俺の最推し、青柳トワ 配信
突然だが、俺が推しているダンジョン配信者を紹介しよう。
彼女の名前は青柳トワ。
深い蒼色の髪を靡かせ、古とも言える紺のセーラー服を着ながら、華奢な少女の体躯には合わない戦斧を軽々と振ってダンジョン生物をなぎ倒す。所謂討伐系のダンジョン配信者だ。
一見ただのコスプレ学生だが、何と彼女は二級探索者資格を持つ実力派探索者だったりする。
そんな彼女の魅力は何とも言えない不器用さと、なんと言っても本気で理想を叶えようとする意識だ。
彼女は『蒼斧レナは戦慄かない』という一昔前のライトノベルの作品を聖書としており、その中でも一推しだという主人公、蒼斧レナを自分のモデルにしたと公言している。
活動目的も蒼斧レナのように斧を振りたいというもの。
言ってしまえば、本気で魅せるために死力を尽くすアクション込みのコスプレイヤーだ。
今はまだチャンネル登録者も数千程度しかなく。
個人勢ではちょっと多いかなという程度で、トーク力や配信力はそれほど高いとは言えないかもしれない。
けれど俺は初めて見たとき、稲妻が奔ったみたいな衝撃をと共に確信した。させられた。
この青柳トワはいつか絶対に伸びて、世界にホムラや他の上位勢に並ぶダンジョン配信者になる逸材だと。
『千鶴流戦技、蒼車輪』
現在彼女が斧を振るうのは、封鎖の解かれたダンジョンの中、二十三階層。
封鎖の解かれたダンジョンの奥底で、彼女は技の名前を告げつつ車輪のように縦回転し、敵対していたダンジョンラビットを両断してしまう。
それは蒼斧レナが作中で使用した戦技、蒼車輪。
俺より古参の有識者曰く、彼女が配信で見せる技は完全に再現されているらしく、アニメ化されたのならまさにこんな感じだろうとのことだ。
『今日はこれでおしまい。次もかっこいい戦技』
「うーんたまらん。やっぱりトワは最高だ」
配信乙と。
恒例である五百円の投げ銭をしてから、画面を閉じたスマホを適当に放り投げる。
俺の地味で下心しかなかった、卑しいだけのダンジョン配信とは真逆のスタイル。
本気で、全力で、ひたすらに己が理想のために活動する彼女は、やはりいつ見てもキラキラと輝いている。控えめに言って超推せる。
しかしおかしい。今日は視聴者がいつもの半分くらいしかいなかった。
青柳トワがいちいち視聴者の数を気にするようなミーハー配信者ではないから何の反応もしなかったが、燃えてもいないのにここまでの減少など、普通であれば不安を顔に出してしまう異常事態だ。
表示バグではないはずだし、必ず何か原因があるはず。
ゴロ寝の態勢はそのままで、放り投げたスマホを拾い直してポチポチと情報収集をしていくと、恐らくの原因であろうそれはすぐに見つかった。
「あーなるほど。ホムラが配信してたのか、納得」
今回は正式な声明というわけではなく、経過報告も兼ねた雑談ではあるらしいのだが。
『それでね? 今日はもう聴取や健康診断だけで一日終わっちゃってさ。だから頑張った自分にご褒美と思ってコンビニで大好きなエクレア買おうと思ったんだけど、それも売り切れちゃってて落ち込んじゃうよ』
・あー
・それは辛いね
・初めて来ました。めっちゃお綺麗ですね
・あー
・ダンジョンの話はよ
流石と言うべきか、目まぐるしく流れるコメントを笑顔で捌いているホムラ。
現在の視聴者、約十三万人。
以前配信を覗いたときは一万弱だったはずだし、例えそこから大きく伸びていたとしても、到底ただの雑談放送とは思えない視聴者数を叩きだしている。
とはいっても、コメントの大半が先日の騒動についての説明を求めるものばかり。
やっぱり昨日の件で相当に注目を浴びてるんだろうな。
まあそりゃそうだ。何せホムラはでっかいドラゴンを倒し、隠し部屋から死者を出さずに生還した時の人だからな。
そんなスーパーヒロインみたいな彼女の話を配信一つで聞けるというのだから、普段他に推しがいる人や配信に興味ない人含め、虫が蜜に群がるみたいに集まるのも当然か。
『あ、もうこんな時間かな。今日は軽い近況報告だから、私も疲れてるからこのくらいで終わるね。それと最初いなかった人のために、最後にもう一回お知らせ。公式的なライブ会見は明日行うことになったから、隠し部屋の件で詳しい話が聞きたい人が見てくれると嬉しいな。それじゃ、ばいばーい』
そうして気さくに手を振りながら、配信を終了するホムラ。
開いた本人のいなくなったライブ跡に残る、挨拶やらアンチで変わらず流れるコメント達。
最後のほんの十秒程度で、今日の青柳トワのコメント量を優に超える格差につい世知辛さを抱いてしまいつつも、ひとまずの疑問は解決したと再びスマホを放り投げてから天井を仰ぐ。
そっか、公式の声明は明日になったのか。
明日の会見、どんくらい人来るのかな。もしかしたら百万とか超えちゃうのかな。
無論注目は日本だけじゃない、世界中が彼女から語られる詳細や心情を待ち望んでいる。
個人的に気になるのは、あのドラゴンをどうバラバラにして逆転したかの釈明だ。
実際どうするんだろうな。
絶体絶命の最中に突如覚醒してバラバラにしちゃったとか、たまたま通りがかった探索者が助けてくれたとか、その辺りが丸いと思うが答えは如何に。
「……ふわぁ。ま、明日になれば分かるか」
欠伸によって遮られ、面倒だと思考を放り投げて目を閉じようとした。
その時だった。ベッドの上でスマホがブルリと震えたのを、何となく感じ取ったのは。
今日すべきことは終わったし、このまま目を閉じてしまい気持ちに駆られはする。
けれど感知してしまったものは仕方ないと、スマホを三度掴んで画面を確かめてみると、そこには
『明日空いているやつ。ホムラの配信を肴に、うちで飲まないか?』
トークアプリのアイコンの横に書かれていたのは、見知った名前とご提案だった。
送り手は一応所属しているサークルの部長。
自分の部屋と大学が近いからか、俺が飲めるようになってから事ある毎に誘ってくるのだが、今回もそれだろう。
あの人のせいというかおかげというか、サンマやらTRPGやら色々囓らされたからな。
まあ人付き合い、というか人と絡む積極性を出すのが苦手な俺からしたらありがたかったりする。
今回はどうしようかと、少し悩んでから。
どうせ明日も筋肉痛も治らないだろうし、ダンジョンにも行けないだろうと『おけです』と簡潔に打ち込んでから、今度こそ終わりだとスマホをポトリと落として目を瞑る。
明日は確か三限のみ。
怠かったらそのまま寝ていようと心に決めながら、そのまま意識を微睡みへと落としていった。