実はも何も遊びたかっただけ
「うぇーいとめるまた最下位ー。全戦全敗とか流石に弱すぎじゃなーい?」
「うるさいですよ初狩り先輩。そういうわけで先輩方、ボランティアーを募集してるんですが……お暇だったりします?」
「なんだそのボランティアーって。ふざけてるのか?」
我が家のオンボロエアコンとは違う、静かながら澄んだ冷風で満たされた部屋。
久しぶりに坂又部長の部屋に集められた俺達は、今度はちゃんと買われた大乱闘対戦ゲーでぼこぼこにされながら、先日火村さんにされたボランティアーの話を提案してみたが返ってきたのは部長の冷めたマジレスであった。
『お前なとりから金借りてんだろ? あいつのことだしぽんと金渡したんだろうが、男として貰いっぱなしってのはどうなんだろうなぁ? 今回の来てくれたら、きっとあいつもとめる君のおかげで助かった~って言ってくれるかもなー?』
部長の操るキャラにボコされた最下位が確定した俺は、コントローラーを置いて冷蔵庫へ向かいながら、先日断ろうとしたときに言われたことを思い出してしまう。
施しについては恐らくというか間違いなく、あの爆乳童貞キラーの白鳥沢さんが話したのだろうが、そこを突かれてしまうと中々に弱い。
あのときは困っていたので流れで受け取ってしまったが、やっぱり師匠でもないのに貰いっぱなしは駄目だと心にしこりが残って久しく。中々痛い所を突いてきやがってからによ、俺のことをよく分かってらぁ。
ちなみにあの人はボランティアとか抜かしてるが、実際は日給を出すらしいので単発のアルバイトだ。どこがボランティアなんだ、どこが。
「あーまた負けたぁ、ちょっとは手加減してくださいよさかさーん。ってかあれ、ぐぐれ浜って言えばあれだよな? 去年アザラシが打ち上がったみたいな話があった、あのぐぐれ浜」
「あったな。十年ほど前にサメが三体ほど発見されて一気に客足が遠のいたのだが、数年ほど前に行われた再生事業が成功し、昨年のアザラシ上陸とぐぐれビーチフェスが話題になったあのぐぐれ浜だ」
提案者でありながら無知すぎるのが悪いのだが、どうして部長は疎か叶先輩さえ俺より詳しいのだろうと。
どこか釈然としない気持ちを抱えながら、罰ゲームとして持ってきた緑茶とコーラの缶をそれぞれの前に置いていく。
「ちょっと調べてみたんですけど、再開発以降毎年行われてるイベントで毎年中々の盛り上がり具合だとか。去年は歌手のYUYUにボンバー松中、芸人のヒグラシこよしや木戸高松を呼んで大盛況だったらしいですよ」
「木戸高松って、最近爆乳グラビアゆりえまいと結婚したあの俳優? いいよなーあのイケメン、男の夢が詰まったボインを独り占めしやがってよー。幼馴染で夢を叶え合うために一度道を分かってからの再会とか、朝ドラかってくらいの犯則だよなー」
わざとらしく、それでいて多分本気であろう舌打ちをかます叶先輩。
まあ先輩好きだったもんな。確か二つ前の彼女との破局原因がゆりえまいの写真集を買ってるのがバレて始まった口論の末だったとか、そんな感じのことを前言ってた気がする。……恋愛関係の維持って大変なんだな。
「なあとめるー。フェスってことは有名人呼ぶんだろー? 今年はどんなゲスト来るんだよー?」
「こな、くそっ! 今年は色んなアーティストの他に、歌って踊れたりトーク力に定評あるダンジョン配信者も数名集めたらしいですよ! 有名所だとホムラとか──」
「ホムラ!? まじでホムラ出るの!? それを早く言えよとめるー、いけずな後輩だなもうー!」
次のゲームが始まり、相変わらず集中狙いしてくる叶先輩の攻撃に抵抗していると、そのまま話を振ってくる。
初戦から今に至るまでの間、あまりに執拗な初心者狩りをしてくるので時間止めてコントローラー隠してやろうかなと苛つきながらも、仏の心で流して話していくとホムラの名前が出た途端、露骨に食い付いてきた。
「……やけに食い付きますね。叶先輩、ダンジョン配信者とかあんまり興味ないって結構前に言ってたじゃないっすか」
