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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者と小休止と恋模様と
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フラグなんて立たないもの

 ついに始まったボランティアーもといアルバイト、一日目。

 真夏の太陽の下、過酷な労働で身も心も削られて、くたくたになりながら宿へ戻る──なんてことにはならなかった。


「いやー、まさかこんなに早く終わるとは思わなかった……どうしたとめる? もう疲れたのか?」

「ま、まあね……。両手に花にしてやるから、ちょっと休憩させて……」

「まったく。俺よか体力付けとけよ、現役探索者」


 シートとパラソルで作られた砂浜の上の避暑地で、だらりと力を抜きながら若者三人を見送る。

 今の俺はシートが飛ばないように大きな石。そして彼らのお財布やら何やらを守る自陣地野外警備員である。というか、それ以外したくない。


 はっきり言おう、ちょっとだけはしゃぎすぎた。

 現場の方に指示された設営の手伝い。現場のおっちゃん曰く、早く終われば自由時間が増える感じだったので、つい時間を止めてある程度減らすというインチキをしてしまったのだ。


 もちろん全部やる気はなく、そこそこの量を残して時間停止は解除したが、そこは三級と言えど探索者一同と言うべきか。

 そもそも俺より要領のいい五人がてきぱきと働いてくれたせいで、日が落ちないうちに業務は終わってしまった。あんまりにも手際が良かったので、大人の方々が唖然としながら褒めちぎってくるほどだ。


 まあそれ以上の仕事もあるらしいのだが、そこはバイトの領分ではないらしく今日はお役御免。

 明日の説明と集合時間だけ伝えられて終了となった俺達は、こうして自由時間として各自で遊んでいるというわけだ。


 そこそこ人がいるので大はしゃぎというわけにはいかないけど、やっぱり海はいいよね。

 それにしても、あー疲れた。筋トレになるからって軽い気持ちで始めたが、やっぱり夏の砂浜で無理なんてするもんじゃないな。

 じゃあ時間を動かせばいいじゃんとは言われそうだが、一度始めたものを途中で投げ出すのは気持ち悪かったのでむきになってしまった、その結果がこのザマだ。


 時間停止中でも暑いものは暑い。多少のチートじゃ環境には勝てねえんだ、現実は残酷だ。

 

 そんなわけでゴロゴロとだらけながらも、暑さと周りの煩さでいまいち疲労が抜けてくれず。

 さりとて部長や叶先輩のように、旅館に戻ってゴロゴロするのも何か負けた気がするので、離れたくないと先ほど海の家で買った瓶ラムネを喉へ流し込もうと体を起こした。


 そのときだった。

 一人の憩いの場であったこの陣地にどさりと、突然隣へと誰かが腰を下ろしてきたのは。


「あ、えっと、夏江さん? 早かったね、他の二人は?」

「もう少し遊ぶって。ガキ多いし、バイトもあったから疲れたの」

 

 帰ってきたのは篝崎君でも星川さんでもなく、如何にもギャルな夏江さん。

 一番よく知らない、言ってしまえば今日初めて顔を合わせた他人同然の関係な彼女に一応声を掛けると、そっけない態度で返されてから彼女はスマホチェックを始めてしまう。


「……」

「……」


 気まずい。あっちがどう思っているかは知らないが、本当に、まったくもって気まずすぎる。

 

 どうして一緒に戻ってきてくれないんだ篝崎君。まさか星川さんと二人になれて浮かれているの篝崎君。

 大体顔知ってる程度な女性と二人、無言で座っているなんて何の罰ゲームだよ。こちとら最近はちょこちょこ女性と話す機会増えたとはいえ、初見は未だに緊張する童貞なんだっつうの。

 そしてなんだその派手な水着は。よくそんな谷間見えちゃうエッチなやつ着れるな、篝崎君にホの字のくせしてナンパ待ちなのか? パーカーでも羽織ってくれないか、つい視線がいっちゃうじゃないか。

 

