時間外労働開始
上層でもトップクラスに広いとされる十五階層。
いくら上層を活動範囲に変えたとはいえ、時間停止がなければ一人で来るには少し辛い階層を、だらだらとため息を吐きながら歩いていく。
十五階層に到達してから、時間停止は継続中。
ただでさえだだっ広い階層だってのに、ひび割れの具体的な場所は一切聞いてないのでこうして虱潰しで探すしかないんだから、時間でも止めないとやってられないって話だ。
ちなみにこの階層に辿り着く前、道中で起きた戦闘は合計七度。
今回はダンジョン探索が目的ではないので時間を止めて対処したが、それでもやはり疲れるものは疲れる。
それに昨日もダンジョンに潜っていたので、本来なら休日の予定だったこともあり、思ったよりも疲労が溜まってしまっている。正直な話、全部が本調子とは言い難いのが本音だ。
……こんな不調でこき使われる報酬がシュークリーム二つとか、我ながら相当に搾取されてるな。
何かあった場合、正式に救助出したら保険込みでも高くつくってのにさ。……あーくそっ、無駄骨だったら焼き肉やけ食いでもしてから一日中ふて寝でもしよっと。
とはいえ、最悪なことに胸騒ぎが収まってくれず。
杞憂で終わってはくれないだろうなと、悪いことだけは当たってくれる我が予感に再度ため息を吐きながらも、探索を続けていく。
篝崎君ご一行か、ひび割れた壁か。
こんなにも探しているんだから、そろそろどっちか見つかってくれないかな……おっ、噂をすれば。
放浪しているとついに発見した、黒髪マッシュこと篝崎君とそのご一行。
ひーふーみーよー……五人パーティか。タンクの篝崎君を先頭に前後衛男女でバランスの良い編成、表情からも和気藹々感出てるし羨ましいこったね。
ともかく発見し、まだひび割れスポットにも辿り着いていないことに安堵しつつ。
呑気に英雄ごっこに勤しんでいる連中にちょっぴりむかついてしまったので篝崎君の頬を軽く叩き、大きく深呼吸して時間停止を解除する。
「っつ、ん……?」
「どうしたのよ凜? そんな呆けちゃって」
「え、ああ何でもないよ。心配ありがとう、さな」
突然の弱ビンタに驚いたのか、頬を擦りながらも気にしないでと言って進んでいく篝崎君。
けっ、良い感じに女侍らせちゃって。リア充大学生ってのは良いご身分だこと。ばーかっ。
ていうかあいつの名前凜って言うんだな。篝崎凜……なんか名前までメインキャラっぽくてちょっとむかつく。時田とめるとか正直サブキャラ感えぐいからさ。
「……ん?」
「どうした星川?」
「背後から見られている……ような気がする」
……やべっ。止まれ時間ぃ、そしてすぐさまエスケープ!
「誰もいねえぞ? 勘違いじゃないか?」
「……おかしいな。私の直感なんだけど」
「まあまあ。俺達は今、少しばかりの冒険をしようとしてるんだ。リナが敏感になるのも無理はないさ」
ついさっきまで俺のいた場所へ確認した一番大柄な男は、誰もいないと大きな声で伝える。
首を傾げる小柄な少女を、先を急ごうと両者を窘める様を後ろから見て、ほっと胸を撫で下ろす。
しっかし危ねえ。あの星川とかいう女『魔法』持ちかよ。間一髪だったなぁ。
ダンジョンは時に、人へ特殊な力を宿らせることがある。
それは未だ解明されることのない、ダンジョン七不思議に連なるほどの不可思議である。
例えばホムラがやってる武器に炎を宿す力。
例えばファンタジーに出てくる魔法のような力。
例えば俺の時間停止能力。……まあこれはダンジョンに入る前に手に入れた力だから、同カテゴリーなのかは不明だけど。
ともかく理屈では説明出来ない力。創作めいた能力。物理法則から外れた超常。
それらの奇跡の恩恵を、まるで『魔法』だと。
ダンジョンが世界に現れてすぐの頃、テレビ番組にて物を浮かせる力を披露した男の前で、どこかの学者がそう言い表した故にそう名称付けられ、今日まで区分されている。
あの星川と呼ばれた彼女の直感もその類、説明出来ない部類の力によるものだろう。
まあ可視化出来る能力ではなさそうなので断定は出来ないけどね。能力によっては悪魔の証明レベルで難しいわけだし。
……個人的には、魔法じゃなくて異能とか不思議パワーって感じの名前にして欲しかったな。
