流石に思っちゃうよね
梅雨の湿気も抜けかけ、夏が姿を見せ始めた頃。
季節で変化を見せることのないダンジョンの中。ある意味避暑地に持ってこいな場所で、俺は今日も変わらず剣を振る──わけでもなく、もうすっかり慣れてしまった手でスマホの録画を回していた。
目の前で披露された、相変わらず圧巻としか言いようのない戦闘技術。
僅か十数秒の間に振われる、荒々しくありながら滑らかで繊細な戦斧捌き。
まるで上層のダンジョン生物など相手にもならないと、そう言わんばかりに寄せ付けない圧勝は、何度見ても流石だと思わざるを得なかった。
「……ふう」
「お疲れ様です。タオルどうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
見事に両断され、塵と化していく大型のダンジョンコウモリ。
人の半分ほどであったあれを葵先輩が容易く葬ったことについて、最早あまり驚くこともなく。
スマホをしまい、コロンと転がった魔動石を拾い上げてから葵先輩へタオルを渡すと、彼女はつい先ほどまでの強さを感じさせないほどわたわたと頭を下げてきた。
「ど、どうでした? い、一応蒼砕岩のつもりだったんですけど……」
「完璧なんじゃないですか? 見事に一刀両断って感じでしたよ」
一段落し、今日は終わりだと二人で帰路に就く最中、ふと尋ねてくる葵先輩。
学生としても探索者としても先輩だというのに、相変わらず腰が低いなと思いながら偽りなく答える。
先ほど葵先輩が決着にみせてくれた一撃は蒼斧レナの戦技、その名も蒼砕岩。
欠片もぶれることなき必殺の振り下ろしは、聳え立つ大岩さえ砕くかの如き威力。
まさにシンプルイズストロング。第二巻で多くの猛者を寄せ付けなかった黒鉄の改造怪人『カタイン』を一撃で戦闘不能にし、彼女の強さを裏世界へ見せつけた爽快感ある一撃の再現だ。
先輩が俺を同行させ、動画を撮って意見を求めてくるのは練習のため。
先輩がメインで活動している中層。そこでも通用させるために、完全かを確認しているのだ。
しかしやはり面白い偶然があったものだと、先輩の技を見る度につい思ってしまう。
葵先輩の戦闘スタイルは『蒼斧レナは戦慄かない』仕込みのもの。
同様にモデルとしながら、再現することを目的としている青柳トワ。
可愛い女性が二人も同時に蒼斧レナのコアなファン兼探索者をやってくれているのだから、俺が作者だったら涙が止まらないだろうね。
「しかしいいんですか? 誘ってもらえるのは嬉しいですけど、葵先輩なら中層で活動した方がずっと稼げるのでは?」
「そ、そんなことありません! 元々稼ぎは気にしていませんし、こうして誘ってるのはわたしなので! それに中層にははい……ごほんっ、一人でたまに潜ってますので、気にしないでください!」
はい……? まあ、存在が邪魔になっていないのであれば別にいいですけど……。
「そ、そういえば! 時田くんも少し変わりましたよね? なんていうか、初めて一緒に来た頃に比べて少し余裕が出来た感じがします」
「そうですか? 実は自分でもそんな気はしていたんですけど、葵先輩に言ってもらえるなら自信持てそうです」
強引にでも話題を切り替えたかったのか、葵先輩は俺のことを褒めてくれる。
活動が上層メインになったのは梅雨に入る前だったから、というかあの十五階層隠し部屋事件からもう一ヶ月くらい経ったか。
最近では時間停止なしでも無理なく探索出来るようになった気がしていたが、二級の方にそう言ってもらえるなら自惚れではないと思っていいのだろう。
しかしあれだ。
褒められ慣れていないせいだろうか、こうして面と向かって褒められると照れちゃうな。
「…………」
「そういえば、もうすぐテスト期間ですけど先輩は……葵先輩?」
「え、あ、はい! な、ど、どうしました?」
「いえ、さっきからぼーっとしていたような気がしていたので、どうしたのかなって」
「い、いえ! いえいえ、大丈夫! 大丈夫ですから! はい!」
既にいくつかは告知されたレポート課題を思い出し、憂鬱になりながら尋ねてみるが先輩は上の空。
どうしたのだろうかと先輩の名を呼んでみれば、何でもないとやたら喰い気味に否定して、そのまま早足で先に行ってしまう。
……ここ最近、葵先輩とダンジョンに潜る機会が増えて気になっていることが二つある。
まず一つは最近の先輩は少し様子がおかしいこと。
まあこれを問いただすのはお門違い。この一月と少しで多少は仲良くなったものの、未だ先輩後輩の関係でしかないのだから、本人が相談したくなったらのなら耳を傾ければいい。それだけのことだ。
もう一つ。個人的には、こっちの方が気になって仕方ないほど切実な悩み。
目の前にいる二級探索者、葵夕葉先輩。
あまりに今更過ぎるのだが、彼女こそが俺の最も推しているダンジョン配信者──青柳トワなのではないかと。