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秘密探索者、特別二級

 ナナシと呼ばれた忍者風とヤシロさんによって、人の形をした謎の怪物から逃れた俺と(あおい)先輩。

 二人の後に続いて十六階層から帰還した後、そのまま解散というわけにはいかないのか、まるで刑事ドラマでよく見るようなダンジョン庁の聴取室に連れ込まれていた。


 実際、まるで取り締まりみたいだ。

 俺と葵先輩が横並びに、ライトスタンドの置かれたテーブルを挟んで向かい側に座るヤシロさん。

 まるで敏腕刑事と軽犯罪バカップルの自嘲聴取みたい。……一人の存在を除けば、そんなシーンも撮れそうだ。


「ねえきーみ? なーんでそんなに警戒するのさ? これでもうち、命の恩人っすよ?」

「……なんでって言われても、男同士なのに距離感が近いからっすね」

「へえ、よく分かったっすね。初めてうちを見る人って、みんな女だと思ってくれるのに。ふっしぎー?」


 パーソナルスペースとかガン無視した馴れ馴れしさで、えいえいと頬を突いてくる忍者風の女()()()

 例え相手が男だと分かっていてもグッときてしまいそうな完成度に、心の底から不快だと指摘してやれば、何故か遊び道具を見つけた猫みたいににんまりと口元を緩められてしまう。


 ……勘弁してくれよ。ほんとまじで、冗談にならないから。


 確かに普通の人であれば、髪の長さも相まって中性的な美少女だと思うであろう整った容姿をしている。

 だが残念なことに、俺は女装云々には恐ろしいほど鼻が利く。利いてしまう。

 全ては忌まわしき去年の学祭のせい。自己防衛のために脳の奥底へ封印した、あの屈辱極まりない思い出のせいで百発百中と言ってもいいレベルで見分けがつくようになった。


 嗚呼、まずい。天然ものの男の娘なんて見せられたら、思わず思い出しそうになってしまう。

 客引きのために無理矢理着せられ、本気でメイクされたせいでちょっといいかもとか思っちゃったミニスカメイド姿。

 クオリティのせいで謎に人気が出た中、無駄に忙しい地獄を乗り越えて歩いていたミスコン覇者にそっくりな美女にナンパされ、有頂天になりそうだった所で雉を撃ちに行ったら何故かトイレ内に付いてきて隣で用を足し始めた彼女に付いていたギガントマンモス……。


 恐ろしい。坂又(さかまた)部長や(かのう)先輩に話したらそれはもう爆笑されたが、当事者としてはトラウマになりそうなほど衝撃的な思い出だ。

 だって、だってさ。あの男の娘、地味に初恋だったんだもん。鏡を見たとき女装してる自分も案外悪くないなとか思っちゃったんだもん。

 あのままじゃ何かいけない趣向に目覚めてしまいそうだった辛い記憶。叶うことならいつまででもなかったことにしておきたいね……ぐすっ。


「ブッハハ! どうしたナナシ! 自慢の色仕掛けも衰えたか?」

「うるさいなぁ。ちょっとバーで飲んだらコロッと引っかかったスケベに言われたくないんすけどー?」

「そりゃしゃーねえな。何せ小生意気な態度と下のイチモツがなきゃ、お前さんが最上級に良い女なのは事実だからよ。致死量レベルの毒蜜とはいえ、誘われたら応じねえわけにはいかねえだろ?」

「えっ!? ま、まったくおっさんはこれだから……もうっ」


 この狭い部屋だと一層響く、高らかな笑いを上げるヤシロさん。

 今まで余裕そうだったナナシは、まるで小娘のように顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。

 

 ……何これ、もしかしてイチャついてるのを見せつけられてる?

 どうやらお二方、並々ならぬ過去をお持ちなご様子だけど、他人の趣味には口出ししないよ。うん。


「う、ううう……」

「下ネタぶっこんでないでとっとと本題入ってくださいよ。暇じゃないんすよ、俺らも」


 ともあれ流石にお腹も減ってきたし、何より葵先輩にはちょっと刺激的すぎたらしく。

 あんまりにもあんまりな絵面なので、とっとと進めるようテーブルに頬杖突きながら進言すると、ヤシロさんは「悪い」と素直に謝ってこちらへ向き直してくれる。

 

 ほら見てよ、この俯いちゃってる葵先輩のりんごのように真っ赤な頬を。

 そこの男の娘が何歳なのかは知らないけど、おっさん二人の居酒屋テンションを現役女子大生に聞かせないでくれるかな? そういうのは人を選ぶんだぜ?


