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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系能力者と小休止と恋模様と
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なんとびっくり、一泊三万は超えるらしい

「おーい、おーいとめる。そろそろ起きろー? もうちょっとで海だってよ?」

「ん、んん……」


 静かに肩を揺らされ、ゆっくりと瞼を上げる。

 男に起こされてもな、これが葵先輩とかだったらな……なんて思ってしまいつつ。

 覚醒したての意識のまま、寝惚け眼を擦りながら窓の外を見ようとした途端、暗かった世界が一気に光輝き、つい腕で遮ってしまう。


 トンネルを抜け、ワンボックスワゴンの中から目にしたのは一面に広がる大海原。

 朝日が反射しきらきらと光る水面は、さながら宝石が散りばめられているかのよう。

 まともに海をみるのは久しぶりだが、中々どうして悪くない。東京のダンジョンにこもってばかりでは到底見られない景色、これこそ夏って感じだ。

 

「うおーさかさーん! 海、めっちゃ海っすよ!」

「ああそうだな、大量の塩水だな。そして運転中だ、喧しいから叫ぶな」


 そんな海を前に、反応を見せるのは俺だけじゃない。

 まず前列。助手席で騒ぐ茶髪の(かのう)先輩と、運転席で煩わしそうにハンドルを握る坂又(さかまた)部長。本当まじで朝から運転ありがとうございます。


「おー、まっこと煌びやかなコバルトブルー。絶景かな絶景かな」

「コバルトブルーって、日本の海がそんなに綺麗なわけないでしょ……案外綺麗ね、おっどろき」


 次に後列。マイペースな口調と声色で感想を言う星川(ほしかわ)さんに、呆れながらも同意するギャルこと夏江(なつえ)さな。うーん普通。


「いい海だな。……うん、楽しい三日になりそうだな。とめる」


 そして中列。

 隣の席で朗らかな笑みを浮かべながらウィンクしてきやがる黒髪マッシュ野郎に、俺は海への感動もほどほどに、心の中で一際大きなため息をつかざるを得ない。


 まったく、どうしてこんな気苦労を背負うことになってしまったのか。

 俺はただ、お札一枚分働いて借りを返し、余った時間で先輩達と楽しく花火でもして夏の思い出を作ろうと思っただけなのにさ。






『……実はさ。俺、リナのこと好きなんだよ』


 事の発端は数日前、ダン考で集まってゲームした日の翌日まで遡る。

 激しい足の引っ張り合いの末、CPUが一位になるという誰もが言葉を失うなんていったオチと共に、どうにか二位に滑り込んで先輩方の参加決定をもぎ取った次の日のこと。

「相談がある」とベッドの上でだらけていたときに呼び出されたのでファミレスへと赴き、全ての元凶こと篝崎(かがりざき)君から衝撃……というほどでもない、そこそこのカミングアウトを受けてしまったことから始まってしまった。


 まあ篝崎君がリナ……星川(ほしかわ)さんを好きなのは知っていた。というか一目瞭然だったから、むしろ今更かよって感じだ。

 だって話しているときは俺ですら気付ける程度には顔赤くしたり、ドギマギしていたりしてるんだぜ。中高生の初恋かよってくらい露骨なんだから気付かずにいられるわけがないんだわ。


 まあそこまでは別にいい。

 この前惚気られたせいで他人の恋路はイラっと来るが、黒髪マッシュでDVしてそうなイケメンこと篝崎君、そして夏場でも地雷系量産型服をマイペースに着る姫カット星川さんは美男美女。カップル誕生から修羅場による破局までの一切が目の保養になる……かもしれないからな。……けっ。

 

『それでとめる。お願いがあるんだが……そのボランティアに参加するから、二人の時間を作るの協力してもらえないかな?』


 そんな提案をされても困る。ぶっちゃけ勝手にやってて欲しい。

 別に二十四時間バイトしてるわけじゃないんだし、終わったら適当に誘って海行けばいいじゃんとし思わなくはないが、雑に流すには篝崎君の目はマジすぎた。

 

 多分だがこの男、この夏で決めようとしている。

 例えどんな結果になろうとも、最高のシチュで絶対に邪魔の入らない告白をするという決意に満ちている。口が裂けても言えない善人なんて宣えない俺も、そんな(おとこ)の覚悟を無碍に出来るほど薄情ではなかった。

 

