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季節は秋飛んで冬の前

 長かった夏休みも終わり、季節は昼間の風が冷たくなってきた秋へ。

 昼間も冷房も必要としなくなり、長袖に衣替えながら、それでも肌寒さから上着を視野に入れ出す頃。俺は大学内の図書館にて、広げていた問題集に悪戦苦闘していた。


「すみません先輩。ここ、よく分からないんですけど……」

「どれですか? ああ、ここはですね?」


 一回解いたことある気がするけどまったく覚えていない四択問題に苦しんでいると、隣で例によって『蒼斧(あおの)レナは戦慄(おのの)かない』の七巻を読んでいた(あおい)先輩がパタリと本を閉じて、ちょっと緊張するほど顔を近づけながら優しく解説してくれる。


 現在勉強しているのはSEAT(二級探索者能力検定)の筆記対策。

 年を開けて少し、二月に入ってすぐに行われる二級探索者試験の一次試験こそ、目下最大の試練であった。


「二級試験と言えば、活動時間の方は間に合いそうなんですか?」

「ギリギリって感じですね。この前の規制のせいで、一人じゃ潜れなくなってるので……」

 

 問題を解説してくれた葵先輩は、そういえばと心配そうな面持ちで尋ねてくる。

 自分でもちょっと危機感を覚え出した件を突かれ、あははと乾いた苦笑いで返す他なかった。


 ボランティアーとしての務めが終わってからも、探索者活動をサボることはなく。

 まあそもそも生活がかかってるのだからサボれるわけもなく、何だかんだでノルマを繰り返していたので、そのままのペースでいけば年を越える前には条件を達成出来る……そのはずだった。

 

 だが先日起きた一件、あの忌まわしき殺人事件のせいでちょっと危うくなってしまっている。

 ダンジョン殺人事件配信事故。

 どっかのダンジョン配信者(ライバー)がたまたま探索者同士の殺し合いを目撃し、ライブに載せてしまったことから起きた一悶着で、映像自体は公開されていないものの結構な物議を醸している話題だ。

 

 ダンジョンで死者が出る。かつてに比べれば随分と減ったが、それ自体はおかしいことじゃない。


 ダンジョンの中はある種のブラックボックス。

 階層やダンジョンの種類にもよるが、ダンジョン生物に敗北し命を落とそうとも、例えいざこざから殺しに発展しようとも、原因不明で片付くケースは少なくない。

 

 その不明瞭さ故に、かつてはその日本でさえ腕の立つ探索者を高値で雇い、時に殺しを命じたり、悪質な死体投棄の場として利用された暗黒期が存在したほど。

 噂じゃ海外ではまだいくらでもあるらしいが、少なくとも日本はゲート前の荷物検査でなくなったとされている。陰謀論者はまだ政治家がやってるなんて騒いでたりするけど。


 まあともかく、死者が出たのが今回の問題の本題ではなく。

 ダンジョン内での殺し合いという、明確な探索者の不祥事が配信という証拠付きで残ってしまった。それが一番肝心なのだ。


 配信自体はほとんど見られていなかったらしく、アーカイブもすぐに消されてしまったらしいのだが、どうにも厄介なダンジョン反対派(アンチ)に目を付けられてしまったらしく。

 さすがのダンジョン庁も事態を重く見たのか、それとも騒ぐ世間の声に内々で調査することが難しくなってしまったのか。ともかく、役所連中も珍しく重い腰を上げて大々的に制限を設けてきたわけだ。

 

 具体的には事件の起きた十六階層の一定区域への立ち入り禁止。

 そして何より厄介なのは、一級と許可の出た探索者以外はソロでのダンジョン探索の禁止である。


 前者はどうでもいいが、後者は非常にまずい。

 何故なら現役の三級探索者仲間がいない俺は、パーティ組もうと頼める人がいない。そのせいで二級試験の受験条件である千五百時間を満たせないかもしれなくなったというわけだ。


 唯一頼れそうな火村(ひむら)さんはとても忙しいらしく、俺に構ってる時間はないとのこと。

 流石に葵先輩に上層歩きを無償で付き合ってもらうわけにもいかないし、先が見えなさすぎるのだから、試験勉強に身が入らなくなるのも当然だろう。


 ……そろそろ諦めて、これを機にコミュニケーションを頑張らないと駄目かなぁ。

 SNSだのネットの掲示板でパーティ組んでもらうか、或いはダンジョン庁のロビーで同じような境遇の人に声を掛けるか。……でもなぁ、即席のパーティって組まない方がいいくらいには面倒なんだよなぁ。


