あー疲れた
静止した世界の中で、間一髪と言える光景を前にしながら状況を呑み込んでいく。
……なるほどね。
このクソデカ石像が突然動いて襲いかかってきたのか、そりゃ叫んじゃうのも納得だ。
「……くそめっ」
問題ないなどと手前勝手に判断し、目を離してしまった自分の見積もりの甘さを悔やむ他なく。
一瞬、自らの不手際に歯が軋みそうなほど強く噛み締めてしまうも、すぐにバシバシと、数度頬に紅葉が付きそうなほど叩いて切り替える。
幸いなことに、まだ誰も死んじゃいない。
ギャル子が声を上げる余裕があったということは、恐らく初撃ないしは初動は乗り越えたということ。何があったのかは知らないが、今は悔いるよりその幸運に感謝すべきだ。
さあ、まずは人命救助から。
立ち尽くしている全員を大部屋の扉前、見える位置ながらひとまず射程まで運んでいく。
止まっている人間を傷つけずに運ぶのは、同じ重さの銅像を運ぶに等しいのでクソほどしんどいのだが、そこは時間を掛けてどうにか完了。一息ついてから次にして本命、このクソデカダンジョン仏像の解体を開始だ。
とはいえ相手は生き物ですらない石、どうアプローチしたものかと腕を組んで長考せざるを得ない。
手持ちの剣じゃ多分というか絶対無理。
こういう無機物を目の前にすると、まだ探索者に成り立ての頃、調子に乗って違法で中層に殴り込んだ際、大型のダンジョンゴーレムに歯が立たなかった黒歴史を思い出してしまうな。
あのときも確か、やられかけていた探索者さんのでっかくてよく切れる太刀を借りたんだっけか。
残念ながら篝崎君達は三級だし、持っている武器のレンタルは期待できない。
どうしよっかなぁ。せめていつものツルハシがあったら……あ、そうだ。あるじゃんそこに、最高のツルハシがさ。
目を瞑る篝崎君に手を合わせ、リュックから拝借したのはライトグリーンの魔動ツルハシ。
これが一つお高い万円の最新ブランドツルハシ……えっとこれ、どうやって起動すればいいんだろうか。複雑なのだと免許が必要なほどだし、猿でも分かる説明書が欲しいな。
軽く見回してから、それっぽい赤いボタンを押せばグイングインと起動する魔動ツルハシ。
うーんすごい、握っているだけですごいパワーを感じてしまう。
どんな理屈かは知らないけど、これがあれば石鉄ダイヤまで何でもござれな万能感。多分だけどこれ、上の部分触ったら大変なことになりそうだな。おお怖い。
ガキンと。
一つ振り下ろせば、ピックは艶やかな石の肌に負けることなく突き刺さり、確かな手応えと共にそれはもう見事な罅が入ってくれる。
通用すると分かれば、あとは流れでどうにでもなると。
ひとまずの成果にほっと胸を撫で下ろしながら、ギュッとツルハシを握り直し、トンテンカンと作業へ続けていく。
頭から順に下りながら、ひたすら砕いて砕いて砕きまくって。
あまりに魔動ツルハシの振り心地がいいので、ついつい奏でた鼻歌にノリながら採掘解体を続けていると、ちょうど胸の左辺り、人で言う心臓部分に埋め込まれたでかい紺色の水晶を発見してしまう。
なんだこれ、核……なんかな。
ダンジョンゴーレムは稀に核を持つって話は聞いたことはあるが、果たしてこれがそうなのか。
まあよく分からないが、とりあえずこれを壊せば止まるのではと。
気持ち強めにツルハシを突き立ててみるも、何故かするりと表面を滑ってしまい、反動でツルハシを落としそうになってしまう。
あっぶな! このツルハシの弁償とかマジで無理だから、落とさなかった俺マジでナイス!
しっかしなんだこれ、壊れないし刺さりもしない。何で出来てるんだろ? そもそもこの石像は何なんだろうか。
疑問は増えど、今やるべき事には関係なく。
一応触ってみても問題はなさそうなので、周りの石を壊して慎重に取り外してから、ガッシリとツルハシを掴み直して作業へと没頭する。
作業して、休憩して、作業して、休憩して、休憩して、作業して。
停止中故にスマホで作業BGMさえ流せない、静かで虚無な時間をひたすらに繰り返し続け。
そうした長い長い採掘マラソンの果てに、ようやく、ようやく一番下である足の指先まで到達した。
ああ無理ぃ、疲れたよもうぉ。
今回はどんくらい時間かかったんだか。体感ドラゴンと同じくらい、それ以上は数えたくないね。
さて、こんなに働いたのだから、今回もせめて記念にと。
砕きまくった中で手のひらサイズの白石を掴み取り、リュックに収めてから篝崎君に魔動ツルハシを返却する。
これでよし。それじゃあ撤収……といかないのが、今回のお仕事の辛いところ。
いつもならこれでおしまいなので立ち去るのだが、今日はまだもう一工程挟む必要がある。それは第二発見者を探して彼らを保護してもらうためだ。
篝崎君達もこのクソデカ石像に襲われて、流石に無謀だったと思い知ったはず。
であればあとは求めた助けに応じてくれる人を、そして彼らが発見したと目撃してくれる人を連れてくれば、あとは何やかんやで上手くいってくれるだろう。
……壮大なマッチポンプではあるが、まあ気にしないことにしよう。俺は悪くない。
ふらふらと隠し部屋、更に細道から出たあと、誰かいないか周囲を探してみる。
とはいえ先ほどまでの作業音やら何やらで誰も寄ってこないのだから、ちょっと遠出しないといけなさそうだが──おっ?
