大人の子供遊び
オーナー火村によるスペシャルカー、ホノオちゃんでの爆走珍道中は思いの外盛り上がった。
老舗って感じの店で豪華絢爛な海鮮丼を奢ってもらったり、アウトレットに連れられてショッピングに付き合わされたり。
結局アウトレットでは何も買わなかったし、競馬場には行ったものの今日はレースをやっていなかったため無駄足で火村さんがそれはもう落ち込むなんてこともあったが、それもまた良い思い出の一つだろう。
そうして何だかんだ二人旅を楽しんだ後。
夏の空が茜に差し掛かろうという頃、今日泊まるホテルに向かうのかと思えばそうでもなく。
何故か大型のスーパーへと寄ってから、ちょうどいい感じの田舎の光景へと移り変わってきていた。
「遠慮するなって言ったのに、本当にあんだけで良かったのか?」
「火村さんが買いすぎなんですよ。一泊だけであんなに買う意味あります?」
「さあ? ま、この辺たいした店ねえからな。足りないよりかは余る方がいい、だろ?」
例え半額で売っていても手を出せない、グレードの高い肉やら酒をじゃんじゃらと。
カード一括で購入され、トランクに仕舞われたクーラーボックスに詰め込まれた食品共は、少なくとも俺の一月分の生活費なんて優に超えてしまっている。
……薄々感づいてたけど、この人結構というか相当に金遣いが荒いよな。
イメージ通りではあるし相応に稼いでるからこそなんだろうけど、それでも思っていた以上でちょっと驚いてる。金持ちってみんなこんな感じなのかな。
「えっと、ホテルじゃなくて普通の家に見えるんですけど?」
「そりゃ私の実家だからな。……まあもう誰も住んでねえから、ボロい別荘みたいなもんだ」
やがて火村さんが車を止めたのは二階建ての、どこかこじんまりした一軒家の駐車スペース。
ごく普通の、上流からはかけ離れた一般的な家族が暮らしていそうな、少なくとも乗ってきた高級外車が浮いてしまう程度の家を目的地と言われ、思わず戸惑ってしまう。
家が冨、名声、力を兼ね揃えた上流階級……ってわけではないんだな。
それとも、ここが何十何百と所持している土地の一つって可能性は……ないか。本当に金持ちならもっとちゃんとした別荘持ってるだろうし、こんなちんけな土地と家なんて必要ないだろうよ。
「あら茜ちゃん。久しぶりだねぇ、相変わらずじゃじゃ馬やってるかい?」
「よおタツさん。相変わらずイカした恰好してんな」
「あたしゃ生涯現役だからねぇ……ってあら、後ろの坊やは裕太君? 生き返ったのかい?」
「ばーかボケんな。ゆうとは似てねえし、墓から人が出てくるわけねえだろ?」
たまたま家の前を通りがかったのは、ちょっとファンキーなおばあさん。
火村さんはそんな言葉どおり生涯現役だろうなと分かるおばあさんと親しげに話し、去っていく彼女へ手を振って見送った。
……弟がいたのか。まあでも、思い返せば確かに引っ張る強さは姉のそれかもしれないな。
「ほら上がりな。あ、スリッパはちゃんと履いとけよ。定期的に虫や害獣の対策はしてるが、それでも絶対いないわけじゃないからな」
「あ、はい。おじゃまします」
中へと案内され、スーパーで選ばされた室内用のスリッパを履き替えて家の中へ入っていく。
家内は換気の必要があるほどこもっており、少々古さを感じさせる壁ではあるものの、誰も住んでいないにしては清掃が行き届いている。
田舎の家だからと少し身構えたが、ぱっと見た限りでは何の変哲もなく問題もない、どうしようもないほど普通の家だった。
「悪いんだけどさ。外でちゃちゃっと野暮用済ませてくるから、キッチンの冷蔵庫に物ぶち込んでから家で寛いでてくれ」
「ああはい。一応ですけど、入っちゃいけない部屋とかあります?」
「あー、別にない。かといって面白みがあるわけでもないけどな」
キッチンには小型の冷蔵庫があるだけで、あとはまるで引っ越したてみたいに簡素な伽藍堂。
食器棚もなく、恐らくあったであろう食卓を囲むテーブルもない。
誰かが住んでいる場所ではなく、所々にその名残だけある跡地。それがこの数分でこの家に抱いた感想だった。
設置されていた小型の冷蔵庫を開いてみれば、ひんやりとした空気が外へと飛び出してくる。
中には何も入っていないが、これなら問題ないとクーラーボックスの中身を全部入れ終わってから、一応水道やガスも確認してみたが問題なく使用出来ることに一息つく。
何というかちぐはぐな家だな。住んでいないけど手入れはされている、まるで宿みたいだ。
「……仏壇、か」
ひとしきりやることは終わって、それでもまだ家主は帰って来ることはなく。
あんまり人の家を漁るのもあれなのでと思いながらも、冷房があって休めそうな部屋を探していると、居間らしき部屋の中で小さめながらしっかりとした仏壇を発見してしまう。
飾られている古めの写真には火村さんと同じ赤みがかった茶色の髪の、あどけなさが残りながらも利発そうな笑顔をした少年が写っている。
小学生ではないだろう。恐らくは中学生か、それとも高校生か。
どちらにせよ、仏壇に飾られるには早すぎる歳には変わりない。火村さんが二十代後半だとして、随分前に亡くなったのだろうと推測出来た。
……そういえばあの人、スーパーで線香とか買ってたよな。もしかして、そういうことか。
この家に来た意図を何となく察しながら、生憎火村さんが全部持っていたので線香はないが、代わりに先ほど買ってもらった菓子を供えてから手を合わせる。
名前も知らない弟さん。貴方のお姉さんの恋人でもないけれど、今日は泊まらせてもらいます。
ところでこれ、弟子程度の俺じゃなくて彼氏がやるべきイベントだよな……?
