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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者と小休止と恋模様と
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眠いけど目が冴えてるときってあるよね

 ゲームコーナーで少し遊び、ちょっとだけ卓球もすればあっという間に時間は二十二時となり。

 明日も早いし、酒は明日のお楽しみにしようということで早めに就寝することになった。


「すうっ……」

「むにゃむにゃ、駄目だハニー……そのマリトッツォは俺が買ってきたやつ……」


 夜空の月と星々のみが優しい明かりとなった部屋にて、あれほど騒いでいたのが嘘みたいに、布団の上ですやすやと眠っている先輩方。

 気にしないよう言ってくれたが、相当疲れていたんだろうと心の中で再度感謝しながら、浴衣とナイトキャップというアホ組み合わせで就寝しようとしていた篝崎(かがりざき)君に夏江さんについて訊いてみた。


「あー、うん。実はさ、ちょうど先週くらいかな。みんなで遊ぶ機会があったんだけど、そのときに告白されて断ったんだよ」

「え、もうフったの?」

「ああ。それでちょっと気まずくなってたんだけど、今日また一緒に遊べて良かったなってのが本音かな」


 思ってもいなかった答えが出てきて、思わず驚いてしまいながら

 

「もしかして、さなに惚れたか? 見る目はあると思うけど、とめるはさなのタイプじゃないからなぁ」

「……そういうんじゃない」

「ははっ、そうか? まあでも、恋愛なんて何が起きるか分からないもんだ。何せ俺も、大学入った頃はリナに惹かれるだなんて思いもしなかったからな」


「ふわぁ……それで、このくらいでいいか? 明日も早いし、正直はしゃぎすぎてもう眠いんだよ……」

「ああうん、ありがとう。おやすみ」

「ああおやすみ。明日頑張るから、そのときになったら頼むよ……ぐうっ」

 

 今日はもう限界だと、大きな欠伸をしてから眠りに就く篝崎君。

 お泊まりの醍醐味である夜の雑談の相手も失ったし、何より俺も疲れたので大人しく眠ろうと。

 そう思って横になり、瞼を閉じて夢の世界に耽ろうとして──けれどいつまで経っても、意識が落ちてはくれない。


 ……どうしよう。横になったはいいけど、妙に目が冴えて眠れないんだけど。

 疲れてるときに限って眠れないみたいなのはたまにあるけど、まさか今日に限ってそれが起こるとは恨めしい。


 時間を止めて眠れば時間なんて気にしなくてもいいのだが、はっきりいってやりたくない。

 

 時間停止にタイマーはないから、止めて寝たら起きても止まったままでしかなく。

 かといって、一度早朝に起きてから時間を止めて眠ればいいと思って油断していると、普通に寝坊して大惨事となってしまう。

 その昔、まだ時間停止を手に入れてすぐの浮かれていた頃にやらかしたことがあるが、まるで海外旅行で時差ボケしたみたいになりながらも臨んだあの期末テストは今でも忘れられない。時間停止は万能じゃないんだという残酷な事実を、嫌というほど刻み込まれた苦い思い出だ。

 

 となれば取るべき選択は一つ、なんか眠れそうになるまで適当に時間を潰すしかない。

 のそりと起き上がってから、枕元へ置いていたスマホを掴んで旅館によくある窓際の謎スペースへと趣き、腰掛けた椅子の上で揺れながら考える。

 

 良い客室の窓際、名前は分からないがお決まりのスペースで頬杖を突きながら、月光に染まる夜の海をぼんやりと眺める。

 まあ確かに一興ではある。これでちょっとお酒とおつまみでもあれば、一時の憩いとして言うことはないだろう。


 けどなぁ。なんか違うのかよく分からないけど、今の気分はこういうのじゃないんだよなぁ。

 テレビや動画で音を出すわけにもいかないし、このままというのもどうにもしっくり来ないし……どうしたものか。


『夜遅くにすみません。ご迷惑でなければ、ちょっとお話出来たり……しませんか?』


 眠いと訴えながらも眠ってくれない、そんな我が儘な脳みそで悩んでいたときだった。

 スマホの画面に記されていたのは、(あおい)先輩からのメッセージ。

 断る理由もなかったので『通話OKです』と返した所で、ふと室内を見回してどうすべき考える。

 