「ちっちっち、時は流れるんだぜとめる。まあファンなのは俺のハニーの方、昨日機嫌損ねちゃったからサインでもあげたら一発逆転ってわけよ。おっと皆まで言わんでいいぜ、連れてってもらう以上は身を粉にして働くから……ってああ! 落としやがったな馬鹿とめる!」
へへっ、油断してるからだよ。これで初心者の意地思い知っただろ、ばーか。
「……ダンジョン配信者、か。浜辺でのイベントには少し合わないような気がするが、どんな意図の人選なんだ?」
「あー、俺も気になって訊いてみたんですけど、多額の出資してる会社があるって言ったじゃないですか。そこの社長の方針って言ってましたね」
「なるほど、上のねじ込みか。まあ相応の利益がなければ金を出す意味などない、至極妥当な人選だ」
何とか叶先輩を退け、一対一となった部長の質問に答えながら懸命にキャラを動かすが意味はなく。
操作していた赤帽子の世界的スターが呆気なく場外に落とされ、再び部長が一位となった画面に肩を落としていると、部長は満足そうに少し口元を緩めながら缶に手を付ける。
「それではる。どうして喧嘩したんだ? お前にしては珍しく、浮気でも見つかったか?」
「違うっすよー。……いやね、冷蔵庫にあるプリン食べちゃったんすよー。それがちょっとお高いやつでお冠ってわけなんすよ」
……けっ。
「部長部長。あいつヤリチンチャラ男の癖に甘々に惚気てきやがりますよ?」
「まったくだな後輩。女の家を転々として大学生活を過ごしてきたような遊び人風情が、今更彼女のプリン一つで一喜一憂してる姿は見せつけてるとしか言い様がないな」
「ひっでえなこいつら。本当にサークルの仲間かよ?」
けっ、と吐き捨てるように舌を打ち、不機嫌そうに顔を逸らしてしまう叶先輩。
まあ自業自得だ。いくら俺が世界で最も心の清い聖人(自称)だったとしても、胸焼けしそうなリア充自慢は擁護できない。別に自分を非リアだとは思わないが、恋愛縁皆無の男への恋愛話=ギルティだ。
「それでどっすかね部長。旅費とか全部出してくれるらしいんで、負担も少ないと思うんすけど……」
「え、まじ!? 単発バイトなのに二泊三日で全部出してくれるとか神すぎじゃん! 行くっきゃないっすよさかさん! ダン考夏の大合宿ってことで、さーかーさーん!」
「……まあ、日程的には問題はない。一バイトに企業が二泊三日を提供するのは破格すぎて逆に怪しいが、大学最後の思い出として海に行くというのも一興だろう」
ぶんぶんと叶先輩に肩を揺すられた部長は、しかめ面をしながら顎に手を当てながら考え込む。
実は他にも誘っている人はいるのだが、まあそこは言わなくていいだろう。
「ただなとめる。前回もそうだが、ただお願いを聞いてやるってのも面白くない。人の危機がかかっていないなら、なおさらな」
「え、えっと……お酌とかします? あ、この前良いハンバーガー屋見つけたんで奢ります?」
「いらん。……そうだな、運否天賦といこう。ちょうど先月出たから買ってみたすごろくのパーティゲームがあってな。一回勝負でお前より順位の下だった者のみが付いていく……というのはどうだ?」
考える素振りをしていた部長は、わざとらしく何かを思い出したように声を上げたと思えば立ち上がり、これみよがしにゲームのパッケージを見せてくる。
先月発売した人生ウォーカー2。ポップで親しみやすいデザイン且つお手軽な操作で楽しめながら、やけに友情を破壊してくる闇のパーティゲームで、よく配信者やゲーム実況者がやっているから知っている。
なるほどな。欲しいのなら自分で掴み取ってみろと……ふふっ、そういうのも悪くないな。
「上等ですよ部長。ぼっこぼこにいてこまして、あっつあつのビーチに引きずり出してやりますとも」
「やってみろ最年少。最下位だったら砂浜の上を裸足で歩きながら、美女にナンパでもしてもらおうか」
例え戯れだとしても、絶対に負けられない戦いがここにはあると。
「あのー、もしもしー」なんて言ってる叶先輩なんてお構いなしに、俺と部長の間に現実でも見えてしまいそうなほど火花が散る。
目指すは当然パーフェクトな勝利のみ。さあて、どう時を止めてイカサマしてやろうかね?