「……ねえあんた」

「ひゃ、ひゃい!」

「何その反応。……あんた、時田(ときた)だっけ? りんとどんな関係?」

「ど、どんなって言われても……友達、友達?」

「何それ。はっきり言えっての」


 いきなり訊かれたので、しどろもどろになりながらも返すと、怪訝な顔をされるばかり。

 やだ、やっぱ超怖い。圧が強いのも相まって、百獣の王と対面したみたいな感じする。

 この頃美人と話す機会が多いから調子に乗ってたけど、やっぱり俺は所詮陰の者なんだ。ギャルと話せる気がしないよ、もうリア充に舌打ちしないから助けて篝崎君。


「あたし買い物行ってくるから。何か買う物ある?」

「ああ、それなら俺が行ってくるよ。あっち結構男多いし、寝てばっかりで少し歩きたかったからさ」

「……そう。じゃ、お願い。あたし焼きそばとジンジャーエール、あとあったらスポドリも」


 あまりの気まずさに耐えられなかったので、シートの上から飛び起きて財布を掴み逃げ走る。

 

 ……あれ、でもどうして戻ってきたんだろう。

 篝崎君に惚れてるとしたら、やつと星川さんの二人きりなんて何としてでも阻止したい状況なはず。少なくとも、俺が同じ立場だったらそれはもうお邪魔虫やってるけどな。


 疑問はあれど、まあどうせ命も懸かっていないんだし、俺もお腹は減ったから今はいいやと。

 ぐるぐるとお腹が鳴り出したのでひとまず全部の思考を放り投げて、浜辺でソースの良い匂いを漂わせていた海の家へと突入して頼まれた物、欲しい物を次々に購入していく。

 

 ええっと、頼まれたのは焼きそばにジンジャエール、俺はたこ焼きにコーラっと。

 篝崎君は何でもいいとして、星川さんは……何が良いんだろう。まあ無難なの選んでおけばいいか。

 そんでスポドリはあっちに自販機あったからそれでいいかな。……うわっ、高すぎだろ観光地め。


 都会で買えば三割ほど安く済みそうな合計額に辟易しつつ。

 後で絶対金返してもらおうと心に固く決意しながら自陣地まで戻ってくれば、事件は起きていた。


「ちょっと、いい加減うざいんだけど! しつこいと本当に手出るよ!?」

「ヒュー情熱的! 出ちゃうってよ手!」


 立ち上がり、苛ついた顔で

 一人は褐色肌に銀髪、もう一人は金髪のチャラマッチョで、こっちまで聞こえてくるほど下卑た女誘い。

 なんてテンプレなナンパだよ。今時中々見られるものではない……わけでもないか。こういうのは俺に縁がないだけで、どんな時代でも男と女がいれば起こるものか。


 そんでまああんな面良くてエッチな水着してる女がひとりでいるんだから、最早サバンナに生肉放り捨てたようなもの。一人にするのを良しとせず、あいつらが戻ってきてから買い出しに行けば良かった。

 

 で、肝心のヒーローは……まだいないや。あいつまだ本命と遊んでやがるな、浮かれポンチめ。

 しゃーない。早くたこ焼き食べたいし、とっとと片付けるとしようかね。


「やあお待たせ。焼きそば買ってきた……って、お知り合い?」

「あ、時田……」

「なんだてめえ……ぷはっ、なんだおい! 連れってこんなナヨったモヤシのことか! マジかよ!」


 あの黒髪マッシュを時間を止めて運んでやってもよかったが、まあ恋路を手伝うと約束してしまったのは事実。

 仕方がないのでそのままいそいそと帰還して、ちょっと周囲の注目を集め始めた彼らに声を掛けると、案の定お邪魔虫のような目で睨まれてしまう。

 

 おー怖っ。

 方やどっちも海と女の似合うマッチョメン。方やモヤシではないはずだけど、傍から見たらただの陰キャ。

 

 けど珍しいよな。探索者のせいで外見と身体能力が比例しないやつもいる時代だってのに、こうも警戒せずにイキリ散らかせるってのもさ。

 刺青があるだけでもないからその筋の人というわけでもなさそう。もしかして俺達は二人で一つ、地元で負け知らずとかそういう人種なのだろうか。それともドロップアウトした探索者、まあどれでもいいか。


「こんな上玉、お前にはもったいないぜ。僕ちゃんにはもっとお似合いの女がいるだろ? 泣きついたら皺だらけのおっぱいしゃぶらせてくれるママがよ! ハハッ!」


 何言ってんだこいつら。酔ってるにしても、煽りのセンスなさすぎるだろ。

 大体夏江さんは俺のじゃねえよ。俺にこんな彼女いたら、こんな童貞みたいにキョどるわけねえだろうが。ぶっ飛ばすぞ?


