焼き鳥と言えばビール、ビールと言えば苦い 二章
疑念を抱いたきっかけはついこの前。
いつものように見ていた青柳トワの配信の最中に起きた、とあるハプニングだった。
そのとき青柳トワが戦っていたのは二十二層、複数体のダンジョンゴーレム。
東京ダンジョンの中層ではメジャーなダンジョン生物であり、噂じゃ二級取得試験の中層研修でもっとも探索者を阻んだらしい怪物複数体に囲まれるという状況だった。
とはいえ、別に窮地だったわけではない。
一ファンとしてではなく、一探索者として客観的にみてたとしても青柳トワの実力は二級の中でも高い方だと断言出来る。
例えダンジョンゴーレム数体に囲まれたとて、よほどがなければ危なげなく切り抜けられる。
『え、わわっ!』
彼女がダンジョンゴーレムに放った戦技、蒼旋毛。
ぐるりと周囲を身を捻り、戦斧で全方位を斬り伏せる戦技にて、確かにダンジョンゴーレムは砕かれた。
けれど問題はその後。
ダンジョンゴーレムを倒した直後、青柳トワの象徴の一つである蒼髪──正しく言えば、被っていたウィッグが頭から取れてしまったのだ。
別に彼女の髪がウィッグだった、そのことについての驚きは微塵もない。
純粋な蒼髪が自然発生するわけでもなし、なんて染めるか被るかしかないのだから変な色の髪が出てこなくて良かったと思えてしまうくらいだ。
問題は外れた髪ではなく、外れたことによって顔を出した中の黒い髪。
ハプニングの動揺から一瞬だけ口にした、いつもの低く圧ある寄せたものとは異なる、可愛らしさの強かったそれは既視感を感じて仕方ない声色。
そして何より、青柳トワから垣間見えてしまった葵先輩と同じような雰囲気が、同一の人物なのではないかという疑問を否定させてくれなかった。
「つまり推している配信者に親戚疑惑が出てきた……なるほど、中々難儀な悩みをぶつけてくるね」
焼き鳥の美味しいチェーン居酒屋にて乾杯してしばらく。
一部葵先輩に繋がりそうな情報は伏せながら話した悩みに、黒髪マッシュこと篝崎君は焼き鳥をつまみながら苦笑してきた。
初めはダン考の先輩達に相談しようと思ったのだが、冷静に考えればあの二人はないなとすぐに改めた。
坂又部長は頼りになるが、最近は少し忙しそうなので頼みづらい。
叶先輩は見かけ通りに経験豊富だが、とりあえず一夜共にして相性を確かめる人なのでちょっとレベルが高すぎる。何より恋愛相談じゃないのにそっちに持っていかれそうで嫌だ。
いつもなら青柳トワという選択肢もあるが、青柳トワへの疑念なのに投げ銭してまで本人に相談するのもアホらしい。
だからどうしようかなと悩んでいた所、あの件以来ちょくちょく話すようになった篝崎君に誘われたのでちょうどいいと了承し、流れで相談してみることにしたというわけだ。
「実際難しい問題だよな、そういう趣味の領分は。はっきり言わなきゃ伝わらないけど、どこまで触れていいのかさえ測りづらいんだ」
「……気のせいかな。なんか妙に実感こもってない?」
「あー、妹がやってるんだよ。ライブじゃなくて動画投稿だからましではあるんだけど、兄としては未成年のうちは控えて欲しいんだよな。……とはいえ言ったら間違いなく喧嘩になるんだろうな。はあっ」
後半になるにつれ、それはそれは説得力のある愚痴になってしまう篝崎君。
最後の実に重いため息で、せっかくの酒の席だというのに少し重苦しい雰囲気がテーブルを包んでしまう。
妹が配信者……なんていうか、色々大変そうだな。
いや動画投稿者と配信者は別物なんだろうけどさ、それでも未成年ならどっちも控えて欲しくなるよね。うん。
「まあでも、別にいいんじゃないか? 別に過激な思想を謳っているとか、宗教の勧誘をしているとか、エロ方面で活動しているとかそういうわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうだな。活動自体は健全……健全? ねえ篝崎君、投げ銭って健全なのかな?」
「それを考え出したら店閉まっちまうな。……ま、今はそういう時代なんだし、咎める方が少数派なんじゃないかな。多分」
そうして篝崎君は苦笑いしながら、今し方運ばれてきたつくねに口を付ける。
……そのつくね、美味しそうだな。俺が食べてもそそられないだろうに、どうしてそんなに違うんだろうか。
「というか、こういうのは同性に相談すればいいじゃないか? 誰かいないのか?」
「いる風に見える? こちとら万年ソロの三級探索者ぞ?」
「そこはいると言って欲しいな。辞めた身で言うのもあれだけど、探索者って人脈が物を言うと思うよ? 特に中層を視野に入れるならさ」
当たり前すぎる助言をいただいてしまい、つい口を噤んでしまう。
ちくせう、何も言い返せない。顔以前にコミュ力の差が憎らしい、心の底から憎たらしい……!!
