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頼りになる先輩達

 先輩の失踪を阻止して、秘密について教えてもらった翌日。

 一夜明けて気持ちが落ち着いたことで、ようやく最推しの配信者が自分の部屋にいたという事実が追いついてしまった俺は今日のテスト二つに欠片も集中出来ず、仕方なしと時間停止で乗り越えた。


 まあ敗北感はあるけど、カンニングまではしてないから今回はセーフ。

 お前だけズルいと言われそうだが、世界のみんながタイムストップアビリティを持ってないのが悪い。嫉妬ならば精々、こんな大層な能力を俺に与えた正体不明の誰かさんにぶつけてくれ。


 まあ何はともあれ、無事にテストは終わり。

 いつもであればこのまま帰るだけなのだが、今日は二人でダン考の部室へと寄り道していた。


「……それでテスト期間だろうに、わざわざ部室へ呼びだしてきたかと思えば……なるほど、中々に厄介な問題に首を突っ込んだものだな。とめるよ」


 久しぶりすぎる部室の中で、これまた久しぶりに会った坂又(さかまた)部長に赤い封筒を見せつつ、話せることの全てを俺が話し終えて。

 部長は数秒考え込んだ後、コトリと持っていたコーヒーカップをテーブルに置いてから、渋い顔で深くため息を吐いた。

 

「で、俺にどうして欲しい? 生憎だが、協力を求められても俺達では実力不足だぞ。お前の作戦では、むしろ足手纏いにしかならんだろう」

「ああいえ、普通に相談したかっただけです。今出した案に穴がないか、深入りしない程度にアドバイスをもらえたらなって」

「存外に図々しいな。……まあ、心配せずとも深入りするつもりはない。秘密とやらが鍵を握るのなら、警察に頼らず解決すると決めたのなら、外野が出しゃばり水を差すのは愚の骨頂だろう」


 俺がそう言えば部長は依然渋い顔をしながら、やれやれと呆れたように首を横に振ってくる。

 

 まあ実際、実に妥当な反応だと思う。

 根本的なことは言いたくないけどこれからこんなことををやるんでアドバイスください、なんて言われたら、俺なら何言ってるんだと突き返してしまうかもしれない。

 そう考えれば、こうして付き合ってくれるだけでもありがたい。流石は我らがダン考の部長だ。


「それで策についてだが、正直言えることなど何もない。お前の先輩として、来年から社会人になる者としてはあまりに無謀だと止めるべきなのだろうが、どうせお前は……いや、お前達は止まらないのだろう?」

「……まあ、はい」

「ならばきっちりやり通せ。お前が賽を投げたのなら、お前の失敗は葵さんの破滅に繋がるのだと肝に銘じてやり遂げろ。それが責任というものだ」

「……はい!」


 レンズの奥から矢のように鋭い目つきを向けていた部長は、俺の返事に小さく息を吐いてから口元を緩める。

 そしてコーヒーに口を付けた後、今度は隣に座っている葵先輩へと体を向け、膝に手を置き背筋を伸ばすという俺のときとは違う丁寧な姿勢で向かい合っていた。


「葵さん。余計なお世話かもしれないが、どうかうちの後輩を信じてやって欲しい。見た目も中身も冴えないが、これでやるときは中々やれるやつだと」

「……もちろんです。わたしは、時田くんを信じてますから」

「……ふっ、本当に余計だったな。外野ながら、失礼した。不肖の後輩だが、どうか存分に頼ってやって欲しい」


 俺のときとは違い、旋毛が見えるほど丁寧に頭を下げた部長。

 そんな部長に葵先輩は少し戸惑う様子を見せながら、けれども小さく頷くと、部長は顔を上げて優しく微笑んでくれる。


 ……ねえ聞いた? やるときは中々やれるやつだって……えへへっ。


「ぶ、部長……!! 俺の事を、そこまで買ってくれて……!!」

「ま、しくじったら例え葵さんが許したとしても、ダン考の恥曝しとして腹を切らせるがな。ダンジョンへの廃棄物投棄が問題になり出したとはいえ、死体を隠すなら海や山よりもお誂え向きの場所だぞ?」

