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美女の名は火村さん

 とんてんかんと、耳障りの良い音が響くは第六階層の端。

 あんなにきつかった筋肉痛もすっかり癒えた俺は、ようやくダンジョンでツルハシを振るい、お小遣いや生活費を稼ぐ生活へとカムバックを果たした。


「おっ……うーんハズレ。二百円って所かな」

 

 数十分の格闘の末、綺麗に掘り出せたと。

 地面に転がった手のひらサイズの魔動石を拾い上げつつも、つい大きさに不満を漏らしてしまう。

 見え方的にもう少し大きめだと踏んでいたので少し落ち込みながらリュックへ放り込み、一旦休憩しようと腰を下ろしてから、誰の気配もない周囲を一応見回してみる。

 

 人もダンジョン生物もいない、俺の採掘音だけが悲しく響く周囲一帯。

 相変わらずの寂しさだが、この六階層に留まる探索者はほとんどいないのはいつものことだ。


 一~十階層は人類安全圏とも呼ばれる表層区域。

 壁にかかるライトや所々に置かれる監視カメラから分かるように、既に人類が攻略を終えて安全だと定義した区域だ。


 ダンジョンは手つかずの階層であるほど格段に稼げる。それ故に稼ぎも相応に少なく、まともに活動出来る三級ならば金のためにさっさと上層へ進んでしまう。

 更に言うなら、どうせ出現するダンジョン生物や構造も表層全体で共通だということもあり、新人も慣れるまでは三階、もしくは区切りいい五階層辺りまでしか彷徨かない。よって第六~十階層は人が少ない、俺みたいな小遣い稼ぎを目的としたぼっち探索者にとっては絶好の場というわけだ。


 先日隠し部屋で話題になった第五階層よりも上なので、それ目的の人間もほとんどいない。

 そもそも三級探索者の資格がなければダンジョンへ入ることさえ許されないので、野次馬目的で気軽に見学なんてことは無理。

 よって大多数の取材陣もダンジョンの外で待たなければならないのだが、ありがたいことに結構厳重な警備なので、騒ぎ立てて無理矢理というわけにもいかないのが現状だ。

 

 探索者やダンジョンに携わる仕事したいのなら、必ず探索者にはなっておくべき。

 三級探索者資格は自動車免許と同じ位には就職に活用できる資格だというのは、現代じゃすっかりと常識になったこと。もちろん二級ならなおのことだ。


 まあ俺が探索者になったのは、そんな崇高な目的などなく、単純にバイトよりかは稼げると判断したから。

 何せこちとら時間停止能力者。時間を止めても就業時間は進まないけれど、ダンジョンの中なら多少は稼ぎは増えると考えれば、よほどの生真面目かダンジョンアンチでもなければこっちを選ぶのは当然だろう。


「さて、疲れたしもう帰ろ……ん?」


 どっこいせと立ち上がり、すっかり萎えたので帰ろうと置いていたリュックを背負おうとした。

 そんな俺を見つけ、にたにたと笑みを浮かべながら、こちらへ駆け出してくるのは緑肌の小人──ミニゴブリン。

 武器、知性、理性の三つの持たざるを持つ緑肌の小人。ダンジョンにおける最弱の三体、通称『(ふるい)』の一つともされるダンジョン生物だ。


 命を感じさせない透明な塊、ミニスライムは常識を。

 四足の愛らしくも荒々しい獣、ミニコボルトは愛護を。

 そして歯を見せながら迫る緑の小人、ミニゴブリンは良心を。


 相対した際、試されるは人としての一線。

 ダンジョン下で命の奪い合いに恐れることなく、自らを守れるかを測るにお誂え向きな三体は、まさに篩と呼ぶにふさわしいダンジョン生物だろう。


 最近では動物愛護団体やら一部の声の大きな方々が、ダンジョン生物も命なのだから殺すなんて非道徳、やくざと変わらない社会の汚物とお気持ちを抱かれることもある。


 とはいえ、別にダンジョン探索者に限った話ではない。

 殺しが悪だというのなら、山の獣を狩る狩人や猟師、戦争で人を殺す軍人だって同レベルに非難されるはず。彼らより少し身近で新しいから白羽の矢が立っているだけと、俺としてはそうと思えなくもない。