「ああ悪い悪い。そんじゃ始めよう……ってナナシ、てめえどこ行く気だ?」

「あんたがいれば十分でしょ。うち違う仕事あるんで、今日は失礼するっす。そんじゃバイナラー」

「あ、おい! ……まったく、これだから例外扱いの雇われは嫌なんだ。ちくしょうめ」


 ナナシは呼び止めるヤシロさんを無視し、こちらにひらひらと手を振ってから部屋を出て行く。

 そのあんまりな自由人っぷりを前に顔に手を当てながらため息を吐くヤシロさんへ、心の中で少し同情してしまいながら、ようやく話に入りそうだと突いていたテーブルに肘を上げて姿勢を正す。


「……あの、ヤシロさん?」

「ああ、んじゃ聴取という名の説明始めっけど、その前にあんちゃんには三つの権利がある。何も聞かずに帰るか、聞いてから帰るか、聞いてなお踏み込むかだ」


 ヤシロさん、選択肢一つに指を一つ立てながら、俺に取れる選択について説明してくれる。


 なるほどな。こんな所に連れ込まれはしたものの、何も聞かずに帰るなんて優しい道もあるのか。

 しかしこの言い方的に葵先輩は強制参加……さてはそっちが本命で、俺はおまけというわけね。納得。


「正直猫の手も借りたい人手不足なんで葵の嬢ちゃんには協力してもらうつもりだが、三級のお前さんまで無理に巻き込むつもりもねえ。手に負えなさそうだと一瞬でも感じたのなら、素直に退くってのも勇気だと俺は思うぜ? どうする?」

「冗談言わないでくださいよ。先輩置いて尻尾巻くとか、情けないにも程があるじゃないですか」

「即答かよ。惚れ惚れするほどの若さは嫌いじゃねえ、じゃあ二人ともこれに一筆頼むわ」


 二人で見ない振りして日常に帰っていいって言われたら考えるが、そうじゃないなら悩む間すら必要ない。

 時間を止めて長考する必要さえなく、さっさと肯定してみれば、にやりと笑ったヤシロがその大きな手でテーブルを滑らせてきたのは、結構な文章の書かれた一枚の紙だった。


 えっとなになに……私(以下甲とする)は、以下の事項に同意し厳守することを誓約いたします。

 一、甲は今案件における全て、特別二級探索者についての一切を口外しないことを了承する。

 二、口外した事実が確認された場合、甲はその時点で探索者資格を剥奪し、監獄への収監を承諾する。

 三、甲が今案件への協力に同意した場合、解決に至るまで放棄出来ない。

 四、甲が途中で協力を放棄した場合、情報口外と同様に、探索者資格を剥奪と監獄への収監を了承する。 


 ……な、なーにこれぇ? 剥奪だの収監だのえらく物騒なこと書いてあるじゃないの。

 さてはこれ、学生の小僧がぱっと見ただけでも分かるくらいにはとんでもない要求されてんじゃねえかな。そしてまず、特別二級探索者とかいう謎の位はなんぞや?


「悪いがこれから話すことは結構な範囲で口外不可能な機密に触れるもんだ。踏み込むも背を向けるも自由だが、聞くのならこれにサインしてもらい一切の他言を禁止させてもらう。そういう決まりなんだ」

「……薄々感じていましたけど八代(やしろ)さん、貴方が絡み、これを書かされるということはそういうことなんですね」

「まあそうだな。前回は確か……大体一年いかねえくらい前だったか。こうも間を置かずにまた頼むことになろうとは、最近のダンジョンは外も中も騒がしくて敵わねえよ」


 葵先輩の言葉に頷いた後、辟易したようにため息を吐くヤシロさん。

 二人だけで通じ合ってることにちょっとだけジェラシーを抱きつつ、テーブルに用意されていたボールペンで

 

 おっ、この金持ちが小切手にゼロいっぱい書いてそうなボールペン超書きやすいな。

 昔百貨店で一本五千円くらいのボールペンを見つけて憧れたこともあったけど、やっぱり高いと書きやすさから違うんだろうな。いつか大成したら買おう、うん。


「……確かに。しかし臆さねえなあんちゃん、前も思ったが三級にしちゃ随分と肝座ってやがる。もしかして、誰かにみっちり鍛えられた口か?」

「ええまあ。探索者のいろはを仕込んでくれた、尊敬している恩人のおかげです」

「なるほど、そいつは良い師匠を持ったな。縁ってやつは望んでも得がたいもんだ。そいつに恵まれてるやつは大成するってのが俺の持論だからな……よしっ、特に問題なさそうだな」

 

