結構歩いてみたが、戦闘だってほんの数回だけで、スライム一匹さえ見つからないまま時間だけが過ぎてしまっていた。
「……そういえば、ナナシさんってどうしてそんな恰好してるんですか? 痴女なんすか?」
「およ、いきなり失礼すぎる質問どうしたんすか? ……あ、もしかしてうちに惚れちゃった?」
「ないです。単純に気になったし、退屈なのは事実なので何か話題でもって」
暇潰しがてら気になっていたもので尋ねてみれば、ナナシはきょとんとした顔で首を傾げてくる。
訊いてもいいのか疑問だったが、別に罰ゲームとかじゃなさそうだし、あっちも大概失礼なのでいいかなって。
「んー……まー一言で言えば似合うからっすね。ほら、うちって男に見えないくらい華奢で可憐で完璧じゃないっすか。実は脱いだって無駄毛なんて生えてないし、肌だってそこいらの女よりずっと潤ってる。だから下手に男の格好するより、素直に容姿に合ってる恰好してた方が違和感ないんすよ」
少し考えた後、案の定ナナシは隠すことなく、あっけらかんと答えてくれる。
それにしたって、ぴっちりボディラインが浮き出るような黒のボディスーツはどうなんだ。
如何にダンジョンの中と言えど、コスプレ会場染みた恰好は最早痴女。流石に周囲へ配慮しているのか、急所はもっこりしていないが、それが逆に人を拐かすアウト味を醸して仕方ないと俺は思う。
多分というか絶対、この恰好でダンジョン歩いてるのを目撃されたらヤリモクのナンパされまくるだろうな。男って知らなければただのえっちな美少女でしかないし、探索者なんてそんなもんだし。
「ああでも、別にうちが男色の気ってわけじゃあないっすよ? 確かに両刀ではあるっすけど、そもそも性欲ってもんが薄い方なんでそういうのは無縁っす。だから誘ってるわけじゃないってことだけは理解して欲しいなって。どうっす?」
「……別に、そこまで訊いてないです。まじで」
「そうっすか? ふふっ、まあそういうことなんで、きみの愛しのあの娘も君も奪う気はないから安心して欲しいっす。もちろんそういう依頼がなければ、ね?」
そんな俺の思考を見透かしていたのか、ナナシは自分の顔の良さを理解しているとばかりにあざとくウィンクしながら、先んじて同性愛者ではないと告げてくる。
安心しろと言われても、両刀と言われたら余計に不安になるんだが。大体依頼って何だよ。この人どういう立場なんだよ、まじで。
「しかしどうするっすかねぇ。こっちは本当に収穫なしで終わりそうっす……お? おおっ?」
現在一般客が立ち入り禁止な東京ダンジョンで、楽しげな様子で目の前からやってくるのは、ダンジョンでならよく見かけそうな身なりの男が二人。
立ち入り禁止が出る前から探索していたパーティで、今回の件とは関係ない人間か。
それとも既に喰らわれて、その容姿と言葉を持っていた人に化けているスライムか。
或いはダンジョンの死神を自称するイカれた猟奇殺人鬼か。
いずれにしても少しだけ警戒してしまうが、隣にいたナナシはそれじゃ駄目だと言うように手を前に翳し、任せてとばかりににこりと笑みを浮かべてきた。
「ハローハローお二方、プリーズストップオケーイ? イエーイ!」
「おーっす……ってなんだその恰好!? 趣向に口出す気はねぇが、さてはお前変態なのか?」
「口出してるじゃないっすか! 誤解っすよ! これは新進気鋭のファッション、そして合理の極地! いずれうちの恰好は、世界のダンジョン装備に新たな風を吹かせること間違いなし! ……どうっす?」
「それはなんとも……素晴らしい時代になりそうだなぁ」
まるで往年の友人のような気さくさでナナシに話しかけられ、露骨に鼻の下を伸ばす男。
見るからに美人局。怪しい店のブラック寄りな客引きみたいだが、疑われるよりも早く人の懐に入り込んでいるのは流石としか言い様がないな。
……しかしあれだ、あの男にはちょっとだけ同情してしまう。
だってあれ、どこまで可愛かろうが男だしな。天国が高ければ高いほど、絶望に落とされるときの衝撃ってのは計り知れないものだ。俺もそうだった、うん。
「……申し訳ないです。うちの連れ、ちょっとネジ外れてて」
「いいよ、お前も苦労してるんだな。で、どうしたんだあんたら? もしかして、中層で会ったやつらと同じ用件か?」
「あ、そうっすそうっす! おっさんらに会ったんなら話は早いっす! それでお兄さん方、うちらもダンジョン庁に依頼されたもんなんすけどー……一応の確認なんで、ちょーっとばかしお話伺ってもいいっすか?」
鼻の下を伸ばしていないもう一人に謝罪すると、何やらすごく同情されながら尋ねてきたので、既に一人とマブダチみたいになっていたナナシが話を進めていく。
如何に緊急事態とはいえ、当然特別二級を名乗るわけにもいかないと。
今回俺達はダンジョン庁よりダンジョン内に残っている探索者の安否確認と帰還指示の誘導を依頼を受けた探索者という体でダンジョンへ潜っている、ということになっている。
そんなわけで、どうやら中層で八代さんや夕葉先輩と会っており、既に事情は聞いていたらしく。
特別に拗れることも驚かれることもなく、想像よりもずっと円滑に話は進んでいく。
「白井武雄と黒井和夫……おっ、あったあった。数日前に数日の申請を出し、それから音沙汰なしの二級探索者二人組。おっけえっす! いやーご無事で何よりっす!」
一通り話を聞いた後、心から嬉しそうに男とハイタッチを交わすナナシ。
特別二級ってのはコミュ力も特別なのかと、あまりの溶け込み具合に素直に脱帽してしまう。
念のため時間を止めて、ちょっぴり頬を抓ってみたけど人間のそれに変わりなく。
擬態しているわけでもない本物の人間。何も知らない中層帰りの探索者に間違いはないらしかった。
「そういえば、今回の探索で特殊個体とか他の探索者を見たりしました?」
「いやぁ? 生憎今回は二泊してもボウズでなぁ。特殊どころか碌に接敵さえしなかったから、正直赤字も良いところだよ」
今回は鉱石採掘用の装備もなかったからなぁと、まいってそうな顔で両手を広げてくる。
まあ無理もない。手間や効率の問題から、中層以上で採掘を主にする探索者はほとんどいない。希少な宝石やら何やら一つで一攫千金はあるとはいえ、ダンジョン生物を狩ってる方が遙かに効率的なのだ。
「ところでお姉ちゃん、良く見なくてもべらぼうに美人だな。どうだい? せっかくの縁だと思ってこの後飲みにでもいだぁ!」
「やめとけやめとけ、人の女に手を出すなんて趣味悪いぞ。わりいねお兄さんら、お邪魔虫ははここらで退散させてもらうからさ。……中々苦労しそうだが、まあ頑張ってな」
ナナシの色気に拐かされなかった方の男は、哀れにも毒の花に引っかかってしまったらしい男の首根っこを掴み、最後に察していますよとばかりにウィンクしてから去っていく。
まあまったく進展はなかったけど、ちゃんと無事で良かったとは思うよ。……思うけどさ。
「……なんか今、今生で三指に入りそうなほど屈辱的な誤解をされた気がしたんですけど」
「そうっす? うちは全然構わないっすけど……あっ、いっそ本当に付き合ってみちゃうっすか? 三日で虜にしてやる自信あるっすよ?」
「セクハラで訴えますよ。まじで」