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正体不明ブッキング

『どうもどうも。私は通称死神、あなたがたネットの皆さんが東京ダンジョンの死神と畏れる都市伝説。その正体です』


『私はこの東京ダンジョンで、いままで多くの探索者を絶体絶命の危機から救ってきました。斬りカタナ、落雷丸、ホムラ、配信者ではない探索者の方々。気まぐれに、けれど慈悲を持って、私の手の届く範囲で』


『ですが愚かな探索者達は懲りず、私利私欲に駆られ、多くの悲劇を積み重ねています。更にはダンジョン庁は、様々な不祥事を表沙汰にすることなく隠蔽しているのです。まさに悪の温床、一般社会にありながらなんたる非道で悪辣な体制でしょうか!』


『故に私は決意しました。これ以上、ダンジョンの秩序を犯しては成らない。ダンジョンの声を代弁を任された者として、最早愚かな人間達を看過できないと』


『んー! んー、んーんー!』

『観てください皆さん、実に情けない有様ですね。この探索者ライセンスによれば、彼女の名は吾妻(あがつま)薫子(かおるこ)。偶然にもお見かけした二級探索者の方で、この度この私の最初の犠牲者に志願してくださった方です。拍手しましょう』


『あ、失禁しちゃってますよ、仮にも二級探索者のだというのに情けないことです。まあでも、お漏らしは一部の紳士に高得点ですかね。俗に言うサービスショット、サムネ時間というやつですよ?』


『さて、これよりお見せいたしますのは警告にして宣誓。ダンジョンの死神は人を救う悪戯好きの妖精などではなく、探索者の命を奪う死神であると皆様に知らしめるためのパフォーマンスというやつです』


『ところでダンジョンの死神と言えば、何を以て証明されるべきだと思いますか? 神出鬼没? 正体不明? 答えは簡単です』


『──ほらこのとおり、バラバラです。あんなにも泣き叫んでいた吾妻さんがほら、手足首と見事に切り離され、既に泣き叫ぶ声さえなく。さて、今の今まで疑っていた方もしかと理解したでしょう。私が、私こそがダンジョンの死神だと』


『これは宣誓です。これは始まりです。私は私の信念を以て、ダンジョンにおける秩序を取り戻すとね。それでは、今回はこれで。……ああ、チャンネル登録や好評価等々はお願いしますね。その方が、盛り上がるので』






「……なんこれ?」

「おーおー、随分と辛辣な反応だな。少しは葵の嬢ちゃんみたいになってもいいんだぜ?」


 ダンジョン庁の一室。

 つい昨日聴取をされた取調室っぽい場所で俺達二人が見せられた数分の動画は、最早悪趣味の一言で片付けて良いレベルじゃないくらい悪趣味なものだった。


 まず映る背景は緑青色の壁。断言こそ出来ないが、恐らくは東京ダンジョンの中層のどこか。

 そして本題の、映っている人間は二人。

 一人は石柱に縄で縛られた女性。そしてもう一人は真っ暗な外套に身を隠し、顔は左白で右黒な奇怪な仮面で顔を隠した謎の人間。

 道化染みた白黒の仮面で顔を隠した謎の人間は、まるで機械を通したような曖昧な声で長々と語り弄びながらも、たった一瞬にして無惨な骸へと変えてしまう。そんな数分の惨劇は、えげつないという言葉以外では形容できない。


 如何にダンジョンに潜って殺し殺されを生業とする探索者であっても中々に堪えるであろう、そんなグロテスクな死に様がモザイクなしの無修正。

 他の人と違ってそこそこ耐性のある俺だからシュールだなって感想が勝るだけで、普通だったら隣で口押さえてる(あおい)……夕葉(ゆは)先輩と同じような反応になるのが、例え探索者であっても自然であろう。

 

 ……それにしても、本当に、ほんとーに趣味悪いとしか言えない動画だ。

 率直に言ってみて、こんなものが存在してるだけで胸糞悪い。別に自称なんてしてないが、こいつにダンジョンの死神を名乗られるだけで虫酸が走る。

 まったく勘弁して欲しいもんだよ。こちとら来る途中で簡単に朝昼ご飯を食べたばっかりだってのに、恋愛映画一つで泣ける俺の彼女にこんな趣味の悪い映像見せないで欲しいな。


「嘘ですよね八代(やしろ)さん。こんな冗談みたいな動画が、本当に世に出回ったんですか?」

「正しくは配信で、だがな。配信時間は昨日の朝四時ちょうど。たった数分のライブで、本来なら埋もれて終わりなはずだったんだが、運の悪いことにたまたま見ていた馬鹿の一人がSNSに貼り付けて伸ばしちまいやがったから、もうダンジョン庁はマスコミ共にせっつかれて大混乱。おまけにダンジョンも緊急閉鎖せざるを得なかったから、一般の探索者達からも大顰蹙だよ」


 まったく、最近のガキ共の倫理観はどうなってんだろうなと。

 今し方動画に映ったノートパソコンを自身の元に引き寄せた八代さんが、本当に忌々しげに頭を掻きながら、大きなため息をついてしまう。

 