 二枚の誓約書を受け取ったヤシロさんは世間話をしながら記載した部分を、とはいっても名前だけだが目を通し、問題ないと頷きながら書類をテーブルに置いてから両肘をテーブルへと突いた。


「さてよ、時田のあんちゃん。改めて自己紹介させてもらうが、俺の名は八代(やしろ)(つよし)。特別二級探索者としてダンジョン庁に所属させてもらってる、普通よりはちょいと特殊な探索者だ。ま、だからといって態度は変えずによろしく頼むわ」


 以前とは違い、自己紹介を済ませたヤシロ改め八代(やしろ)さん。

 先ほども出てきた特別二級という単語もそうだが、何よりダンジョン庁所属という言葉が引っかかってしまう。


 ダンジョン庁が実績等を考慮し、特定の探索者に依頼を出すというのはよく聞く話だ。

 主に二級以上にのみ関係ある話だが、少し難度が高い代わりに相応の報酬を約束されていたり、噂では一級昇格への内申点みたいなものが多めに追加されるとかそんな感じで双方に利があるとか。最近はダンジョン配信者(ライバー)へ公開前提の依頼を出す、なんてこともあるくらいだ。

 

 だがダンジョン庁に直接所属し、いつでも動かせる手駒としてある探索者がいないのは常識と言ってもいい。少なくとも、日本では存在を許されていないはず。

 探索者同士の情報差が広がる恐れがあるなどといった建前と、何よりダンジョン庁が直接戦力を保有すること自体に反発の声が大きいため。その辺については詳しくないが、坂又(さかまた)部長曰く政治の領分らしい。


 元々探索者は資格を有している以上ダンジョン庁の手の内ではあるのだが、それはそれ。

 要はダンジョンの中でならいくらでも揉み消しを任せられる始末屋を雇っているのと同義。普段は鼻で笑える陰謀論さえ否定できないほどの秘密。それが目の前に実在しているのだから、常識が裏返ったような気分にもなるだろう。


「お、疑問があるって顔だな? 感心感心、よく勉強しているじゃねえか。最近のガキ共ってのはここさえ突っかからないやつが意外に多いのなんの、質問しようにも聞くべきことさえ分からない良くあることだが、自分の命を懸けているって自覚に欠けたやつばかりで嫌になっちまうよ」

「……まあ、これでも二級目指して勉強中なんで、普通の三級よりかは詳しいつもりです」

「へえ、あんちゃんは上がるつもりだったか。進路を見据えていて何よりだな、大学生?」


 いまいち現実に追いつけていない俺に、八代さんは楽しげに笑ってみせる。

 

「そんでまあ特別二級探索者ってのは……簡単に言えば警察でいう公安みたいなものだ。表では二級探索者として活動しながら、その正体はダンジョンに関わる業務を秘密裏にこなしていく仕事人。どだ、ロマンあってかっこいいだろ?」

「……まるで都市伝説にでもなりそうな、或いはB級の映画に出てきそうな秘密身分ですね。噂のダンジョンの死神ってのも、実はあんたらの隠蔽工作だったり?」

「ははっ、残念ながらあれも目下調査中だ。本物の死神がいたらお手上げだが、いつかは暴いてみせるさ」


 どの口でと思いながら冗談交じりに軽口として言ってみれば、八代さんは自信満々に返してくれる。


 やべえな。そんな映画の中みたいな設定が現実にあるとか、本当に暴かれそうで超怖い。

 流石に時間停止なんて荒唐無稽すぎるしダンジョンの死神の正体なんてバレないだろうが、それでも今度からはもっと気をつけよう。バレてしょっ引かれて裏で処理されて、そんなバッド三拍子で人生終了とか冗談でも笑えないわ。


「ま、特別二級(おれら)はダンジョン内とは違った意味でブラックボックス。これ以上を知りたいならお行儀良く探索者やってるんだな。もしも腕が見込まれでもすれば、一級昇格時に誘いがくるかもしれないからよ。んじゃ、そろそろ本題入るぜ?」

「い、一級……ええっ」


 もっと詳しく聞きたかったが、強引に話を切り替えられてしまっては仕方ない。

 二級でもへーこら言ってるのに一級とか夢のまた夢だし、これ以上は一生聞けなさそうだな。残念。


「ごほんごほん。……(あおい)夕葉(ゆは)二級探索者、そして時田とめる三級探索者。今回お前達に協力を申し出たいのは、あるクソ厄介なダンジョン生物の完全駆除についてだ」


 八代さんは今まで見せていた笑顔を引っ込め、改まった口調で俺達にそう切り出してくる。

 聞かずに帰っておけば良かったと、この時点で後悔させるような真面目な雰囲気に、ごくりと唾を呑んでしまった。

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