「……はあっ」

「だ、大丈夫ですか? ちょっと休みます?」

「ああいえ、ちょっと滅入っただけです。せっかく先輩の時間もらってるんですから、まだまだこれからですよ」

 

 心配するように覗き込んでくれる先輩の黒い瞳に、ドキリと心臓を弾ませてしまう。

 まあ実際、始めてからまだ三十分くらいだからね。この程度で音を上げるわけにはいかないとも。

 

「じ、時間だなんてそんな! わたしもダンジョン入れないですし、時田(ときた)くんと一緒にいられて嬉しいですよ! ……あっ」


 ガタンと、椅子から跳び上がるように立ち上がり、あわあわと大きな声で否定してくる葵先輩。

 場所にそぐわぬ大きな音の連続に、一気に集まってしまう注目の視線。

 葵先輩もすぐに図書室であることを思い出したのか、りんごみたいに顔を赤くしながら俯き、ゆっくりと椅子へと座り直した。かわいい。


 葵先輩もとい青柳トワは、俺と同じソロで活動しているダンジョン配信者(ライバー)だ。

 以前のダンジョンタウロスとの戦闘でバズり、そして犬耳ミニスカメイド系Vtuberラピスマ・リーフとのコラボをきっかけに更に知名度は上がり、今では登録者十万人間近という大躍進を遂げた青柳トワ。


 半年にも満たない登録者爆増は、さながら今年有数のシンデレラストーリーと言えるほど。

 登録者四桁時代から追っていた後方腕組み古参組としては、すっかり遠い存在になってしまった物寂しさはありながらも、どうかこのまま駆け上がってしまえと胸に秘めながら頷く所存だ。


 だが単独でのダンジョン探索を制限されている今、一人でやっている先輩もまたダンジョン内での配信が出来ずに、せっかくの躍進に水を差されることになってしまっていた。


 スタッフ雇えばいいのにとは思うが、いくら登録者が増えた所で個人配信者には限度がある。

 そもそも配信のスタッフというのは、軽はずみに増やしていいものではない。

 自分の仕事の半分を預け、視聴者の域を超えるほどに近い距離感で接さないといけないのだから、相当に信頼の置ける者を選ばないといけない。パパッと事務所が面接してくれるのならともかく、個人で人を雇うのは難しいだろう。


 もちろん一後輩として、先輩が困っているのなら協力したい気持ちはある。

 あるのだが……まあその、撮影スタッフに男がいると発覚したらコメント欄が酷いことになったり、ファンが邪推からの反転アンチと化して逆効果になりそうで怖くて迂闊に手は出せない。


 何より、今ダンジョン配信をするのは世論的に色々とまずい。

 ホムラをを筆頭とした大手の企業勢さえ自粛せざるを得ないというのに、もし個人勢が勝手してやらかしてしまえば更に反対意見を増やすことに繋がり、同業者からの顰蹙は計り知れない。

 最悪ダンジョン内での報復に怯えなければならない生活に陥ってしまう、なんてことになってしまう恐れがある。


 まあそもそも、日本におけるダンジョン配信の最大手サイトが自粛を促してるからな。

 企画ありきの企業勢ならともかく、個人が勝手やるのは難しい。今が探索者全体にとって耐え凌ぐ時期なのは間違いないな。


「……どうなっちゃうんでしょうね、ダンジョン」

「大丈夫ですよ。今回もすぐ収まりますって、それより時田くん? ペンが止まってますよ?」


 僅かに口元を緩めながら窘められてしまい、苦笑しながら再び問題集に向き合う。

 

 しかしこうやってると、なんか先輩が家庭教師みたいに思えてしまうな。

 美人家庭教師(あおい)夕葉(ゆうは)……いい、出来れば赤縁の眼鏡とちょっとよれた黒スーツであれば尚エクセレント。

 俺、百点取ったらご褒美に「仕方ないなぁ……」って呆れられながらエッチなことしてもらうんだ。……馬鹿なこと考えてないで勉強しよう、うん。

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