 確かにダンジョン庁に来る際、入り口付近には相当な取材が来ていたがそこまでの問題だったとは思ってなかった。

 心なしか目元に隈が見られるし、相当に忙しいのだろう。公僕ってのも大変だと同情するけどばかりだ。


「す、すみません。ちょっとお手洗いの方に……ううっ……」

「おう。ナナシ、ついて行ってやれ」

「ういーっす。さ、葵さん行きましょうねー」


 これ以上は耐えられなかったのか、八代さんが話を続けようとした際、夕葉先輩がギブアップと手を上げたので一時中断となる。

 俺が一緒に連れて行こうとすれば、それよりも早く八代さんが壁に寄りかかっていた、今日はスーツにスカートといったOLスタイルなナナシが連れて行ってしまう。


 確かに建物をよく知っている人の方が効率的だが、それにしたってちょっともどかしい気持ちになってしまう。

 そういやあのナナシって人、ぱっと見完全に女だけど、普通に野郎なんだっけ。

 ……いかんいかん、何でも寝取り野郎に思えてきた。そういう状況じゃないってのに、我ながら大分のぼせているらしいな


「おーおー、随分お可愛い嫉妬しちゃって。どうやら本当にお楽しみだったらしいな」

「……あのナナシって人、本能的に好きになれないんですけど」

「ブッハッハ、正直でいいな! ナナシに限ってはそういうの絶対にねえから心配するな、あいつは情緒幼稚園児だからよ。ま、若い男女ならそういう問題じゃねぇかもしれないがな。ブッハッハ!」


 先ほどまでの雰囲気などお構いなしに、この小さな部屋では喧しく響くほどに笑ってくる。

 何が面白いのか、おっさんになると若者の恋愛事情の全てが滑稽に見えるのか。他人の恋愛話が面白いのは否定しないけど、こういう大人にはなりたくはないな。


 そうして数分後、少し顔色の良くなった夕葉先輩が戻ってきたことで、話は再開する。


「で、話を戻すが……まず被害者は動画にあったとおり吾妻(あがつま)薫子(かおるこ)。非常に厄介なことに俺達と同じ立場、別件で動いていた特別二級の探索者だ」

「あの人弱くはなかったけど残業してしてくれない趣味人だし、何より辛気臭かったっすよねぇ。あ、あと中々に腐ってて、推しの人形作って並べるのを趣味にしてたの見せてもらったことあるっすよ。よく分からなかったっすけど」


 好意も嫌悪もなく、ただ思い出すようにしみじみと語るナナシ。

 趣味の所はどうでもいいが特別二級、つまりこの人達と同格であり、俺なんぞよりもずっと格上の探索者。

 そんな人が後れを取り、ああも簡単に拘束されて殺されてしまうのだから、自称ダンジョンの死神とやらも相当に厄介なんだろうな。


「この配信の直後、俺とナナシを含めた数名の特別二級が撮影場所であろう中層、二十三階層まで急いだんだが……厄介なことに死体は見つかってくれなかった。それだけじゃねえ。現場に残っていたのは被害者のであろう血溜まりと、犯行に使用したと思われる縄のみ。まあつまり、そこでやっていた証拠だけはあるのに何もかもが完全に消えちまったってわけだ」


 カチカチと、パソコンを操作してからこちらへ画面を見せてくる八代さん。

 画面に映っていたのは数枚の画像。動画の場所とまったく同じであろう、犯行現場で撮られた捜査資料というやつだった。

 ダンジョンの壁にも大量に付着した、地面に溜まった大量の赤黒い液体。そして一部が赤く染まっている麻の縄、被害者を縛っていた物で間違いはないのだろう。


「数日滞在の届けを出していた探索者以外がダンジョンから出ていたのはゲートの通過記録から確認済み。そんで表層とダンジョン入り口の監視カメラから不審な人物の不法侵入は確認できず。お前らも知ってるだろうが、ダンジョンの入り口ってのはどこも一つしかないから通らないわけにはいかない。本人だけってならまだしも、バラバラにした死体ごと痕跡一つ残さず運ぶなんてのは普通だったらまず不可能なんだよ」


 ダンジョンの入り口は一つ。これは世界を通してでも共通の見解で、ライセンスを通さずにゲートを越える方法なんて壊すくらいしかない。そんなことしたらとっくに大騒ぎになっていて、殺人事件どころじゃないはずだ。

 というか、ぶっちゃけ入り口が複数あったらそれだけで人類の手には収まらないからな。現代においてダンジョンが商業として成り立っているのは、管理が出来るからでしかないんだからさ。


 ……ま、だからと言ってゲートを通っていないと断ずるには、少しばかり早いのが厄介な所。

 八代さんが言うように、今の思考は通常であればの話でしかない。

 ダンジョンには、一部の探索者にはある。バレずにゲートを通過するなんて難題さえこなせる、ファンタジーとも言える超常の力が。


「そういう魔法(マジック)の可能性……は、ないんですか? 例えば……あー、それこそネットで考察されてた時間停止能力とか、都合良く痕跡を消せそうな能力みたいな?」

「まあ十中八九何か持ってると睨んでるが、これが中々に絞りにくくてな。大体一瞬にして人をバラバラにする力と死体さえ隠蔽できる能力、この二つがどうにも重なっちゃくれなくて困る。魔法(マジック)の複数持ちなんて反則は世界でも未確認だし、片方には何かしらのタネがある。そう見るのが自然ってのが俺達の暫定的な判断だ」