 まあまあ、それでもここまでならまだ良かったんだ。

 何せ一応知り合いの二人だ。何やかんや上手くいってくれるなら、個人的にもむかつきもするが嬉しくもある。カップルが誕生したその瞬間、花火で華々しくエンダーイヤーしてやるのも吝かではない。そこについては偽らざる本音だったのだから。


 だけど問題はここから。

 悩みの種はずばり星川さんの隣にいる、夏江(なつえ)さなという如何にもギャルですって感じのギャルだ。

 彼女はかつての十五階層の一件に参加していた五人の一人なのだが、なんと星川さんが彼女もこのボランティアーにどうかと尋ねられたので、まあ問題ないやろと快諾してしまったのだ。


 元々火村(ひむら)さんから出されていた条件は、上限十人で夏場の作業なので体力ある人。

 俺や篝崎君、坂又部長と叶先輩は当然問題ないとして、葵先輩より一回り小さく合法ロリと言える星川さんも、そして都会でタピオカ啜ってそうなギャルである夏江さんもこの前まで上層に潜っていた探索者のはしくれ。その上我らダン考と違って真面目に活動しているダンジョン活動サークル、通称ダン活に所属していたのだから、そこいらのインドア派の男よりずっと頼もしいだろうと軽く考えたのだ。

 

 ……けどこれ、多分脈ないやつだよね。

 『直感』なんて大層な、それこそ競馬で金を全擦りしなさそうな魔法(マジック)持ちの星川さんだ。あんなに俺でも察せられるほど分かりやすい好意など、魔法抜きでも気付いているはず。

 そんな彼女が女友達を誘った。それもいつぞや十五階層で尾行したとき、篝崎君にちょっと気がありそうだったギャルをだ。

 つまりはそういうことであり、そんな彼らを夜の浜辺になんぞご案内してしまえば、その先にある未来など一つ。帰りの車内の空気など、最早想像さえしたくなかった。


 あーあ、失敗したな。

 葵先輩にも断られて、更にこんなことになるなら大人しくダン考三人だけにしておけば良かった。

 

 まあ仕方ないか。葵先輩、この前のダンジョンタウロスでバズってから、どうにも配信活動が忙しいらしいからな。

 この前なんてご主人様の犬を自称する犬耳ミニスカメイド系Vtuberのラピスマ・リーフとコラボしていたからな。どこからそんな縁が出来たのかは知らないが、最後の即興デュエットは一リスナーとして鼻が高かったよ。


 ……断られたのは運が良いのか悪いのか。

 あのとき頬に唇を落とされて以来、どうにも彼女のことを意識して仕方ない。

 あの行為に特別な意味はあったのか、それともただ感謝を込めてというだけなのか。どれだけ悩んでも答えは出ず、考えれば考えるほどドツボに嵌まってしまうばかりだった。


「後ろの方々、もうすぐ着くから降りる準備をしておいてくれ」


 ぐるぐると、考えても出ない答えに苛まれて、せっかくの景色を見るのさえ忘れてしまい。

 車内へ響いた部長の声が、脇道へと逸れていた思考が一気に現実へと戻される。

 ま、先輩のことは今はいい。自分のごたごたより他人の恋路、我ながら難儀な人生送ってんな。


「運転ありがとうございます。……あの、この後本当に大丈夫です?」

「気にするな。途中ではると交代してるからさして疲れんからな。この程度ならどうとでもなるさ」


 『もうすぐ着きます』と火村さんに連絡だけ入れれば、すぐに読んでくれたのか『玄関で待ってろ』と指示してくれたので、ほっと一安心しつつもう少しだけと瞼を閉じて。

 部長が淀みないハンドル操作で駐車を済ませ、一同がそれぞれ礼を言いながら降りた後、先輩に改めてお礼を言うと気にしないよう背中を叩いてくれる。

 

 本当は電車で来るつもりだったのだが、ぐぐれ浜なら車で問題ないと部長が提案してくれたのだ。

 よく知らないサークルの男が運転するバンとか、女性が乗っていいものかは疑問ではある。

 けれど女性二人とも助かりますと二つ返事で頷いてくれたのでこうなった。基本たくましいよな、元も含めて探索者やってる女ってのは。

 

「しっかしまさか、本当にあの雛暁(ひなあかつき)に二泊も出来るなんてね。よく雑誌に載るような高級旅館よ?」

「ボランティアもといアルバイトで提供される範囲を明らかに逸脱していて怖さすらある。ああ恐ろしや、大手企業のマネーパワー」


 後ろを歩く女性二人が感激しているのが聞こえてくるが、まったくもってその通りだと思う。

 

