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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者と小休止と恋模様と
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スーパーなカーホノオちゃん

 こうして無事、この二日ですべき務めは果たした。


 最後に旅館へ戻ってきたのは、やはりというべきか篝崎(かがりざき)君と星川(ほしかわ)さん。

 二人は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、それでも手は恋人繋ぎでがっしりと。

 こっちの方が胸焼けしそうないちゃつきっぷりを見せられてしまえば、告白の結果くらいどんな鈍感でも察せられるだろう。

 

 ……ちなみにだが、星川(ほしかわ)さんは篝崎(かがりざき)君の好意にまったく気付いていなかったらしい。

 あんなにも露骨だったというのに、直感の魔法(マジック)を持っていても気付けないほど鈍感だったのか。或いはそれを持つが故に気付けなかったのか。

 結局真実は闇の中だが成就したので最早どうでもいいことだと、内心美男美女カップルに嫉妬しながらもおめでとうだけ言っておいた。


 その後温泉で汗を流し、夕食を食べて、みんなでお酒を飲んでからぐっすりと眠りに就いた。


 旅館への帰り道に昨日の昼間のチンピラが徒党を組んで囲んできたので仕方なく時間を止め、全員諸共最寄りの交番の前へと移動させたり。

 せっかくカップル誕生したので二人にしてやりたいと、急遽篝崎(かがりざき)君と夏江(なつえ)さんがチェンジになったけど、特に問題なく四人で日が変わるまで酒盛りして楽しんだり。

 そして最終日の朝。あんなに離れていたというのに何故か隣で寝ていた寝相最悪の夏江さんを、わざわざ時間を止めて元の布団に戻してあげたりと色々あったが、その辺はどうでもいいのでカットで。


 そんなこんなで楽しいだけではなかったが、そこら辺も含めていい思い出。

 何せ学校行事以外では生まれて初めての同世代との宿泊旅行だったからな。他の人にとっては一旅行だろうが、俺にとっては忘れることのない大切な思い出になるに違いない。そんな気がする。

 

 そして同じ部屋にしてやった二人だが、案の定しっぽりヤッたらしいのが一目瞭然だった。

 こんな高級旅館で盛るのはどうかと思うが、まあ付き合いたて大学生なんて猿よりも発情期だし仕方ないだろう。

 ……それにしても篝崎(かがりざき)君、あんなに不安そうだったのにちゃっかりゴム持ってやがったんだな。けっ。


「二日間、本当にありがとうございました。一アルバイトの身にもかかわらず、こんなにも至れり尽くせりな待遇を用意してもらえたこと、感謝してもしきれないです」

「いえいえ、お礼を言うべきはこちらの方です。思いの外人員が集まらず困っていた所だったので、皆様の尽力には大変助けられました。出来れば来年もお願いしたいほどに手際が良かったと、スタッフ一同感激しているくらいですよ」


 チェックアウトを済ませ、玄関前で先に待っていた火村(ひむら)さんと部長が握手を交わすのを眺める。

 胡散臭い笑みに畏まった話し方。相変わらず、普段のちゃらんぽらんはどこへやら。

 やはり社会はありのままでは渡っていけないのだろうと、いずれ来る将来が億劫になっていると、唐突に火村さんは手を叩き、いつもダンジョンで見るような笑みや話し方へと戻した。


「さて! というわけで、堅苦しいのはここまでだ! この後は直接帰るのか?」

「そうですね。こちらで提案の出ている場所をいくつか観光しながら、ゆっくりと帰るつもりです」

「そか。それなら事故には気をつけてな。全員解散するまでが遠足だからよ、任せたぜ最年長?」


 優しく部長の肩を叩き、それで挨拶はしまいだと。

 名残惜しくもある高級旅館に背を向け、キャリーケースを転がしながら二日ぶりの車に向かおうとした。

 

 ──そのときだった。何故か俺だけ、火村さんにがしっと肩を掴まれてしまったのは。

 

「……えっと?」

とめる青年(おまえ)は残りだ。今日一日、私とドライブランデブーだ。どだ、嬉しいだろ?」


 ……はっ?


「は? いや、俺もう十分満喫したんですけど……」

「なんだよ。さてはお前、師匠の誘いを差し置くほど重要な予定でもあるのかよ?」

「いやまあないですけど、ないけどさぁ……!」

「おっしゃ、なら決まりだ! それじゃみんな、縁があったらまた会おうな!」


 そうしてがっしりと腕を掴まれてしまい、有無を言わせぬまま火村さんに連行されてしまう。

 嗚呼、この後みんなで海鮮豊富な市場で昼食を食べてから、深海魚の見られる水族館を見学する予定だったのにぃ。


 ……まあ、別にいいか。

 部長達と離れるのはちょいと惜しいが、恐らくイチャつくであろう凜リナの桃色甘々バカップルに当てられたくないし、火村さんほどの美女とドライブが出来るのなら悪い気はしない。夏江さんも隣がいなければ快適だろうし、誰もがウィナーってやつだ。

 それに不思議なことに、火村さんならいくら集っても罪悪感が湧かないんだよね。なんでかは知らないがまあいいかなってなる、本人も楽しそうだしな。


 今日の夜に枠が立てられていた青柳トワの雑談配信を生で見たかった気持ちもあるが、大人しく諦めるとしよう。

 ライブは生で見るに限る派ではあるが、見逃してもアーカイブで追えるのも現代の便利な所。かつては有料会員限定でしか後追い出来ないサイトが覇権だったというのだから、配信という存在自体の発展を感じざるを得ないよね。


 んでちなみに、どんな車かバイクに乗せられるのかな。

 ライダースーツ着てかっちょいいバイクとかが似合うと思うけど、生憎キャリーケースあるしバイクの二人乗りって怖いから嫌なんだけど……はっ?

