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普通の大学生

「ふわぁ……いっつ」


 通っている大学のそこそこ大きな教室の後ろの方に座りながら、ふと出てしまった欠伸と同時に全身を駆け抜ける痛みに、つい苦い表情を浮かべてしまう。

 

 あー痛い。こんなに筋肉痛が痛いと言ってしまいたくなるほど痛い。

 やはりあの解体作業は肉体的にもきつかったらしく、今日は起きてから筋肉痛が酷くて辛い。

 歩くのも億劫になるくらいのきついから、いっそ今日は大学も休んでしまおうかと良くない案が浮かんでしまったほどだ。

 

 ……いや、実際今日じゃなきゃ休んでた。

 今日が週に一度だけある、一限から五限まで講義が詰まっている曜日だから頑張れた。同学年に話す相手のいない俺が、一回とはいえ五つも講義をすっぽかしたら後が怖い。そういうときに限って重要なレジュメとか渡されるんだ。

 

『なー見たかよ、昨日の配信!?』

『ああ見た見た! すごかったなホムラ! さっすが配信系最強候補の一人だよな!』


 ふと耳に入ってくる男共の話し声。

 別にあいつらだけに限らず、電車の中から学生の群れ、果てはSNSやテレビのニュースまで。

 右も左もどこもかしこも、見たり聞こえたりする会話は昨日の『ホムラ』の話題で持ちきりだった。


『ホムラ隠し部屋発見! 国内二人目のドラゴンキラー、女性初の特級も視野入りか!?』


 スマホを起動して弄っていれば、ネットニュースにデカデカと書かれた見だしが目に入る。


 まあこれくらい騒ぐのは当然だ。

 何せダンジョンの隠し部屋なんてお祭り事、ダンジョン探索者でなくとも騒がない方がおかしいだろう。

 

 帰ってから適当なまとめサイトで知った事のあらましはこう。

 第五階層で公式の企画配信をしていたホムラが、偶然から隠し部屋の扉を発見して調査。

 軽く覗くだけのつもりだったが、あれよあれよと進めてしまい、ついに最奥らしき大部屋に到達してしまい、そこであのドラゴンと遭遇してしまい戦闘を開始することになった。

 

 だがドラゴンは強く、ホムラの判断で間一髪という所で全員撤退。

 何とか隠し部屋から離脱したものの、何とそのドラゴンは止まることなく追ってきたことであの危機的現場へ至った。そういうわけだ。


 どこから流出したのか、ドラゴンのバラバラ死体は流石に物議を醸したらしいが。

 それでもあの状況からの全員生還、ドラゴン討伐はまさしく偉業だと、ホムラは時の人となっている。


 噂では今度ドラゴンキラーの勲章を授与されく、上手くいけば特級探索者に認定される可能性だってあるらしい。


 特級探索者。偉業を為した人物にのみ与えられる、謂わば探索者の人間国宝みたいなものだ。


 各国で名は違えど、特級相当の扱いを受ける者は世界でもまだ十数人ほどでしかなく、現在日本には二名のみ。

 もしも認定されれば、探索者としては教科書に載るレベルの伝説となる。事実上冨、名声、力の全てを手に入れた現代の探索者の頂点とも言えるわけだ。すごいね。


『えー。じゃあ講義を始めます。今日は二十三ページの──』


 講義が始まったのでスマホを机に置き、目立たないようにニュースを眺めていく。


 それにしてもすごいなー、特級ってすごいんだろうなー。

 一回のダンジョン探索でどれくらい稼いでいるんだろうな。庶民が百円出すくらいのノリで百万くらいポンと出せちゃうんだろうな。


 俺も時間停止なんてすごい力があるんだし、本気で頑張れば億万長者になれるかなと。

 軽く時間を止めてみるも、やっぱり無理だなとため息をついてから、世界を元の流れへと戻して頬杖を突く。

 