すぐ近くにいたのは、無駄にでかい黄金のハンマーを引き摺りながら歩くのは、笑顔が朗らかな職場の優しい上司に欲しいとされる男性。
びっくらハンマー。希少な一級探索者のダンジョン配信者にして、ムラこそあるものの絶好調なら一級最強候補とさえ上がる男がそこにはいた。
ラッキー! 誰に声を掛けようとか思っていたが、一級が通りがかってくれるとは幸運にもほどがあるじゃん俺。
ことダンジョン内において、信頼で一級の名に勝るものはない。
何せ一級なんてのは二級の中でダンジョン庁に認められた一握りしか辿り着けない最高境地。現在この国に三十一人しかいない、まさに化け物の中の化け物ってやつだ。
まあ人間だから当然なんだが、中には黒い噂があるやつだっているが、びっくらハンマーならそういう心配もない。何せ愛妻家で子供思い、ギャンブル癖以外は欠点のない男で有名だからね。
「あ、あの、びっくらハンマーさんですよね?」
「ん? ああ、そうだよ。知ってもらえてるなんて光栄だな……って君、顔色悪いけど大丈夫かい?」
少し離れた位置で時間停止を解除してから、偶然見つけたみたいに装って声を掛ける。
突然声を掛けられたびっくらハンマーだが、配信通りの気さくさで笑いかけてくれて、更には俺の心配までしてくれるという優しさっぷりだ。
ああ駄目だ。男の子だってのに、なんかつい涙が出ちゃいそう。
なんか今回すごい疲れたからさ、心配してもらえるだけでこう嬉しくなっちゃう……違う違う、切り替えよっと。
撮影スタッフはいないということは、何かの企画で潜ってるわけではないのだろう。
なるほど、オフならますます都合がいい。スタッフの機転で急遽生配信、なんてされたら俺の顔も映っちゃいそうで嫌だからさ。
「実はさっき、あっちからすごい音がして……ちょっと前に若い探索者が入ってから戻ってこないから、ちょっと心配なんです」
「……そうか、分かった! 悪いんだけど、そばまででいいから案内してくれないかな? 奥は俺が見てくるからさ!」
俺が相談すると、二つ返事で案内してくれと頼んでくる。
いきなり湧いた俺を疑わないのは素直に信じてくれているのか、それとも嘘でも対応出来るという自信が故か。
まあどっちでもいいや。この人を謀るつもりなんてないんだし、どっちだっていいことだ。
「ここか。案内ありがとう、俺はすぐに確認に行くが……君はどうする?」
「大丈夫です。俺は一人で帰れるんで、あとはお願いします」
「……そうか。出来れば送ってあげたいが、帰ると言うなら尊重せざるを得ない。その代わり、何かあったら大きな声で叫んでくれ。俺が必ず駆けつけるから」
やだっ、ちょっとキュンとしちゃう……♡
笑みを浮かべ、親指を立ててから奥へ進んでいくびっくらハンマー。
そんな彼の圧倒的頼もしさに、人なら誰もが抱いている僅かな乙女心を刺激されちゃいながらも、もう一度時間を停止して隠し部屋へ再入場する。
停止した時間の中でびっくらハンマーを先回りし、篝崎君達が移動してないかの確認してみれば、彼ら一同は移動することなく、先ほどの大部屋で目の前の現実を処理しきれずに立ち尽くしている。
結構結構、下手に移動してないならむしろ好都合。
時を動かしたほんの一瞬で死んでないことに安心し、大部屋に一番近い部屋で息を潜めながら、止まっていた時間を再び動かして成り行きを見守ることにする。
「大丈夫かい!? ……な、なんだこの状況は!?」
「え、あ、び、びっくらハンマー?」
「良かった、怪我はなさそうだね。俺が来たからにはもう大丈夫。さあ、ひとまずここを脱出しよう」
びっくらハンマーと合流し、隠し部屋から脱出していく彼ら一同。
喜びを噛み締めたり、涙を流したり、腰を抜かしてしまったりと。
そんな十人十色の安堵を見せながらも、一同が彼の誘導に従って脱出していくのを聞き届けたのを見届けてから、大きな大きなため息を吐いた。
……ふうっ。今度こそ、今度こそ俺の仕事も終わりだな……おっと。
あー終わったと思ったらドッと疲れが巡ってきやがった。ちょっと仮眠したいけど……ダンジョンの地面、寝心地悪そうだからやっぱなしだな。
そうして爆笑レベルで笑う膝を軽く叩き、剣を杖にして立ち去ろうとしたときだった。
帰路の途中、彼らが通り過ぎたであろう地面に落ちたそれを見つけたのは。