 もしも時間停止なんて反則を持ち出されてるなら、そのときはお手上げだがなと。

 八代さんは肩を竦め、両手で降参を表しながら、何とも言えない哀愁を醸す表情を浮かべてしまう。


 まあ確かに、情報がこれだけな以上、ひとまずはそれで片付けるしかないのだろうな。

 あのクソダサ仮面がどんな魔法(マジック)を持っているにしても、判断するだけの情報がまるで足りない。


 仮面の誰かは武器を抜くことさえなく、僅か一瞬にして人をバラバラにする能力。

 それらの痕跡を一切残さず、追跡さえ許さないほど完璧に隠蔽で行方を眩ませる能力。

 

 うーん、確かに謎だ。どんな魔法(マジック)があれば、この二つを両立出来るのだろうか。

 ぶっちゃけた話、時間停止なら不可能ではないだろうが、それでも後者は難しいんじゃなかったって思ってしまうのは所有者が俺だからだろうか。多分そうだろうな。


 あくまで動画という情報だけに基づいた所感でしかないが、この殺しは人力ではく何らかの魔法(マジック)によるものだと、そう確信してしまっている自分がいる。


「殺しについては超スピードで誤魔化したって線もあるが、解析班が言うにはその可能性も低いらしい。まあ配信で垂れ流されたんだから当然なんだが、映像に加工がないのもほとんど確定らしくてな。ひとまずは警察連中が何か掴むまで、映像については手詰まりって感じだ」

「いやーまいっちゃうっすよね。まさかうちに見破れない殺しがあるなんておもわなんだから、世の中ってのは広いもんっすよ。あー、おっさんに拾われて良かったっすねぇ」

 

 若干一名、何故か場違いなほど楽しそうに笑顔を浮かべているが大丈夫なのだろうかと。

 ナナシとかいう成人済みであろう男の娘にますますの不信感を抱いてしまうが、八代さんが拳骨を落としてくれたのでひとまずは良しとしよう。


「痛いよぉ……お星様が見えるよぉ……」

「うるせえ。まあつまりは手詰まりなんだが……たちの悪いことに俺達は、ちょうどつい最近この謎に噛み合っちまう案件がダンジョンにいるのを知っている。お二人さん分かるかい?」

「……まさか死体を食べて化けるスライムが、この仮面の配信者が殺した探索者を捕食してしまったと?」

「ま、要約するとそんな感じだな。まったくよお、災難ってのはどうしてこう重なるんだろうな。こんな面倒は早く片付けて、鈴野の湯で羽を伸ばしたいぜ」


 八代さんはまるで上の空だった学生をいじめるみたいに、突然問題を振ってくる。

 残念ながら俺の頭ではまったく思いつかなかったのだが、夕葉先輩が自信なさげに答えると、八代さんはやれやれとばかりに頷いてくれる。


 流石に夕葉先輩! 流石俺の彼女! 頭良くて可愛くて強くてもう完璧だ、ヒュー!


「さてどうするよあんちゃん? ただでさえ三級が絡んでいい話じゃなかったってのに、更に拗れて厄介になっちまった。今回は特例として、今からでも降りてくれても構わんぜ?」


 あくまで軽く、どちらでも構わないと改めて尋ねてくる八代さん。

 一瞬、ほんの一瞬だけ理性が踏み込むなと告げてきて顔を背けてしまうと、心配そうにこちらを見てくる夕葉先輩と目が合ってしまう。


 ……嗚呼、そんな顔しないでくださいよ。退いて欲しいなんて顔、しないでくださいよ。


「……冗談。ここで彼女放置して見なかった振りなんて、出来るわけないじゃないっすか」

「そか。ま、この世界は自己責任だから止めないが、決して引き際は見誤るなよ。お前さんはあくまで三級。特別二級(おれたち)()られるような案件、本来なら並の二級でも力不足な案件だからよ」

 

 自信なんてないけれど、それでも先輩だけに任せるなんて出来ないと。

 大丈夫だと先輩へ頷き、弱い犬こそ良く吠えると思われても仕方ないくらい、歯を見せながら上等だと笑みを浮かべ。

 そうして必死で己を鼓舞するように強気で返してやれば、それを受けた八代さんは笑みなどなく、ただ静かに頷いてくる。


 ……ごめんなさい八代さん。

 あんたが優しさで訊いてくれたは分かるけど、それでも、例え俺に出来ることなんてないかもしれないけれど。それでも一人で見ない振りして逃げるなんてこと、したくはないんだよ。


「で、これからどうするんですか?」

「決まってるだろ? 俺達探索者に出来るのなんざ自分の足を使うことだけ。……ってなわけで協力者二人。学生な所申し訳ないが、楽しい楽しい仕事の時間だぜ?」

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