 

「さあ着いたぞ、見たまえとめる青年! こいつが私のスーパーカー、その名もホノオちゃんだ!」


 そんなこんなで大人しく連行されて、彼女の導きのままに足を動かした先にそいつはあった。

 見慣れない左ハンドルに、シャープで洗練された真っ赤な車体。

 まるでハリウッドスターがご愛用してそうなほど外車が目の前にあるのだが……まさか、これがホノオちゃん?


「……え、まじ? これ乗るんです?」

「そうだよ。ほれ、さっさと乗りな。トランクにケースぶち込んで出発するぞー」


 自慢げに親指を立てた火村さんは、さらりと車のドアを開けた後、ひょいと俺のキャリーケースを持ち上げてトランクへと詰めにいってしまう。


 ……上にドアが開く車とか、映画の中でしか見たことないんだけど。

 トランクが後ろじゃなくて前にある車があるのを初めて知ったし、何より座席が二つしかないじゃん。こういうのってよく助手席に金髪美女か大型犬乗せてるやつじゃん。


 ……いや、冗談抜きでいくらするか知りたいけど調べるのが怖くなる。

 例え大手企業勤めと二級探索者を合わせたとて、こんな金持ちの車を買えるほどの余裕が出来るとは思わないんだが……もしや火村さんって、超が付くほどの上流階級だったりする感じ?


「何してんだ? ほら、乗れ乗れ」

「あ、わわっ」


 あからさまに場違いな俺が入っていいのかと、乗ることさえ躊躇っていると火村さんに押し込まれてしまう。

 行きで乗ったバンの席とは別次元に上質なシートに、少年心のワクワクが抑えきれない車内。

 所詮は助手席でしかないというのに、まるで自分が物語の主人公になったかのような高揚感でキョロキョロしていると、けたたましいほどのエンジン音が鳴り響き、緩やかに発進し出す。


「はっはー! どうだこの音! エンジン噴かして速度に身を任せる、その瞬間こそ愛車の価値を一番実感出来るもんよ!」

「は、速え……」

「だろだろ? 東京は走れるように出来てないからな。そもそも過度な速度を必要としない日本で馬鹿高い車なんざ必要ないんだが、やっぱりいいもんだよな!」


 初めての高級車にそわそわしながら景色を眺めていると、火村さんはそれはもう愉しげに笑ってみせる。


 助手席にいるからだろうか。それとも今まで乗ったどの車よりも車高が低いからだろうか。

 同じ数十キロだとしても、体感速度がまるで違っていると感じてしまう。

 こんな立派な車で彼氏とデートいったりするんだろうな。……そういえば、助手席に違う男乗せて彼氏に怒られたりしないのかな。


「そういやとめる青年、お前自動車免許とか持ってるの?」

「あー、ないっすね。今はダンジョン潜りに時間使いたいんで、取る予定もないです」

「なら在学中に取った方がいいぞー。マイナンバーや探索者ライセンスも身分証明にはなるが、やっぱり一番は免許証が一番手軽で汎用性が高いからな。何より惚れた女とデート行くときに運転させてばかりだと格好付かないだろ?」


 移動の最中、ふと尋ねられたので答えれば、火村さんはそんなことを返してくる。

 

「……その理屈だと、おんぶに抱っこな今は屈辱極まりないってことになりません?」

「私はいいんだよ。歳上で、金持ってて、何よりお前の師匠でもある。それに走るのは……趣味みたいなもんだからな。むしろハンドル奪われたらむかついてくるわ」


 くつくつと笑いを零す火村さんに、俺に窓から景色を眺めながらふと考えてしまう。


 車かぁ。確かにあった方が便利だとは思うが、都内にいるからか必要性を感じないんだよな。

 ……でもそうか。大学卒業した後、どこかの企業に拾ってもらえればもちろん、駄目でも探索者として東京に残るつもりだったが、地方に移るって選択肢もあるんだよな。そういうときのために、免許は必要か。


 沖縄……は住みにくそうだし、食事が合わなそうなので嫌だ。

 北海道……はご飯は美味しそうだけど、色々と試される大地だし、何よりダンジョンの中も寒いらしいから却下。


 ……うん、やっぱり探索者やる限りは東京にしがみつこう。

 そもそも自動車学校通うのにもお金いるしな。現状そこに回す余裕なんてないし考えるだけ無駄だ。


「さあてどこ行こっかなー! あ、せっかくだし地方の競馬場にもチャレンジしとくか?」


 こんな贅沢な車に乗れる人がそばにいながら、自分の将来や選択肢は酷く退屈で庶民的だと。

 自らの可能性の狭さに気落ちしていると、勝手な消沈など気付くことさえない火村さんは、まるで今から行き先を決めるみたいに提案してくる。

 

 ……弟子をこんな高級車に乗せといて、向かうのは馬ですか。そうですか。


 ギャンブルする金なんてないし、部長達と一緒に市場で海鮮丼食べに行けば良かったかなぁ。

 あ、でもどのみち金ないと何も食べられなかったから今更か。ははっ、はははっ……。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 真っ赤な車体にバタフライドア(ガルウイングはカモメの翼みたく開くタイプ。昔のベン○の車がそれ)……フェラー○のラ・フェ○ーリかな? めちゃ高い車乗ってますなぁ…。
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