 それにしても……酒臭いなこいつら。

 頬も赤いし、結構飲んで歯止め利かなくなってるタイプか。勘弁してほしいよ、海水浴場には小さな子供もいるんだからさ。


 ……ああ、もういいや。たこ焼き冷めちゃうし喉渇いた、これ以上は付き合ってられないわ。

 

「……ああ、まあイキるのは自由だけどさ。それならせめて下隠したら? いくら態度だけ大きくしても、肝心のそれがボロンじゃちょっとね?」

「はあっ? あんま調子乗ってんじゃ……って、え!?」


 褐色金髪の方が見下すように凄みながら力を込めて肩を押さえてきたので、一応指を差して指摘してあげると、彼らもようやく自分の下半身の現状に気付いてくれる。


 注目が集まってたんでちょっと時間を止めてから海パン脱がしてやったんだけど、お二方共に随分とまあ可愛らしいサイズなことで。

 強い言葉を使う人間は本当に強いか弱さをコンプレックスに思ってるかの二択だってのが持論だけど、こいつらは後者だったらしい。

 

 でも大丈夫。こちとら名誉DTなので保証は出来ないけど、インターネッツ曰く女性はサイズなんて気にしてないらしいからさ。そのたくましいお体なら、表面だけでも紳士的にいけばきっと女の子も釣れるはずだよ、うん。


「今回は痛み分けってことで、これくらいにしておかない? 休日に羽目を外すのは分かるけど、これ以上声を荒げると通報されるぜ」

「う、うるせえ! 面覚えたからな!! てめえ名前は!?」

「ひゃ、ひゃい! 佐藤です!」

「そうか、覚悟しておけよ佐藤!! クソガキがっ!!」


 一瞬金髪の方が怒りのままに拳を振りかざそうとするも、どうにか堪えてどこかへ逃げていく。

 あー超怖かった。やっぱり時間停止があろうと怖いものは怖いよね、うん。


「ふふふ、佐藤って、ふふふふっ……!!」

「あー、遅くなってごめん。大丈夫だった?」

「べ、別に平気……。これでも元探索者だし、むしろあんたが絡まれ始めたときの方が心配だったくらいよ……ふふふっ」


 相当ツボに入ったのか、腹を抑えながら笑いを堪える夏江さん。

 いつまで笑ってんねん。ていうか、これでも君より活動してる現役の探索者なんだけどな。……本当に筋肉付けた方がいいかもな。


「……一応、礼は言っておくわ。佐藤、ふふっ」

「ああうん、どういたしまして。はいこれっ、焼きそばとジンジャエールね」


 一段落し、周囲の注目も薄れ始めた頃、まだ笑いが収まらなくとも思いの外素直に礼を言ってきた夏江さんに、つい面食らってしまいながらも買ってきたものを差し出す。


 ……我ながらチョロいと思うが、これだけで距離が近くなった気がするな。


「なんか騒がしかったけど、何かあったのか?」

「……何もないよ。浮かれポンチなラブコメマンめ」

「??」

 

 数分後、何も知らずに戻ってきた篝崎君へ苦言を呈しながら、待ち望んでいたたこ焼きに爪楊枝を刺して口へと放り込む。

 しかしあのチンピラ共、また絡んできそうで嫌だなぁ。

 ただのアルバイト旅行だから軽い気持ちで来たのに、どうしてこんなに厄介事を背負ってしまう羽目になるのだろうか。……はふはふっ、このたこ焼きうまっ。

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