 時間停止は反則(チート)とも言えるすごい能力だが、結局は時間を止められるだけでしかない。


 時間を止められた所で、ダンジョンに何日も籠もれる根気があるわけじゃない。

 時間を止められるからといって、隠し部屋を見つけられる運を持っているわけでもない。

 時間停止が使えた所で、友達の数は増やせないし彼女なんて作れない。

 

 結構前に時間停止の中でも歳は取るって話を聞いたことがあるせいでそこまでの濫用をする気にはなれないし、使い手の俺が凡々な以上発想は突き抜けず、実現できることだってほんの僅か。所謂宝の持ち腐れってやつだ。

 

 それにむしろ、時間停止はこういう日常でこそ輝く能力だと俺は思っている。

 テストで他の学生の答案を覗くとか、講義中にトイレに行きたくなったときとか、電車に乗り遅れそうだなってギリギリのときみたいな些細な困り事でね。


 なんでこんな人間に宿っちゃったのかは知らないが、時間停止能力(お前)も運が悪かったね。

 これもダンジョンの恩恵だというのなら、それこそホムラみたいにブイブイな武闘派に宿り、積極的にダンジョンへ潜ってくれる人を選ぶべきだったと思うよ。ご愁傷様。


 ちょっと便利な手品程度にしか使えない俺に宿った能力を哀れみながら、のんびりスマホを弄っていると、いつの間にか授業は終わってしまっていたらしく。

 

 とはいえ、その後も特にやることは変わらず。

 スマホを弄りながら講義に耳を傾けるのを繰り返し、やがて五限を終えて外に出れば、外はすっかり夕方から夜へと移る最中といった黒色具合。

 

 前を騒がしく歩く男女達は、これから飲みにでも行くのだろうか。

 男女で二人、手を繋いで歩く彼らはこれからホテルにでも向かうのだろうか。

 如何にもバンドマンですといった彼は、これからどこかで背負うギターをかき鳴らすのだろうか。


 人には人の青春が、時間がある。

 高校よりも遙かに人も多く、制服さえない大学なのだから、見回すだけでも可能性が無限大だ。

 

 ともあれ、今日の俺の予定は決まっている。

 家に帰って、シャワーを浴びて、ご飯食べて、それからベッドの上で推しの配信をチェック。それが朝から決めていた完璧なスケジュールだ。


「いでっ」

「っ……す、すみません! お、お怪我ありませんか!?」


 そうやって歩いていたら、突如前から人にぶつかられてしまい、つい尻餅をついてしまう。

 

 何だと思って見上げた先で目にしたのは、太い黒縁の眼鏡をかけた、少し黒髪を跳ねさせた若い女性。

 なりかけとはいえ夜なのでそこまで確かではないが、顔立ちも中々可愛いのではないだろうか。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「大丈夫です。俺もぼんやりしてたんで、気にしないでください。それじゃ」

 

 何度も謝ってくる彼女を平気だと言いながら、全身悲鳴を上げる体に気合いを入れて立ち上がり。

 俺のそばに落ちていた、ぶつかったときに彼女が落としたのであろう鞄を拾い上げ、汚れを払ってから渡してその場を去っていく。


 あの女性の声が思いの外大きかったのもあって、これ以上あの場にいたら悪目立ちしそうで逃げてしまったが、冷静になってみればすごい損をしてしまった気がしてならない。

 せっかくの出会い、こういう機会で食事に誘ったり話を広げたりしようと出来ないから童貞なんだ。まあ童貞なんだから仕方ないか。


 時間停止じゃなくて時間を戻せたらと、歩く度に主張してくる筋肉痛の中でふと思ってしまう。

 ああいう場で反応さえ出来ないのだから、やっぱりチート能力も宝の持ち腐れ。ダンジョンで億万長者なんて、どう転んだって不可能なのだろう。


 ……それにしてもあの人、いい匂いしたな。いや、発想がきもすぎるわ。童貞め。

読んでくださった方へ。

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