さらばバカンス
次の日。
別の部屋に布団を敷いたはずなのに、何故か俺を抱き枕にしていた火村さんに起こされた俺は、シャワーをでさっぱりしてから朝食を済ませ、少し休んでから帰りの支度をしていた。
「……やっぱり寝相、最悪でしたね」
「違うって! トイレ行った後に部屋間違えちゃっただけだって! 他意はないから! な!?」
トランクへ荷物を詰め込みながら、そういえばとばかりに言ってみれば、火村さんは珍しく大きく取り乱しながら強く否定してくる。
そこまで断言されてしまうと、それはそれで男としてはショックなのだが。
それにしても、そんなに寝相気にしていたのか。……これからはなるべく触れないようにしよっと。
「ったく、まさかこんな意地悪な弟子だとは思わなかったよ。親の顔が見てみたいわ」
「それはちょっと。あ、でも探索者の師匠の顔ならすぐ横にありますので鏡でも貸しましょうか?」
「置いていっちまうぞ?」
「すみませんでした。外から中まで素晴らしい美人師匠を持てて、俺は世界一の幸せ者です。はい」
よろしいと。
火村さんは大人げなく勝ち誇ったようなしたり顔でトランクを閉めると、ぼんやりとお世話になった家を見つめ、感傷に浸っていた俺の隣に並んできた。
「……どんな宿泊場所でも、別れの時間になると少し名残惜しくなりますよね」
「なるなる。ま、私にとっては所詮実家だから微塵も湧かないけど」
何が面白かったのか、火村さんはけらけらと笑ってから、ぽんと肩に手を置いてくる。
「……ま、残ってたらまた連れてきてやるよ。都会だと軒下でバーベキューなんて難しいからな」
「残ってたら?」
「ああ。……いい加減、この家手放そうと思ってんだ。確かに墓参りには便利だけど、日帰りで来られる範囲だし管理するのも面倒でな。それにいつまでも思い出にしがみつくのもなって、最近少し思えてきたんだ」
俺ではなく家を向きながら話す火村さんは、昨日までと違って少しすっきりしたような顔で。
……ま、何が違うのかは分からないけど、何かが軽くなる手助けでも出来たのなら良かった。
やっぱりそういう顔の方が似合うよ。俺が尊敬する探索者、火村さんって感じだ。
「……今更なんですけど、他のご家族ってどうしてるんです?」
「ああ、言ってなかったか? ゆうが死んでから母さんは出ていって、父さんはそのまま残ってたけど何年か前に病でぽっくりとな。ま、元々ゆうが高校卒業したら離婚しようって決めてたらしいから、家族が終わりは数年早まったってだけのことよ」
ハハッと気軽に笑いながら話されても、どう反応して良いかさっぱりなほど重いんだけど。
流行ってるのかな悲しい過去持ち。俺も頑張って生やした方がいいのかな、衝撃の過去ってやつ。
「んじゃそろそろ行くぞー。忘れ物はないかー?」
「ないでーす。強いて言えばー、この夏を置いていきたくないでーす」
「そりゃ結構。んじゃ出発ー」
渾身のネタを綺麗に流されながら車に乗り込み、けたたましく響くエンジンと共にお世話になった家を後にする。
始まる前はあんなに長そうだと感じた夏も、もう随分と終わりが近づいてきている。
去年は、そして今まではあんなにも長く感じていたというのに。──ま、こういうのも悪くないな。
「ところでさ、本当にそばでいいの? せっかく勝ったんだから、もっと高いもんでもいいぜ?」
「いいんですよ。美味しいし、何かの締めって感じでいいじゃないですか。そば」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回にて三章は終了となります。次回番外編を投稿し、四章に入りたいと思います。
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