始まりの悪意
酷く鬱屈とした空気の漂う四畳半。
床のそこら中に潰れた缶が転がっており、カーテンで外の景色さえ遮断された薄暗い一室にて、所々傷ついた黒いチェアに座りながら、目の前で唯一光を放つパソコンの画面を見つめるぼさぼさ髪の男がいた。
「ちっ、何がホムラだ。隠し部屋見つけたからって調子に乗りやがって、媚び売り目的のアバズレ風情がよぉ……ひっく」
パソコンの画面に映し出されているのは、華麗に敵を打倒する赤髪の探索者。
ダンジョン配信者と区分され、人々から期待と称賛を向けられている彼女。今目の前の画面に映っているのはホムラ、その中で最も話題性のある一級探索者。
男はそんな彼女へ舌打ちしながら不満を漏らしながら、そばに置かれた潰れていない缶を手に取って口を付けた。
「……ブハァ! ひっく、ったくよぉ、こんなやつらがいるから探索者の品位が落ちるんだ。こんなビッチが一級とかおかしいだろ! 大体んだこのでかい胸と露出、ダンジョンよりAVでも出てた方がましってもんだろうがっ! ひっく!」
まるで怒りをぶつけるかのように缶を握り潰し、そのまま床へと叩き付ける男。
「あーくそう……人生なんて何もかもがクソだ。俺は頑張ってもこんななのに、容姿いいやつがチャラチャラやってるだけで億万長者とかふざけんじゃねえぉ。ひっく!」
苛立ちまんまにデスクに拳を振り下ろしてから、軽く缶を雑に掻き分けて、デスクで項垂れながら嘆く男。
そんな男の手が偶然にもマウスに触れてしまい、映していたホムラのライブから画面が切り替わってしまう。
『千鶴流、蒼旋毛』
そうして画面が切り替わっても、映るのはやはり探索者。
深い蒼の髪をなびかせながら、中層でよく名を挙げられるダンジョン生物、ダンジョンゴーレムを戦斧にて回転しながらの横振りで粉砕していく女探索者。
男がうつらうつらとしながらも、チャンネル名を確認してみれば『青柳トワ』と書いてある。
青柳トワ。登録者四桁台で視聴者数百十と、さして有名でもないダンジョン配信者。
「へ、クソ女がよぉ。どうせこいつも顔がいいからって、周りなんて見下してんだ──」
『え、わわっ!』
・かわいい
・何も見なかった、いいね?
・というか普通にウィッグだったんだ
激しい動きでズレてしまったウィッグに気付き、動揺しながらもすぐさま直す青柳トワ。
配信中でのハプニング。
確かに湧く場面ではあるけれど、普通の視聴者であれば何も見なかったと、強く問うことなく流してやるのがマナー。例えファンでなくとも、それは常識の範囲の中であろう。
──だが男は違う。
この男は目の前の配信者のファンでもなく、推しているだけでも、応援しているわけでもない。
敵の、仇の、悪の弱点を見つけてしまったかのように、覗かせた黒髪に体を起こす。
「んひひひ……いい暇潰し、みーっけた。ひっく」
ぼさぼさ頭の男は暗い部屋の中。
獲物でも見つけた獣のように目を怪しく細め、下唇を舐ってからにたりと笑みを浮かべる。
獣と違うとすればただ一つ。男のそれには、悪意と興奮が充ち満ちと込められていた。
読んでくださった方、ありがとうございます。
今回より二章を始めていきたいと思います。今日と明日で一話ずつ、その後は二日に一回投稿出来たらなと思っているので付き合ってもらえたら嬉しいです。
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