「……部長ぅ」


 なんてことだ、この部長しくじったらダンジョン内で腹を切らせるつもりだぞ。

 もちろんそれは別にいいんだけど、流石に介錯の慈悲くらいは欲しい。ダンジョン生物共に喰われて惨たらしく終わるのだけはちょっと勘弁したいかな。


「ちいーっすさかさん……っておよ? 久しぶりのとめるに見覚えある可憐な女の子、もしかしなくても葵ちゃんじゃん! おひさー!」


 そうして話は一段落した頃、タイミングを見計らったように開いた部室の扉。

 この真面目な空気に場違いとも思える軽い声で挨拶し、葵先輩にまでいつものノリで話しかけたのは当然ダン考最後の一人。茶髪のチャラ男こと(かのう)はる先輩だった。


 相も変わらず軽すぎる叶先輩の挨拶に、露骨に警戒して俺の方へ体を寄せてきてしまう。

 ぎゅっと掴まれ、ちょっぴり伝わってくる柔らかな感触ちょっぴり役得と思いつつ。

 すぐに心の中でブンブンと頭を振るイメージをし、煩悩を振り払いながら叶先輩に鋭い視線をぶつける。


「……叶先輩、葵先輩と知り合いなんですか?」

「いやねとめる、実は同じ学部なんよ。そんで一年の頃可愛いなー、声掛けようかなーって思ったりしたんよだよねぇ」

「……今日ほど先輩に死んで欲しいと思った事はないです。実はストーカーだったりします?」

「ひっでえなとめるは。確かに痴情のもつれでやらかした前科はあるけど、こう見えて俺は一途なの。付き合って子がいるうちは他の女の子に目移りしないんだわ」


 俺の指摘に心外だと両手を挙げ。

 顔に不満を露わにしながらも適当な椅子に座ろうとした所、部長がゆっくりと立ち上がる。


「遅いぞはる。少し出るから付き合え、用が出来た」

「んえーさかさーん。俺に今来た所ー、ちょっぴり涼みたいんすけどー」

「文句を言うな。好きな飲み物買ってやるから、今回はそれで我慢しろ」

「まじー!? さかさんあざーっす! むしろ俺が先に飛び出しちゃいやーっす!」


 調子よく椅子から跳び上がり、颯爽と部屋から飛び出していく叶先輩。

 相変わらず部長には従順な犬だなと。

 さっきまでいった外は暑いだろうに、ああも切り替えられる忠誠に感心していると、部長も呆れを顔に出しながら俺がさっき見せた赤い封筒を手に取る。


「……さてとめる、俺達は三十分ほどで戻るからそれまでの番を頼む。……それと、これを少し借りてくぞ。なあに、決して損はさせん」

「あ、はい」


 他ならぬ部長ならば、別に拒否する理由もなく。

 反射で頷くと、部長は封筒を持ってそのまま部室から出ていき、あんなにも男三人女一人なんてオタサーの姫みたいだった部屋が二人だけの静かな場所となってしまう。


「あ、す、すみません!」


 先輩達がいなくなって、すっかりと静かになった部室。

 そんな部屋の中で俺から慌てて離れた先輩は、少し頬を赤くしながら顔を背けてしまう。


 ……無意識だったのか。そんなに警戒されるなんて、やっぱり流石だな叶先輩は。


「……部長さん。良い人、ですね」

「ええまあ。恥ずかしいから面と向かって言う気はないですけど、とても尊敬している先輩です」


 くすりと微笑む葵先輩。

 そんな彼女の言葉に俺は少し困ってしまい、指で頬を掻きながら目を逸らしてしまう。

 

 部長のことは尊敬している。

 (かのう)先輩の方も……まあ……少しは尊敬しているよ。色々とあれな人ではあるが、何だかんだ優しくしてくれるし、あれで俺なんかよりもずっと優秀な人だしな。


 ……本当、良い先輩達に恵まれたよ。出会いは結構無理矢理な勧誘だったけどね。

 

「……時田くん、作戦頑張りましょうね」

「はい。絶対に成功させましょう」


 俺達は見つめ合い、頷き合う。

 既に餌は垂らした。決行は今日の夜。このくだらない事件は今日で絶対に片付けて、明日からはいつも通りの日常だ。

 





 部室を出て、並んで大学内を歩く男二人。

 その片方、茶髪で如何にも遊んでいそうな風貌をした男は、うだるような夏の暑さに項垂れながら大きく息を漏らした。


「にしてもまさか、あのとめるが葵ちゃんみたいな可愛い娘捕まえちゃうとか……あんな部室で二人きりにしちゃったら、帰る頃にはイカ臭いんじゃないっすかね?」

「ふん、だったらその場は見て見ぬ振りをして、あとであいつだけ叱ってやるのが先輩というものだ。それにどんなにお盛んであったとしても、痴情のもつれで刺されかけたお前には負けるだろうさ」


 取り出したハンカチで額の汗を拭い、パタパタと手で自らの顔を仰ぎながら小さく笑う叶。

 そんな叶に、下側のみ白縁のある眼鏡をかけた男──坂又(さかまた)剣也(けんや)は軽く鼻息を鳴らし、淡々とした口調で皮肉をぶつけた。

 

「さて、警察よりも俺達を頼ってきた可愛い後輩のためだ。少しくらいは動いてやろうじゃないか」

「あのー、事情まったく知らないんすけど、何処向かってるんす……あー待った。ブツってことは、もしかしてあの人っすか?」

「ああ。やつが隠し持っている魔法(マジック)は、こと人間社会において反則の一つだ。人間不信で気難しいやつだが、かつての貸し一つとお前がいればどうとでもなるだろう」


 にやりと笑みを浮かべながら、赤い封筒を指で弾く坂又。

 そんな隣の坂又の意味深な態度に何かを察した叶は、まるで会いたくない人に無理矢理会わされるみたい、酷く面倒臭そうに顔を手で押さえてしまう。


「……さかさんさぁ、俺のこと餌としか思ってないでしょ。俺今ハニーいるんすよ? あの先輩ビジネスライクとは無縁の人だし、そういうのはフリーのときだけにして欲しいんすけど?」

「無論、大切な後輩だと思っているとも。それにヤって堕とせと言ってるわけじゃない。貸しの件で揺するから、上手く後押しして口説き落としてくれってだけだ」

「あー飴と鞭、それとも北風と太陽だっけ? ま、どっちでもいいっすね。とにかく、会った頃から人使いの荒い先輩だ」


 叶は不満のため息を吐きながら、けれどもどこか楽しそうに笑いを零した。

 

「ほんと俺に遠慮ないっすよねぇさかさんは。……あーそういやさっきの話なんすけどー、俺この日本酒飲んでみたいんすよねー? どっすかー?」

「あん、どれだ……一本二万、お前も変わらず可愛くない後輩だよ。はる」

「へへ、毎度ごちっす!」

 

 スマホを片手に満面の笑みを浮かべる叶に対し、坂又はやってしまったとばかりに肩を落とす。

 

 遠慮のない関係、一方的なようで持ちつ持たれつな繋がり。

 そんな二人にとってのいつも通りを築きながら、彼らはだらだらと大学内を進んでいった。

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