 ここで電話するのも迷惑だろうし、部屋から出て廊下へ移動して電話すべきか。

 いやでもそれはそれで迷惑だろうし、だからといって窓さえない洗面所というのも……あ、そうだ。ならこうしよう。


 思いついた妙案にほくそ笑みながら時間を止め、ぴょんと軽く跳ねてみればあら不思議。

 あっという間に男三人がすやすや眠っていた室内から、ほんのり潮風の吹く夜の砂浜へ……とはなるわけもなく、止まった時間の中で移動すること五分ほど。

 つい先ほどまで眺めるだけだった夜の砂浜へと到着してから時間の流れを元に戻し、実質ワープを完了させてから少し待っていると、葵先輩から電話が掛かってくる。


「……もしもし」

『あ、時田(ときた)くん! 夜分遅く、それも旅行中にすみません……』

「大丈夫ですよ。全然元気ですし、ちょうど眠れなかった所なのでむしろありがたかったくらいです」


 浴衣が汚れるが、まあ今は気にしなくてもいいやと。

 誰の邪魔もない、潮の香りと波の音だけがある夜の砂浜に座り、葵先輩とたわいもない会話を始めていく。


「やっぱりダンジョンの中に慣れていると、日を浴びながらの労働はどうにも疲労が溜まってしまいますよ。日差しってどうしてあんなに体力奪ってくるんでしょうね?」

『それすっごく分かります! わたしも中層の高湿地帯は潜るだけでへとへとになっちゃいますけど、夏の大学に通うのは同じくらい疲れちゃいますから!』


 穏やかな波音のおかげか、それとも眠気がある程度抑えてくれているのか。

 ともかく今は最近してしまっていた意識をすることはなく、同居前と同じように先輩の話に耳を傾けることが出来ている


 一級しか入ることを許されていない東京ダンジョン下層の最初の関門、通称洗礼の一本道。

 屋内だというのにスコールと熱気を繰り返す密林で構成された、沖縄ダンジョン内部。

 そして火山の中や広大な砂漠がまるごと収まったような、数多ある海外のダンジョンなど。


 例え時間を止めようが、暑さで歩くのさえ過酷なダンジョンなどいくらでもある。

 それこそかつて無双出来るのではないかと調子に乗っていた俺が、時間を止めた状態で挑み、そして呆気なく撤退させられた地獄と形容せざるを得ない下層のように。


 それでも、辛うじてでも一度経験した俺だからこそ、地上の真夏の太陽も負けていないと思う。

 この世にダンジョンが現れて約三十年。それでも地上の大部分は過酷な大自然であり。

 探索者は常識を超える超常的な力を持ち、より快適な世界やダンジョンの環境への対応を夢見て技術も格段に進歩したが、それでもどうにもならないことがいくらでもあるのだ。

 

 ……それでえーっと、どっからこんなこと考え出したんだっけ?


『えっと、時田くん? 時田くん、おーい?』

「ああ、すみません。ちょっと世界の無情さについて考えてました。さっきは強がりましたけど、やっぱり疲れてるんでしょうね」


 脇道どころか別空間にまでジャンプしてそうな思考の逸れ方に、つい自分でも苦笑が零れてしまう。

 まったくどんな思考の飛躍だよ。意識しないにしても、流石にしなさすぎだろう。

 あんまりにもあれすぎて、画面の奥の葵先輩もちょっと困っちゃってるじゃないか。さてはこれ、単純に眠いから脳が追いついてないだけだな。


『た、大変そうですね。わたしも一緒に行けたら、お手伝い出来たんですけど……』

「気にしないでください。どうせバイトですし、先輩には先輩の都合を優先してもらいたいです」

『……でも、やっぱり少し羨ましいです。わたしも行きたかったな、時田くんと旅行』


 ふと呟かれた先輩の言葉は、電話が辛うじて拾える程度の小さなものでしかなかったのに。

 それでも、そんな程度の音でも、あれほどボケッとしていたというのにドキリと心臓が跳ねてしまう。


「……まったく、先輩は悪い人ですね。そんな風に言われちゃうと、つい勘違いしちゃいそうですよ」

『……勘違い、してくれてもいいんですよ。時田くん?』


 ……えっ?


『あ、も、もうこんな時間になっちゃいましたね! 結局わたしばかり喋ってばかりに、長々と付き合わせちゃってすみません! おやすみなさい!』

「い、いえ、楽しかったですよ。ちょうど俺も眠れそうです。おやすみなさ……切れちゃった」


 葵先輩の言葉を最後に、互いに言葉を失ったことで走る沈黙。

 思考が理解に追いついてくれないまま経過した数秒の後、先に再起動した葵先輩はあわあわと誤魔化すような早口で、こちらにおやすみさえ言わせてくれずに電話を切ってしまう。


 ……電話が切れてもなお、生き物として不自然なほど心臓がバクバク跳ねて仕方ない。

 勘違いしてくれてもいいだなんてのは、一体どういう意味なのだろうと回らない頭で考えてみたものの、結局しっくりくる答えには至ってくれず。


 どうにも全身に熱が回ってしまい、眠気が一気に飛んでしまったのを自覚しながら。

 それでもスマホの時間を確認すればもう日が変わった直後で、就寝すべく急いで旅館へ帰ろうと立ち上がった。



「……あらっ。こんな夜更けに先客だなんて、随分と面白い偶然があったものだね」



 その時だった。俺以外には誰もいないはずの、夜遅くの海岸で声が通ったのは。


 先輩の言葉のせいで油断していたのもあるが、それでも唐突すぎた女性の声。

 お化け屋敷の中で怖がる客のようにびくつきながらも、それでもほっと胸を撫で下ろし、大きく息を吸ったり吐いたりして落ち着きを取り戻してから声の方を振り向いて──その人物の正体に、驚愕から固まってしまう。


 何故なら背後からこちらへ声を掛けてきたのは、夜の海岸に存在するはずのない色を持つ美しい女性。

 猛る炎のように真っ赤な髪を僅かに吹く風で靡かせた、どこか見覚えのある美女。

 つい先日話題になった時の人。日本においては実質頂点である一級の資格を持つ三十一人の一人ながら、ダンジョン配信をする少数派の探索者。あのホムラが、そこにはいた。

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