 何でも今日と明日でお世話になる宿、雛暁はその道では有名な場所らしい。

 旅行に縁遠い俺はよく知らなかったが、名前を聞いてちょっとぐぐってみたらスマホを落としそうになってしまったほどだ。少なくとも、三級の稼ぎじゃ泊まろうという選択肢にすら入らないグレードだ。


 ……ほんと、ボランティア程度にどんな羽振りの良さだよ。

 即日のボランティアなんて実質足手纏いみたいなもんだし、一万円返すどころか大きな借りになるんじゃないかこれ。考えないようにしよっと。


 六人分の宿泊費が浮かんでしまい、思わず身震いしてしまいながらも首を振り。

 貧乏な自分を誤魔化しながら、やがて旅館の玄関まで到着すると、そこで赤みがかった茶髪の美女──火村さんが軽く手を振って出迎えてくれた。


「お、来たな。……おーおー、みんな真っ当な大学生って感じでいいなぁ。とめる、お前だけ地味すぎて浮いてるんじゃねえか?」

「やかましいですよ。そこそこ気にしてるんですから、いちいちはっきり言わないでください」

 

 『ぐぐれビーチフェス』とローマ字で書かれた黒いシャツを着た火村さん。

 大きなお胸が目立つなと結構な邪念を抱いていると、火村さんはじろりと全員を一瞥してから、からかうようににやりと笑みを浮かべてきたので不満げに言い返す。


 こう見えて、個性がないことは結構気にしているのだ。

 何せこちとらかつて配信での一攫千金を夢見たはいいものの、光る要素がなさ過ぎて速攻撤退して封印したほど地味な人間だ。

 無個性のまま四年になったとして、就活が上手くいくのか不安でしかない。……はあっ、億劫だ。


「……ごほん、では改めまして。本日は都内からここぐぐり浜まで遙々お越しいただきありがとうございます。私は株式会社シロナ特殊宣伝部所属、火村(ひむら)と申します。二日と短い期間ではありますが、どうぞよろしくお願いします」


 火村さんは丁寧な口調と佇まいに切り替えて、綺麗な礼と共にこちらへと挨拶してくる。

 かつてダンジョンの中でミニゴブリンに苦しんでいた俺を大笑いし、この前競馬で声を張り上げていたような女とは思えない態度に思わず吹き出しそうになったのを懸命に堪える。


 ……やべっ、睨まれた。面白がってるのバレテーラ。


「ご丁寧にありがとうございます。この度部員の時田より誘われました、四年の坂又と申します。二日間、よろしくお願いいたします」


 一歩前へ出て挨拶を返した坂又部長へ続く形で、全員で頭を下げる。

 今回は誘った俺が率先してやらなければならないと思っていたのだが、先頭に立ってくれるのぶっちゃけ非常にありが……申し訳なく思っている。ほんまにありがごめんです、部長。


「それではまず部屋へ荷物の方を下ろしていただきます。その際、部屋には明日着用していただくスタッフ用のシャツを用意していますので、一度袖を通してサイズの確認をお願いします。では、ご案内します」


 説明を終えてから、一礼してから宿の中へ入っていく火村さん。

 いよいよ始まるんだなと、柄にもなく少し緊張しながら彼女の後ろをついていく。

 

「……すっげえ美人だなとめる。あんな人が師匠だなんて羨ましい、ダンジョンに出会いを求めるのは間違いじゃないんだな」

「……変な目で見ないでくださいよ。ハニーさんにちくりますよ」

「冗談、冗談だって。っていうかお前、あいつに会ったことあんの? ……え、まじで?」


 綺麗な旅館の内装にそれぞれの反応を浮かべながら歩いていると、叶先輩はいつも通り過ぎる態度のひそひそ声で話しかけてくる。

 仮にも俺の師匠だと知っているというのに、あまりに直接的でむかついたのでとっておきを出してみれば、一気に余裕をなくしてしまう。

 

 もちろん面識ありますよ。

 結構前に浮気してないかの確認だって部室まで来て、きちんと先輩の寝顔って証拠も確認させてもらったので、一応シロですって言っといた感じです。結構な可愛い系でしたね。


 さて、まずは何も考えなくていいお仕事の方からで助かる。

 ところで今更だが、収入の発生する単発バイトをボランティアと言っていいのだろうか。まあ、細かいことはいいよな、うん。

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