合法不審者、探索者なんてそんなもの
爆乳エリートお姉さんに一万円を貢がれるなんて体験をしてしまい。
色々いけない気持ちと、戻れなくなりそうな何かを心に芽吹かせながらもダンジョン庁を後にした俺は、夕方前には近所のスーパーで買い物することが出来ていた。
えーっと、買う物は玉ねぎと人参とじゃがいも、あとは贅沢に牛肉とヨーグルト。
それと忘れちゃいけないカレールーと米。そう、今日の夕ご飯はみんなの定番、カレーライスだ。
『時田くん。カレーが、おうちカレーが……食べたいです』
先ほど葵先輩に何が食べたいかを訊いてみた所、帰ってきたのは切実な一言。
トークアプリでは意外とユーモア豊かなのは、少しは気を許してもらえてるのだと思うことにして。
ご所望のものがあれば応えてあげるのが家主の務めだと、こうして奮起しているわけだ。
……具材を切ってルーと混ぜるだけの家カレーで何はしゃいでるんだってなるが、冷静になってはいけない。別に出来ないとは言わないが、こういう機会でもなきゃ料理なんてしないのだ。ゆで卵でも、人に振る舞うのなら気合いを込めてなんぼだろう。
「ママー! あの人剣持ってるー! かっこいー!」
「しっ、近寄っちゃいけません! ……あっ、す、すみません! ほら行くよ!」
そうしてカートを押しながら、ぽいぽいと買う物をカゴに放り投げていたときだった。
指を差しながら、実に大きな声で興奮を示してくれる男児。そしてしっかり聞こえているというのに、ひそひそ声で子供を叱りながら立ち去っていく母親。
こちらと目が合ってしまい、気まずい空気の中、逃げるよう子供の手を引っ張って離れていく彼女の姿に、残された俺は何とも言えない気持ちが浮かんでしまわなくもない。
……ああも露骨なのは久しぶりだが、別に発言自体は珍しくもない。
探索者という職業に否定的な存在は、ダンジョンが現れて三十年ほど経った今でも少なくない。いや、むしろSNSで繋がれる時代になって更に多くなったくらいだ。
探索者は人気や賞賛に満ちた、何より話題性に富んだ職業ではあるが、当然光あれば同じくらいには影もある。
自営業のように収入は不安定で、命を奪って生計を立て、上澄みは億のような金と名声を得ている。当然嫉妬や羨望も混じるだろう。
現代の炭鉱労働、最も野蛮で下賎な職業とさえ揶揄されることもあるくらいだ。
SNSによる意見の共有、悪意による扇動、ダンジョン配信者の不健全性、ダンジョンやそれに関係して起きた数々の問題など、否定的に偏る理由などいくらでも転がっている。
特にダンジョン出現、オカルトショックよりも前の世代はその傾向が顕著。
過激であれば探索者をAV女優や風俗嬢、タコ部屋での強制労働やスキャンダル専門の記者よりも下と声高々に叫ぶ人だって存在する。職業に貴賎などないと嘯く時代にはなったが、結局の所そんなに甘くないというわけだ。
そして一番分かりやすい点は、こうして武器を所持出来ているだろう。
級に関係なく、探索者資格はこうして武器を所持を可能としている。これは法律でさえ認められていることだ。
もちろん街中などの許可されてない場所で抜くことは禁じられているし、探索者の違反は通常の法律違反重罪とされる傾向があったりはするが、それでもそこにあるだけで怖いのが武器というもの。一般人にとっては、銃を隠し持っているヤクザよりも怖い存在であろう。
もし探索者の癇に障ることをしでかし、怒りのままにその武器を向けられることがあれば。
もし探索者に悪意がなくとも、奪われたり盗まれたりして悪人の手に渡ることがあれば。
もし人の理を超えた探索者が徒党を組み、暴力を以て現代社会へ反旗を翻すことがあれば。
高価だったりオーダーメイド、ダンジョン産であれば使用者本人のみ使用可能な場合は多い。
だが言い換えれば、そういった特別でなければそうでないことが多い。俺が持っているような安物の剣なんかにそんな上等な制限は付いておらず、ストッパーこそ付いてはいるが、もし管理を間違えれば事故に繋がる可能性は否定できない。
……ま、とはいえ結局は社会全体の、どこかの力ある探索者嫌い達が押しつけようとしたイメージでしかない。
怖がるのはもっともだが、剣や槍は銃と同じくらい分かりやすいから過剰に恐れられているだけ。
人を害せる道具なんてのは、それこそホームセンターや大きめのスーパーでも簡単に手に入るのだから、武器云々だけで特別忌避する理由は少ないはずだ。
どんな時代でも、目新しく輝く職業は無理矢理にでも非難されるものってだけの話。
出る杭は強く打たれ、民衆は激しく流し流されるのが人間社会の常。この時代においてもっとも目立つのがダンジョン探索者だった、それだけの話だ。
あーやだやだ。現実ってのはどうしてこう暗いんだか。
もちろん肯定派の方が圧倒的に多いけれど、先日のホムラ隠し部屋会見以降、ダンジョン反対派の声が目立つようになっちゃって、世論も少しずつ向かい風気味だから嫌になっちゃうよ。
美味しいカレーを食べる前なんだから、そういうのは考えないようにしないものだと。
陰鬱とした世の中を憂いながら、ちょうどお会計に進もうとしたそのとき、ポケットに入っていたスマホが震えたのを感じ取る。
なんだろう、追加のご注文かな。
今の俺にはこの一番高いお札があるわけだし、シチューにしたいとか言われなきゃ別にバッチこいだけど──。
『お湯が、お湯が出なくなっちゃいました……!!』
……ホワイ?