だってわかりにくいんだもん。しっくりこないんだもん。ダンジョンの上層下層問題もそうだけど、わかりにくいのばっかりだよ。
ま、そんなことはどうでもいい。
とにかくあの察知に捕まらないくらい離れながら尾行……はあっ、ほんとなんでこんな面倒なことを。
「……なあみんな、ここまで来てなんだが、やっぱり誰かに相談しないか?」
「くどいぜ凜。そういうのは昨日話し合って決めただろ?」
「そうよ。あーし達が隠し部屋の第一発見者になる。そんであのうっざい先輩達に目に物見せてやるんだって誓ったじゃん。大体あんたも、そういう気持ちがあるから来たんでしょ?」
何か話してるが、流石に遠すぎて断片的にしか聞こえてこない。
けどまあ不思議なことに、途切れ途切れでも言いたいことは何となく分かる。分かってしまう。
なんか日頃の不満溜まってそう、陽キャも色々と大変なんだろうな。
それにしても、やっぱり勧誘のときにアットホームを売りにしてる場所が真っ黒なのは逃れられない宿命なのだろうか。……サークルなんて嫌ならさっさと辞めちまえばいいのにね。
「……着いた。確かここだったな」
そうしてしばらく。
篝崎君ご一行が危なげなく遭遇したダンジョン生物に対処するのを観察しながら、自分でも後ろからだるまさんが転んだみたいに迫ってくる敵を時を止めて処理しつつ。
やがて通路に入り込み、彼らが辿り着いたのは人気なんてない行き止まりだった。
十五階層は狩り場に適した広い空間の多く、それ故にこういった狭い路地にはほとんど人が寄りつかない一角。
確かにこういう場所ほど隠し部屋はありそうだが、そんな安直な場所にあるならもっと前に見つかっているだろう。ほとんどの人が立ち入れない中層以降ならともかく、ここはまだ上層なのだから。
「ほらここ、やっぱりここだけに罅がある。ははっ……やっぱり見間違いじゃなかったな!」
壁に触れた篝崎君は、語気を尻上げながら歓喜を露わにする。
気になったのでちょっと時間を止めて、のこのこと彼らのそばに寄って確かめてみれば、随分と感極まっちゃってる篝座君の顔と、彼の指が示す先に確かにひび割れたダンジョンの壁が拝見できる。
……おおすごい、まじもんで罅入ってるじゃん。こりゃ何かはあるんじゃないか?
「で、こっからどうするわけ? 殴れば壊れる系なんこれ?」
「星川、なんか直感働かねえのかよ?」
「ない。直感、そういう万能じゃないから」
「けっ、使えねえなぁ。おい凜、どうす……凜?」
再び定位置に戻り、彼らを窺っていると何かを話し合い始める。
チキったり心変わりして帰宅するなんて選択はなさそうなのが残念だが、果たして罅があるからといってどうやって開拓するんだかと。
そんな風に思いながら観察していると、篝崎君が自信満々にリュックを下ろして何かを取り出す。
出てきたのは折りたたまれた、ライトグリーンのツルハシ。
ああなるほど、魔動ツルハシ。魔動石のエネルギーで採掘出来るダンジョン探索の頼れる味方、俺も欲しいな。
「罅が入ってるなら壊すまで。ダンジョンの壁と言えど、こいつなら可能性はあるかもだ」
「なんだ……っておいおい、まさかDTCの最新魔動ツルハシかよ!? お前、財布大丈夫か!?」
「まあ高かったけどね。今回の発見に命を懸けるって覚悟の証さ」
で、DTC!? ダンジョン武器企業の国内最大手、三級風情とは無縁な高級おブランドじゃないか!?
そんな会社の最新モデルとか、学生がギター買うためにするローンとは比較にならない額だろうに相当奮発しちゃったなおい。
というかもしや篝崎君、これ失敗したら破産程度じゃ済まないんじゃないかな? いくら決死とはいえ、そんな背水の陣で挑まなくてもいいだろうに。
「じゃあ行くぞ。みんな、覚悟はいいな?」
最後の意志確認と、まるで見合って頷き合う彼ら一同。
やっていることはともかく、その関係性は青春みたいでちょっとだけ羨ましく思いながら。
代表して篝崎君が大きなライトグリーンのツルハシの先端を壁へ振り下ろし、ついに未知への探求を開始しようとして──。
ああごめん、ちょっとタンマ。タイムストップ。
まったくもう、空気くらい読んでくれよゴブリンめ。そういう茶々入れ、マジでいらないから。
というわけで処理完了。止まった時間を動かして……改めましてはい、スタートです。