「帰ったぞー……って、こんな所にいたのか。利口だと思ったが、お前も案外悪ガキなんだな」
「偶然ですよ。見ちゃまずいものでしたか?」
「いーや? 別に恥じるものでも隠すものでもない。どうせあとで、話そうと思ってたしな」
ほんの少しだけ微笑みながら、俺の隣へやってきた火村さん。
線香に火を付け、ちんと小さな鐘みたいなやつを鳴らしてから、目を閉じて手を合わせる。
目を閉じる彼女は、何故か少しだけ苦しそうで。
まるでいつかの後悔を嘆いているみたいな、目の前の人へ懺悔するかのような、そんな初めて見るような表情に不思議と目を奪われてしまった。
「……ありがとな。ゆうに、弟に手を合わせてくれて」
「……ま、今日泊まらせてもらうんですから当然っすよ」
ふと呟かれた火村さんのお礼に、自分でも不思議なほど素直に返事出来ず。
そんな二十にもなって大人になりきれない俺に、火村さんはそれこそ姉のような優しく微笑みを見せてくれた。
「よし、じゃあちょっと待ってろ! ちょっくら着替えて準備済ませたら、外出っからな!」
数秒経ち、元通りの調子へと切り替えた火村さんは唐突に提案してくる。
相変わらずすぎる押しの強さと、いつも通りな彼女の見惚れてしまう笑顔に、やれやれとばかりに肩を落としてしまいながらも喜んでしまう自分がいた。
あれから着替えた火村さんに連れられたのは、近所にあった神社だった。
「どこに行くと思ったら縁日っすか。やってるの知ってたんですか?」
「いや? さっき浴衣姿の奴らを見かけたんで覗いてみたらジャストってわけ! いやー流石私、帰省のタイミングも完璧ってわけよ!」
鳥居から本殿まで。境内に縦に真っ直ぐ、結構な数の屋台が開かれている。
小規模ながらに決して貧相ではない。そんな地域の人の尽力で開かれた縁日は、都心で開かれるそれにも負けないほどの活気があるような気がしてならなかった。
……縁日なんて小学生以来か。
あのときは小銭さえまともになくて、何も買えないから適当に見て羨むだけだったな。……今も変わんねえ、世知辛いことこの上ないな。
そんで火村さんもわざわざ浴衣になんぞ着替えちゃって、思わず唾を呑んでしまうほど似合ってるのがまた憎たらしい。
黒を基調とした赤と白の花を柄とした浴衣はとても上品で、綺麗系な火村さんの美しさをより引き立たせている。
どうしてそんな綺麗な浴衣があんな家にあったのかと疑問は尽きないが、まあ火村さんだし気にしたって仕方ないか。
「んじゃ行くぞー! 財布空にするつもりで遊び尽くすぞー!」
「……おー」
そうしてにかりと、歯が見えるほど綺麗に笑みを見せながら歩き出す火村さん。
子供よりはしゃいでいそうな彼女の姿に、やれやれと首を横に振ってしまってから後に続いていく。
「む、難しい……」
「はー駄目だなとめる青年。探索者なら金魚くらい華麗に……あ、ポイ破けた」
初めての金魚掬いに悪戦苦闘していた最中、隣で笑っていた火村さんがデメキンに完全敗北したり。
「……食べたことないからよく知らないですけど、お祭りのりんご飴や綿飴って一つ食い切れなさそうな大きさですよね」
「あー、まあ分からなくはないが、私は食い切れる派だったからなぁ。……お、噂をすればりんご飴あんじゃん。んじゃ半分こな!」
何故か買うことになった、人生初のりんご飴で間接キスみたいになって気恥ずかしくなったり。
「これ当たり入ってないだろ! 全部引いてやるから箱持ってこいゴラァ!」
「タンマタンマ! こういうのは入ってないのを楽しむものだから! ステイっすよ!」
絶対に当たりの入っていないくじに、何故かむきになってしまう哀れな大人を羽交い締めで止めたり。
「この、この……!!」
「ほら、いけ! ちゃんと当てろ! 私の弟子ならこんくらい倒してみろ!」
現金でも金に糸目をつけないせいで、射的で大きな熊のぬいぐるみ相手に無茶ぶりされたりと。
幼い頃に憧れながらも何一つ出来なかったことを、火村さんのマネーパワーが叶えてくれながら、大の大人二人がガキみたいにはしゃいで回っていった。
「あー楽しかった! 初めてやったが、縁日で金使うのっても悪くねえ快感だな!」
「……はふはふっ。縁日でこんなに食べるなら、あんなに食べ物買う必要なかったですね」
「ばーか! それはそれ、これはこれだっつーの! 探索者のくせにまさかもう食えないなんて言うんじゃないよな、とめる青年?」
そうして結構な枚数のお札を犠牲に、一通り回り尽くして帰り道。
はふはふと、先ほど買ったたこ焼きを歩き食いしながらつい口に出してしまうと、隣でビールを飲みながら歩いていた火村さんは腹から笑い飛ばし、俺のたこ焼きをひとつまみして口へと放り込んでしまう。
……確かに食が体を作りはするが、探索者は力士ほど食べることに力注いでないっつーの。
「……ほんと、悪くねえなぁ」
火村さんの掠れる程度の、過去を憂うような呟きは聞かなかったことにしながら帰路に就く。
だって俺達は隣にいたとしても少し離れていて、そこらにいるカップルのように手さえ繋がず歩くだけ。どこまでいっても、そんな関係でしかないのだから。