 

 実際、ダンジョン配信者(ライバー)はその辺りの偏見を減らしたいと願った探索者が始めたなんて話だ。

 そのせいかおかげか、今じゃ探索から戦いまでのほとんどが娯楽扱い。親しまれやすくなった一方、現代のコロシアムなんて揶揄されることも多いのだから、どっちが健全かは分かりかねるけどね。

 

 ツルハシの尖った部分をゴブリンの脳天に振り下ろせば、その一撃でミニゴブリンは絶命する。


 俺とて今日まで生き残っている三級探索者。

 上層ならともかく、表層にいるダンジョン生物とのタイマンなら時間停止なんて使うまでもなく処理出来る。

 昔は殺す寸前に目を瞑ってしまったり、その日のベッドの上で吐いたり夢に見たりもしたが、今じゃすっかり慣れてしまうのだから適応力というのは恐ろしいものだ。

 

 絶命したミニゴブリンはそのまま塵と化し、後にはころんと転がっている小さな魔動石。

 

 ダンジョン生物が命尽きた場合、死体は消える場合と残る二つのパターンがある。

 恐らく強さや核である魔動石の大きさで決まるのだろうとされているも、はっきりとした違いは解明されておらず、現代でも学者連中が頭を悩ませているダンジョンの不思議の一つだ。


 ま、生憎俺はダンジョンの不思議や謎に興味なんてない。

 余計なことに首を突っ込まず、恩恵のおこぼれだけ預かれればそれで十分。大事なのは、探求よりも財布の潤いだ。


 ゴブリンから出た魔動石を拾い上げ、そのままゆるりと帰路に就く。


 途中でもう一度遭遇したミニゴブリンを倒してから、一つ降りた第五階層は中々に人が多い。

 より正確に言うのであれば、あの隠し部屋の前に待機している取材や野次馬探索者が大半であり、探索者らしい作業をしている者はほとんどいない。


 あの会見以降、未だに隠し部屋付近はキープアウトの黄色いテープで封鎖され、入り口の撮影さえ叶わないくらい規制されている。

 ダンジョン庁の調査が終わるのは何時になるのやら。ま、あんなドラゴンがいるような場所、終わっても三級は立ち入り禁止のままだろうな。


 ぼんやり眺めながら、第五階層を通り過ぎ、そのままダンジョンの入り口へ。

 空港にあるみたいなゲートを抜け、ダンジョンを出た先に広がっているのは受付となっている施設──ダンジョン庁、東京支部である。

 

 どことなく厳かな緊張感の漂いながらも、人と声が行き交う役所の中。

 広々とした空間の中で迷うことなく進み、いくつかに分けられた部署の中で目的の部署──ダンジョン物課へと足を運んだ。


 ダンジョン物課。名前のとおり、ダンジョンで手に入れた品々を扱える場である。

 大多数の探索者はダンジョン内で入手した品々をこの取引課にてダンジョン庁、つまり国と取引してお金へと交換する場だ。

 

 別に必ずここでしなければならないなんて決まりはないが、個人が外でやるのは割に合わなすぎる。

 まず外に持ち出すには手続きしないといけないし、知識なしでやっても素人が交渉の真似事なんてしても上手くいかないし、稼げたとしても結局ダンジョン庁の審査や税金等の処理が待っている。