まあ冗談はほどほどにしておいて。
真面目に考えるなら、俺がものを相談出来る女性の知り合いと言えば、葵先輩を除けば火村さんくらいか。
でもあの人、前会ったときに忙しいって言ってたしな。
今度飲みに誘うって話もただの社交辞令だったのかもしれないし、そもそも歳上の女性を誘う店とか分からんから、あっちから誘ってくるまでは選択肢にすら入らない。自分でも言うのもあれだが、恩人だとは思えないほど微妙な関係性だな。
「悪い、トイレ行ってくる」
追加のビールを頼んでから、一度席を外して便所で用を足す。
結構な量の酒を飲んで放出したからか、開放感がありながらちょっとふらつきそうになったりと忙しい。
あまり強くないというのに、ジョッキ二杯は流石に飲み過ぎたか。ダン考の先輩以外と飲むのは初めてだったから、ちょっと調子に乗りすぎたかもな。
「……お? お? お? そこにいるのは我が教え子、とめる青年じゃないかい?」
そうして通路を歩き、席に戻ろうとしたときだった。
ちょうど通りがかったテーブルから名を呼ばれたと思えば、勢いよく立ち上がってくる。
赤みがかった茶色の髪で俺より少しだけ背の高く、どこか聞き覚えのある声。
そして何より首元の熊にでも裂かれたような傷跡と、おっきなお胸が特徴的な女性──ついさっき頭に浮かんだ恩人兼探索者の師、火村さんであった。
「へへっ、なんだなんだおい! こんな所で会うとは偶然じゃん! なあ!」
「……お久しぶりです。そして相当酔ってますね、火村さん」
目を輝かせながら、ジョッキ片手にうれうれと肩に手を回してくる火村さん。
頬を赤くし、アルコール臭を漂わせる彼女は、最早酔っているなんて言葉で片付けていい存在。酒臭っと、思わず口に出さなかった俺を褒めたくなってしまうほどだ。
しかし相変わらずだなこの人。大きなお胸が当たってるんだけど、これでも俺男よ?
「茜どうしたの~? お酒飲んでるからって知らない人に絡んじゃ駄目だよ~」
「おおなとり! こいつだよこいつ、さっき話してた私の弟子!」
「え~? あ~……あ~!?」
恐らく火村さんの連れであろう亜麻色ショートヘアの美女。
一目で分かる大きな胸。右の目元にある泣きぼくろ。そして他の何よりも目が行ってしまうデカパイを持つ彼女が助け船を出してくれたかと思えば、弟子だと紹介された途端に視線が興味へと切り替わってしまう。
ふむふむと。
顎に手を当て、大人が言ってはいけないようなあざといセリフを口に出しながら俺の全身を舐めるように見てくる女性。
なんていうか、美女にそう舐め回されるように見られると恥ずかしくなってくる。お酒飲んでるから、つい勃っちゃいそうで怖い。
「ふむふむ~。これは中々~ってほどでもないかな~。まあ将来に期待ってことで♡」
「え、えっと……?」
「あ、申し遅れました~。わたし白鳥沢なとりで~す。茜の同僚やってま~す♡」
「あ、はい。時田です。どうもです」
どうやらお眼鏡にはかなわなかったのだろう。
興味をなくしたように元の目へと戻してから自己紹介してくる彼女に、俺しどろもどろになりながらも名乗り返す。
しかしあざといなこの人、あざとすぎる。
この間延びした甘ったるい声、見計らったようなウィンク、ちょっと見えかけている火村さん以上の爆乳。
ただ緩いだけのように見えながらも、ふと全部計算されていると思えてしまう絶妙な塩梅。毒があると思わせない毒の花、とでも呼ぶべきか。
「ほれほれこっち来いよー! 美女二人にお酌してもらえるチャンスだぞー!」
「あーすみません、俺友人待たせてるんで……」
「なんだよおいー! 師匠の酒が飲めないってのかー? 生意気だぞー?」
どうにか剝がそうとするも、二級スペックを無駄遣いして鬱陶しく絡んでくる火村さん。
この人こんなに酒癖悪いんだな。酒に強いイメージだったから意外だ。
「もう茜~? そんな絡み方するから彼氏君とも上手くいかないんだぞ~?」
「うるへえー! 私は悪くねえー!」
「まったくもう~……ごめんねお弟子君~。この娘すっごく酒癖悪くて~、その上最近ストレスばっかりだからさ~。ま、どうせ覚えてないし見なかったことにしてあげてね~」
慣れた手つきで俺から火村さんを剝がし、器用に座らせてからバイバイと手を振ってくる白鳥沢さん。
ちゃんと挨拶して立ち去るべきとか、理性では理解しているもののそれどころではなく。
生返事で軽い会釈だけして、そのまま先ほどの言葉を反芻しながら自席への道のりを歩いていく。
……彼氏いたんだ、火村さん。
いや美人だし面倒見もいいから何もおかしくはないんだけど、それでもこういるって突きつけられると、それはそれでダメージが……おかしいな……?
「……どうした? なんか浮かない顔してるな?」
「現実ってものを噛み締めてきたよ。俺だけは違うと思っていても、人は誰しも脳が破壊される生き物なんだなってさ」
「??」
自席に戻り、篝崎君に心配されながらもジョッキを掴んでビールを一気に呷る。
別に失恋したわけでもないけれど、そもそも恋にさえなっていないのだけど、どうにもほろ苦いこの気持ちがビールのせいだと思えるようにひたすらと。