 何より外部で取引したって利益になるのは二級から。つまり三級は欲なんてかかず、素直にこのダンジョン物課でお国にお小遣いを恵んでもらった方が利口というわけだ。


 今日も今日とてそこそこ混んでいるダンジョン物課。

 機械から取った受付番号を見て、この分だと三十分くらいかなと待機用のソファに腰掛ける。


 受付の奥でわたわたと労働に勤しむ彼らは、一体どれくらい稼いでいるのだろうか。

 ダンジョン庁所属も公務員。不安定な探索者とは違い、安定した収入と社会的地位を約束される立派な職業だ。


 俺も大学二年、もう少しでモラトリアムから脱却しなければならない。

 このままダンジョン探索者として生きるか、目の前の人達みたいに一般的な職業に就くか。どちらにするべきなのか。


「やあやあとめる青年。随分久々だね、調子はどうだい?」

「……まあぼちぼち、お久しぶりです。火村(ひむら)さん」


 ぼんやりと働く職員を眺めながら、だらだらしながらも将来を憂いていたときだった。

 突如背後から肩を叩かれると共に、どこか聞き覚えのある声で名前を呼ばれたので振り返れば、そこにいたのは、赤みがかった茶髪に大きな胸と首元に残る裂かれたみたいな傷跡が特徴的な美人だった。


 にこりと笑みを浮かべる彼女の名は火村(あかね)さん。

 俺が探索者になってすぐの頃、偶然の出会いから色々と面倒見てくれた二級の探索者。所謂恩人であり、師匠とも言える人だ。


「やだなー火村さんだなんて水くさい。気軽に茜さん、または茜大師匠と呼びなさいって前に言ったと思うんだけど?」

「恩人にため口は恐れ多いですし、彼女でもないのに女性を名前呼びはちょっと……照れます」

「変わらず初心だねぇ。それにしても……うんうん、立派に探索者のやっているようでお姉さんは嬉しいよ。出会った頃、表層でヒーヒー鳴いていた新人とは大違いだ」


 どっこいせと、火村(ひむら)さんはわざわざ声に出しながら隣に座ってくる。

 隣同士で近いからか、鼻を擽ってくるのは彼女の、正確に言えば彼女がつける香水の爽やかな匂いにつドギマギしながらも、表に出さないよう顔に力を入れて誤魔化す。


「それでどうだい? あれから結構経ったけど、そろそろ二級へ上がる目処は立ったかい?」

「あー、ないっすね。あくまでバイト代わりなので、表層で採掘がメインです」

「えーもったいない。この私が探索者のいろはを叩き込んであげたんだよ? 君は謂わば私の弟子なんだから、そんな表層で燻って欲しくはないんだよなぁ」


 俺の答えを聞いた火村さんは、顔に手を当ててまで露骨に残念がってくる。


 二級へ上がる、か。

 流石は二級探索者。どんな期待をしているのかは知らないが、二級の取得は三級資格を得るのとは桁違いの難易度だというのに、随分と簡単に言ってくれるものだ。


 ダンジョン上層での活動時間、五年以内で千五百時間。

 筆記、実技、面接試験。

 更にはダンジョン庁所属の探索者による、中層以降における研修審査。それらを乗り越えてようやく得られるのが二級探索者という資格なのだ。


 三級を得た探索者の卵の中で、ダンジョン初日を越えて続けようとする者が一割。

 その一割の中で、二級への昇格条件である活動時間を達成出来るまで続くものが約半分。

 そして更に条件を満たした者の中で試験に合格して二級の資格を得ることが出来るのは一割とされている。


 有名なダンジョン配信者(ライバー)の多くが二級ないし一級を持っているので取りやすい資格と思われがちだが、一般探索者からすれば二級保持者は化け物でしかない。


 故に探索者の間ではこう言われている。──級の差は、ただしく次元の差であると。


「あー、もしとめる青年が探索者稼業に本腰入れて二級まで上がってくれれば、私も気兼ねなく助手のオファーを出せるんだけどねぇ?」

「……事務とかじゃ駄目ですか?」

「ハッハ、弟子には厳しくしないとねぇ!」


 何が面白いのか。バシバシと肩を叩いてきながら、楽しそうに笑う火村さん。

 ……弟子、か。

 この人の期待に応えられないのは申し訳ないが、それ自体はなんか悪くない響きだな。悪くないや。

 

『お待たせいたしました。番号二百三十三番の方、三番の窓口までお越しください』


 二人で話していると、課内へ鳴り響くアナウンスと電光掲示板に示される案内番号。

 また一つ順番が進んだなくらいに思っていたのだが、隣で紙を取り出した火村さんは、忌々しそうに顔を歪めてしまう。


「あー私だ。まったく……散々待たせといて、せっかくの雑談相手が来た瞬間にこれなんだから困ったもんなんだよ』

「世の中なんてそんなもんですよ。それじゃ、また」

「うん、それじゃあ……あ、そうだ。今度今度と後回しにしていたら、そのまま人生終わっちゃいそうだからね。そろそろ連絡先、交換しちゃおうぜ?」


 そうして火村さんは立ち上がり、そのまま去ろうとして──けれど思い出したようにスマホを出してきたので、なるほどと自分も取り出して操作していく。

 

 そういえばまだ交換してなかったか。

 出会ってから結構経ったとはいえ、恩人とはいえダンジョンや役所でしか会わないし、わざわざ連絡を取る間柄でもないからな。すっかり忘れてた。


 しかし……へー、火村さんのアイコン、火なんだ。名前どおりで趣きあるな。

 

「とめる青年は幸運だぜ? 何たってこーんな美人のお姉さんから連絡先をもらえて、あまつさえ食事に誘ってもらえてるんだからね?」

「まあそうですね。火村(ひむら)さんほどの美人は大学にもいないですから」

「……相変わらずシラフで小っ恥ずかしいこと言いやがって、ほんっと可愛いやつだなぁ!」


 にやりと笑みを浮かべながら自画自賛する火村さん。

 まあ美人なのは事実だしと素直に答えると、火村さんは一瞬固まってしまうも、すぐににやけながら俺の肩を抱き、わしゃわしゃと頭を撫でてくる。


 ……薄々感じていたのだが、この人、俺の事をペットかなんかと思ってそうだな。


「ちなみにとめる青年、確か初めて会ったときは十九だったよね? もうお酒は飲めるのかい?」

「まあはい。この前二十になったので、安い店ならいけますけど」

「なら良かった。当面は忙しいだろうから難しいけど、落ち着いたら成人記念に奢らせてくれよ。それじゃあね」


 そうして火村さんは俺に軽く手を振り、今度こそ去っていく。


 格好いい大人。歳上の美人。探索者として先輩であり師。

 ぼんやりと彼女の背を見つめながら改めて考えてみると、惚れてしまう要素のバーゲンセールみたいな人だ。

 

 ……まったく、相変わらず罪な人だな。

 きっと俺のときのように多くの新人を助け、あの距離感の近さで多くの男を勘違いさせてきたのだろう。最初の頃にそういう人だって理解したから軽傷で済んだけど、今でも油断したらコロッと惚れちゃいそうだよ。

 

 しかし久しぶりに会ったけど、やっぱりどことなくホムラに似ている気がするな。

 話し方や声、何より首に刻まれた傷が別人なのを物語っているし、そもそもあの人は二級で、ホムラは一級だから絶対に違うのは分かってはいる。それでも、何となくそう感じてしまうだけだ。


 まあ仮に火村さんがホムラだったとして、それがどうしたって話ではある。

 現実は創作のように甘く激しく優しくなんてなく、正体の判明から二人三脚の一大ラブコメスペクタクル……なんてことにはならないのだから。


『お待たせいたしました。番号二百三十四番の方、三番の窓口までお越しください』


 一人になってしまったので再びだらりとしながら、少し眠気が生じたので、リュックを枕に目を瞑る。

 俺が受け取った番号は二百六十七番。呼ばれるまで、まだまだ時間はありそうだ。

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